時刻の表記

多くの人が携帯電話の時計を利用するようになった結果、もう腕時計のユーザビリティの問題を議論する必要はない、という立場もあるだろう。しかしこのテーマは、ユーザビリティなりUXの問題を議論する必要性とは何か、という見極めの問題を示唆していると考える。

 時刻の表記にはAM/PM方式と24時間方式があるが、時計になると、アナログ時計では一般にAM/PM表記が採用されていて、結果的に短針は12時間で一回りするようになっており、他方デジタル時計では両方の表記方式が混在している。

 この二つの表記方式の比較については、Wikipediaの「午前と午後」の項にも説明されているが、そこに書いてあるように、デジタル時計のAM/PM方式のうち、特に日本式と呼ばれるものでは、AM11:00の次はAM12:00とする時計があり、すでに午後に入っているのにAM12:35といった表記をする結果となり、ユーザの混乱を起こす可能性がある。こうした実態に対して、Wikipediaには「国立天文台広報普及室は「このような場合は午後0時×分と言うほうがいい」としており、情報通信研究機構周波数標準課も「午前・午後とも12時00分00秒に終わる」としている」という記載がある。

 さて、デジタル時計の24時間方式にはこうした混乱が発生しないため、個人的には圧倒的にこの方式を好んで使っている。だから、デジタル時計を購入すると設定を変えて24時間表示にしている。

 問題はアナログ時計である。米軍では昔からグリニッジ標準時(GMT)もしくはZulu Timeと呼ばれている24時間方式が採用されていて、これはmilitary timeとも呼ばれているそうだ。ちなみにイギリスではrailway timeと呼ばれているらしい。

 最近、Halls of MontezumaというRichard Widmark主演の1951年の映画を見たら、軍艦の中の部屋の壁に24時間表記のアナログ時計が掛けてあるのを見つけ、興味を持って調べてみた。すると、現在、amazonなどでもそうした掛け時計や腕時計を販売しているのが分かり、両方ともすぐさまワンクリックをした。https://www.amazon.co.jp/dp/B005GL6P0M/ 今、その到着を待っている。

 さて、ここで考えてみたいのは、なぜアナログ時計でもデジタル時計でもAM/PM方式が現在も生き残っているのか、という点である。ロジカルには明らかに24時間方式が優れていると思うのだが、どうも小学校などにおける教育で、12時間ごとにAM/PMを切り替える時刻表示の考え方を教え込んでいるあたりにその大元があるのではないだろうか。その結果、時計の表示板としては12時間表示のものが「標準」だと思い込まされているのではないだろうか。どうも、それ以外にAM/PM方式を擁護する積極的な理由は思い浮かばない。

 さらに腕時計を含めてアナログ時計の場合、なぜ表示板に12時間表示を使っているのか、という疑問も沸く。これは実際に24時間表示のアナログ掛け時計とアナログ腕時計が到着し、それをしばらく使って見た上で判断するのが最善だろうが、米軍でそれをmilitary timeとして使っていたという事実は、それなりの実績と適切さがあると判断されたからだろう。12時間表示のアナログ時計が蔓延している一つの理由として考えられるのは、特に文字盤が小さい腕時計の場合には、目盛りが接近していて判別しにくいという理由も考えられる。このあたりは実際に使ってみないと何とも言えないが、その可能性は考えられる。しかし掛け時計はどうだろう。掛け時計の文字盤は大きい。だから判別性の点では問題ないだろう。ただし腕時計と掛け時計では見る距離が違うから、結局は同じだという意見も考えられる。もうひとつ、腕時計と掛け時計で異なる文字盤を使っているとユーザが混乱を起こす、という可能性を回避したのかもしれない。ただ、その前提として、腕時計には12時間の目盛りの方が適切であるということの確証がなければならない。

 時計の表示方式の問題については、デジタルの腕時計が登場した1970年代に、ヒューマンインタフェースの研究として、デジタル表示とアナログ表示のどちらが良いか、といったテーマが取り上げられたことがあった。しかし、その時にはアナログ表示は12時間表示のものという固定観念があったようで(いや、そもそも24時間表示の時計という発想が生まれていなかったのかもしれない)、現在の時刻を瞬間的に知るにはデジタルが良いとか、現在の時刻から特定の時刻までの時間を直感的に判断するにはアナログが良い(デジタルでは時間の引き算をしなければならない)とかが議論された。その後、そうしたインタフェースの認知性の是非よりは、装飾品としての時計の位置づけが見直された結果、アナログ腕時計が大きく巻き返す結果となり現在に至っている。他方、デジタル腕時計の方は、ストップウォッチ、デュアルクロック、気圧計、温度計、高度計、方位計などの機能が強化され、ソーラーバッテリー機能や防水機能、耐衝撃性も強化され、デザイン的にはごつい感じのものに発展し、現在もそれなりの市場を確保してはいる。ただし廉価品が登場し、100円のものまで登場したために、装飾品としての位置づけが明確になったアナログ腕時計に比べて、品格という点では一歩下に位置づけられているといえる。

 さらに、腕時計の時計としてのポジションは、携帯電話の普及によってデジタルでもアナログでも携帯電話で時刻を知ったり、目覚ましに使ったりする人が増え、その結果、腕時計を付けない人が多くなるという結果にもつながっている。そうなると、腕時計は腕につける装飾品でしかなく、時刻を知るのに12時間表示がいいのか、24時間表示がいいのか、などという問題は議論に値しなくなった、とも考えられる。

 ここで取り上げた時計の表示というテーマは、こうした点で、ユーザビリティなりUXの問題を議論する必要性とは何か、という見極めの問題を示唆しているともいえる。多くの人が携帯電話の時計を利用するようになった結果、もう腕時計のユーザビリティの問題を議論する必要はない、という立場もあるだろうが、僕は、まだ腕時計をしているユーザが半数近くはいる現在、それなりに議論をすべきテーマではないかと思っている。そんな意味で、今回は時計の表示の問題を取り上げてみた。

公開: 2012年5月15日
著者: 黒須教授

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