HCI研究におけるユーザビリティの立ち位置
ヒューマンインタフェースに関連した技術系と人間系のキーパーソンが集まって、連絡会のような組織を国内に作ろうという動きがある。この組織化がうまく動くようになれば、日本におけるHI研究はもっと進展するに違いない。
前回報告したACM SIGCHI in Asia workshopに参加して、改めて感じたことのひとつに、HCI研究における人間サイドの研究と技術サイドの研究の距離感があった。現在、ユーザビリティやユーザエクスペリエンス、Webデザイン、アクセシビリティなど、人間に関するインタフェース研究と、バーチャルリアリティ、オーグメンテッドリアリティ、実世界指向、インタフェース視覚化、アウェアネス、タンジブルインタフェースなど、技術に関するインタフェース研究とは、私の目には、同じインタフェース研究領域といっても相互にかなり距離がある状況のように思える。
学会におけるこうした領域間の乖離は珍しいことではなく、たとえば日本心理学会でも、知覚や学習、認知などの実験的領域と、臨床関連の領域、さらに産業などの応用領域との間にはあまり密接な関連性はなく、人の交流もそれほど頻繁ではない。情報処理学会でも、データベースや計算機アーキテクチャなどの領域と、ヒューマンコンピュータインタラクションやグループウェアとネットワークサービスなどの領域、そしてネットワーク生態学研究や自然言語処理などの領域は相互に分離しており、情報処理学会では、それぞれをコンピュータサイエンス領域、情報環境領域、フロンティア領域としてカテゴリー化されている。
こうした学会における領域の相互乖離については、学会規模が大きくなると自然に発生してきてしまうものかもしれないが、なぜそれだけの違いがありながら、また相互の交流が活発でないならば、なぜ同じ学会に所属しているのか、という基本的に疑問が浮かぶ。それぞれが独立した学会になってもいいだろうに、というのが素朴な印象である。そうした専門領域ごとの学会としては、バーチャルリアリティ学会のようなものもある。ただ、小規模学会では、事務作業の負荷、大会開催の負担などを考えると、大規模学会に所属していた方が便利であるという考え方も成り立つ。
ともかく、一方で、境界領域研究が盛んになり、異なりディシプリンをもった領域が相互に乗り合いをして研究を進める方向性がありながら、伝統的な枠組みの内部においては相互乗り合いがあまり起きていないというのはどういうことなのか。相互の理解が既に十分にできてしまっていて、もう連携の可能性がないことが分かってしまったからなのか、それとも単に、内部連携よりも新規性や注目性の高い新たな可能性を求めて外部連携に人々が向かうようになってしまったからなのか。
大規模な学会ないしは研究領域になってしまうと、一人の研究者がその領域全体をカバーすることが困難になることは考えられる。大会のセッションにしても、自分の領域に関連したセッションに出るだけで時間が足りないほどで、他の領域でどういうことが問題になっているかを知るのは困難ですらある。幾つかの要因が関係しているとは思うが、内部連携が予想以上に少ないのはどの研究領域でも同じなのではないだろうか。
さて、ヒューマンインタフェースという研究領域についてだが、ワークショップに参加していた東大の歴本さんに話を聞くと、技術系のインタフェース研究でも、新技術を開発したままにしているわけではなく、それなりに検証実験をしたりして実証性への努力をしているが、それはいわゆる人間系の人々とのコラボレーションの形ではないということだった。これらの新しい技術のなかの幾つかは、今後、製品やサービスに組み込まれる形でユーザのもとに届くことになるだろう。さて、人間系の人々は、それが製品化という段階に到着するのを待ってから検討を開始すればいいのだろうか。僕はそこにも疑問を持っている。
技術系の研究、たとえばロボット研究の領域で、見守りロボットという小領域があるが、これについては、患者や高齢者が監視されているという不快感に対する配慮が欠けているとしばしば指摘されている。この例に見られるように、技術系の研究では、往々にして研究の着想時点で研究者のもっている人間に関する一般的な認識、その多くは自分自身の生活や思いであることが多いようだが、それが基本となって技術の開発に向かっているように思う。要するに人間の多様性や可能性に関する理解が不十分なまま研究がスタートしている傾向があるように思っている。
反対に、人間系の研究領域では、市場にリリースされる技術や製品に関してだけ関心を持ってそれを対象としており、将来の可能性を秘めた基礎的な技術研究に対する取組がなされていないような気がする。これは、人間系の研究を行っているのが多くの場合、企業の研究者ないし実践家であることが多く、市場に近いところでしか仕事ができないという事情も関係しているようには思う。しかし、企業でも基礎的な技術研究は行っているわけであり、そこと連動して人間研究が動くことは、やろうとすればできないことではないと思う。
このように、ヒューマンインタフェースの領域で、技術系と人間系の研究は、もっと相互連携をすべきだし、それは可能だと思っている。たとえば実世界指向の研究者とユーザビリティ工学の研究者が連携すれば、いや、どの技術領域でもいい、その技術をもっと実生活に近づけるように方向づけ、早期に方向修正を図ることが可能になるのではないだろうか。
今回のワークショップを契機として、HIに関連した技術系と人間系のキーパーソンが集まって、連絡会のような組織を国内に作ろうという動きがあり、僕もそれに関係している。この組織化がうまく動くようになれば、日本におけるHI研究はもっと進展するに違いないと考えている。