片側尺度を使おう

質問紙調査で、両極尺度という、熱い-寒い、愛しい-憎いなど、反対の意味を持つと思われる形容詞を対にすることがあるが、この意味の反対性に関する疑問から、僕は片側尺度を使うのがいいと思っている。

両極尺度

ユーザビリティテストの終了後にアンケートと共に簡単な質問紙調査を行うことがある。あるいは製品やサービスについての印象を評価するために、形容詞対を並べたSD法の調査を行うこともある。こうした調査では、多くの場合、評定尺度といって反対の意味を持つ形容詞を両端に配置し、その間を5段階とか7段階で仕切り、適当と思われる段階を選ぶようにさせている。いわゆる両側尺度というものである。

UXの評価を行うためにHassenzahlが作成したAttrakDiff (2003)という尺度(2004にAttrakDiff 2が出ている)でも、complicated-simple、tacky-stylish、dull-captivating、ugly-attractiveといったように、反対の意味を持つ形容詞対が4つの次元についてそれぞれ7つ使われている。

こうした手法を使うことは別に構わないのだが、その際、熱い-寒い、明るい-暗いのような反対の意味を持つと思われる形容詞を対にして使うこと、いわゆる両極尺度が多く用いられている。しかし僕は両極尺度そのものに疑問を持っている。心理学で長らく使われてきた両極尺度ではあるが、問題がないわけではない、いや、むしろ問題がある、とすら思っているのだ。

二つの尺度は本当に反対の意味を持っているのか

その理由は単純である。両極尺度の二つの尺度は本当に反対の意味を持っているのか、ということである。そもそも日常の話でも、愛憎半ばするとか、下手ウマなどというではないか。愛憎半ばするからといって、それを5段階評価の真ん中の3にしてしまったのでは、解釈する段で意味を取り違えてしまうことになる。いや、そもそも「どちらでもない」という中点の表現にも問題があると思う。実際には「どちらでもない」場合も、「よく分からない」場合も、いずれも中点に○を付けることになるので、まずその意味が曖昧である。しかも愛憎の場合のように「どちらでもある」場合についても、そこに○を付けざるを得なくなってしまう。

実際、熱いと寒いでも正反対ではない。両方を同時に感じることができるのだ。たとえば入浴剤のKneippのMintを買ってきて、ちょっとぬるめの湯に入れてみるといい。熱さと寒さの両方が同時に感じられることが分かるだろう。これは皮膚に、温点と冷点という受容器が並存していて、両方が刺激されることによる現象なのだ。味や匂いや皮膚感覚のように受容システムが複雑なものについては同じようなことがあてはまる。甘いの反対は塩辛(鹹)いではないのだ。甘辛煮というものがあるではないか。視覚の色相についても同様だ。反対色説というものがあるが、最近の研究では、反対色を同時に見ることも特殊な状況では可能になったという。

いや、もちろん反対と考えていいように思えるものもある。暗い-明るいは、視細胞の桿体の興奮の程度によって決まるから、上下のように反対のものということができる。多い-少ないも同様なのだが、それらについても微妙な場合がある。順応水準という現象だ。これは簡単に言うと、特定の判断を下す以前に経験してきた値が判断基準となる、というもので、100個や110個と3個や5個を比べている場合には前者を多いとし、後者を少ないとすることができるが、それ以前に10000個や20000個を見ていた場合には、どちらも少ないと判断されてしまうだろう。そういうことである。これは両側尺度だけでなく、片側尺度の場合にも生じる現象なので厄介なものではある。

片側尺度を使おう

順応水準の話はともかくとして、意味の反対性に関する疑問から、僕は片側尺度を使うのがいいと思っている。甘いと辛いとは、当然、二つの別の尺度として評価してもらうのだ。明るいと暗いでも同様である。そもそも中点というものがないから、評価段階は5段階でも6段階でも7段階でも構わない。もし調査対象者がある尺度とある尺度を反対の意味に使っていたのなら、主成分分析などをした時に、それらは対極に位置することになる。みかけ上、尺度の数が増えて(両極尺度の場合の二倍になる)、調査対象者を圧倒してしまう可能性はあるが、回答を始めてもらえば、両極尺度の場合に比べて案外心理的負担は軽いことが分かってもらえるだろう。

公開:2014年10月22日
著者:黒須教授

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