品質向上のための仕事

UXの基礎となる仕事は完了した訳ではない。身近で、重要で、多くの人々があきらめているような問題を発掘し、対応する努力をすることが、結果的には経験の質を向上させることにつながる。

UXが時代のキーワードとなり、現在はそこに関係者の関心が集中しすぎているきらいがある。しかし、その基礎となる仕事が完了してしまった訳ではない。結果的にユーザビリティという言葉を耳にする頻度も低下してきたが、そうした点については、伝統的なユーザビリティ活動をしている人々は不満を持っているし、最近の動きにはついて行けないという発言まで聞こえてくる。本来、密な関係をもちながら推進されるべき活動であるにもかかわらず、UXの基礎となるユーザビリティなどの品質向上のための活動に光があたらなくなってしまうことは望ましいことではない。

僕は、UXの基礎には、品質特性(ユーザビリティを含む)、感性特性、そして意味性の三つがあり、更に、それらはU、つまりUserに限らない経験デザイン(XD)のための基礎であると考えている。いいかえれば、サービスのような活動においては、Userという言葉は適切ではなく、(その最適な表現については、現在も検討中だが)受益者といったような言い方の方が適切だと考えている。Usabilityの発展形としてNormanが作り出した概念であるUXには、Userとかuseというニュアンスがまとわりつきすぎており、それをいったんリセットする必要があると思うからだ。

そして、XDにおいては、ユーザビリティだけでなく機能性や信頼性などを含めた、品質特性全般の向上のための仕事が大切である。それに関して、最近考えたことを書くことにしよう。

メールを送信してしまってから、

  • あっ、まだ書きかけだった
  • ちょっと内容を誤解していたかもしれない
  • 表現が少しきつかったかな
  • CCすべきでない人にもCCしてしまった
  • 冨田という宛先を富田にしてしまった
  • 添付を付け忘れてしまった

などと気づくことがある。しかし、いったん送信されると、それを取り戻すことはできない。できることと言えば、謝罪を述べて訂正したメールを早目に送るといった位である。こういう経験は多くの人がやってしまっているであろうにも係わらず、それに対する対応はまだできていない。そして、こうしたメールを受け取った方は、訳が分からなかったり、不快感を感じたりすることになる。訂正メールが届いても、その不快感が解消されるとは限らない。

こうした問題に対して、たとえば、送信済みトレイから間違って送信してしまったメールを選び、同じIPアドレスから抹消メールを送信すれば、相手が開封していない限りそのメールを相手の受信トレイのなかで抹消できるようにする、といったことはできないのだろうか、などと考える。メールを抹消する機能となると、すぐに浮かぶのはその悪用の可能性だが、まあ、そこは何とかできるものと期待しよう。問題は、相手が使っているメーラーソフトにおける抹消機能と、自分の使っているメーラーソフトにおける抹消メール送信機能との整合性なので、他種類のメーラーがそれに対応してくれないと無理だろうとは思うが、可能性がゼロな訳でもないだろう。もちろん、通信技術の専門家であれば、素人の僕が考えるより以上のやり方を考案してくれるかもしれない。

こうした処理ができることは、むしろ機能性であるという見方もできるが、ビッグ・ユーザビリティには機能性も含まれると考えてよいから、少なくとも使い勝手に係わる問題、そしてビッグユーザビリティに係わる問題だといえる。

ともかく、先の例にあげたように、「困ったことではあるのだが、無理なんだろうと僕らがあきらめているような問題」というものはまだまだ結構周囲にあるものだ。そして、それはビッグ・ユーザビリティとしての品質特性に関する仕事であり、またユーザが潜在的に望んでいることだという点では意味性に係わる仕事でもある。こうした身近で、かつ重要で、かつ多くの人々があきらめて対応を放棄しているような問題を発掘し、それに対応する努力をすることが、結果的にはX(経験)の質を向上させることにつながる。問題は今回挙げたような事例に留まらない。もっと問題意識を鋭くし、そうした問題を発掘し、それを改善してゆく地道な努力を積み重ねるべきだろう。

Original image by geralt

公開:2013年4月8日
著者:黒須教授

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