携帯電話:
ヨーロッパの次世代Minitel?
ヨーロッパの携帯電話システムは、合衆国のものよりはるかに優れている。しかし、電話機は、モバイルインターネットのプラットフォームにはならないだろう。とすれば、ヨーロッパの先進性が、かえって本当のイノベーションの邪魔になる可能性もある。フランスのMinitelがそうだったように。
アナリストの中には、ヨーロッパが、モバイルインターネットの開発と実践におけるリーダーになるだろうと主張するものもいる。この主張は、ヨーロッパ各国での携帯電話の普及率が高いという事実にもとづいている。モバイルアクセスが日常の一部になっているのだから、革新的なサービスが生まれる可能性も高いだろう。サービスを考える人とマーケットの両方が揃っているからである。このため、以下のような考えに陥りがちだ。インターネットの次世代をリードするのはヨーロッパである。ちょうど、ウェブの第1段階を合衆国がリードしたように。
この主張にもうなずけるところはある。携帯電話の品質、通話エリア、普及率といった面でヨーロッパが合衆国をしのいでいるというのは、まったくその通りである。アメリカの携帯ネットワークは国家の名折れだ。その証拠に、シリコンバレーの主要高速道路であるハイウェイ101ですら、圏外になることが多いのだ。これ以上、言うまでもないだろう。
しかしながら、このアナリストたちが見落としていることがある。モバイルのイノベーションは、携帯電話を増やすことではなく、これを否定するところから始まるのだ。携帯電話の普及率が高いと、かえってイノベーションの方向を見誤ってしまう可能性が高い。この結果、よりよいデバイスがあれば実現できたはずのもっと大きな機会を企業は逃してしまうことになるだろう。このシナリオは、ヨーロッパにとって目新しいものではない。フランスがMinitelでどういう経験をしたかを見れば、そのことはおわかりいただけよう。
Minitel小史
Minitelは、1980年代から1990年代後期にかけての、フランスの主要なオンラインシステムであった。いまだにi-minitelバージョンが残ってはいるものの、基本的に、Minitelはインターネットの前に破れ去った。
1989年、Minitelは世界最大のオンラインサービスであった。フランス全人口5900万人のうち、加入者数は700万人にのぼり、提供されたオンラインサービスは2万5000種類。ポルノ(俗にいう「rose」サービス)から実用(トラック運転手向けの有料道路検索サービス)まで揃っていた。Minitelがこれほどたくさんのサービスを提供できた一因として、実用レベルのマイクロペイメントシステムが装備されていたということが挙げられる。利用料は、単純にユーザの電話料金として課金されていたのだ。
これほど画期的な成果を初期に上げていながら、今日、Minitelは行き詰まっている。
何がいけなかったのか?Minitelは、閉鎖的なシステムだったのだ。小さな画面とおそまつなキーボードがついた特殊な端末を使い、その接続速度はお笑いぐさと言えるほど遅く(1200bps)、運営主体である電話会社は、ユーザがオープンなインターネットにアクセスすることをなかなか認めようとしなかった。WAPにそっくりだと思わないか?
1990年になっても、まだかなり多くの人たちが、Minitelを見て、未来のオンラインサービスのリーダーになるのはフランスだろうと思っていた。当時、合衆国のサービスは小規模でバラバラだった。ところが、その後にウェブが創案された。数年後、Yahooが生まれ、Amazon.comが生まれ、他にも現在のインターネットを支配しているウェブサイトの多くが合衆国をベースにして生まれている。Minitelが成功したために、フランスの発明家やオンライン起業家たちは先行きのないシステムの方に気を取られ、結果としてそのほとんどが、ウェブへの参入に出遅れた。
携帯電話に死を
携帯電話をモバイルインターネットの基盤として考えると、Minitelの轍を踏むことになる。投資は無駄に終わり、真のイノベーションの機会は失われることになるだろう。
電話は、モバイルインターネット接続には向いていない。理由はたくさんある。
- 人間の耳と口の距離からして、それらはレンガのような形状にならざるをえない。こんなに細長い形状では、データリッチなインタラクションに適したデザインは難しい。
- 表面積のかなりの部分をキーパッドに取られてしまう。インターネット機器では、できるだけたくさんの情報とユーザインターフェイスを表示するために、表面積のほぼ100%を画面にあてるべきだ。
- テンキーは、電話番号以外のものを入力するのに向いていない。
- 視覚表示と聴覚および音声コマンドを組み合わせた複数モード型のデザインはわずらわしい。ユーザはハンドセットを耳にあてたり、見やすい位置に持ってきたりしなくてはならない。現在の原始的なタッチトーンサービスですら、携帯電話では非常に使いづらい。
幸い、いくつか代替案が出ている。あるものはトランプのような形状を採用していて、Palm
PilotやPocketPC、あるいはBlackberryといったものがこれにあたる。この3つの中では、PocketPCが勝つだろう。比率的に最大の面積を視認可能な画面にあてているからである。一方、BlackberryのQWERTYキーボードは、現状提供されているおそまつな手書き認識に比べ、はるかに快適に使える。もちろん、未来のデバイスにはもっと優秀な手書き認識が搭載されるだろうし、ペン入力ならモバイル機器の抱える問題をたくさん解決してくれそうだ。ペンは、画面上のインターフェイス部品を直接操作するのにも利用できるからだ。
音声通話はどう扱えばいいだろうか?マイクのぶら下がったイヤフォンを使うのだ。すでに携帯電話ユーザの多くが、このスタイルでハンズフリー通話を行っている。
テンキーを押す感触はどうだろう?電話番号の入力には、こちらの方が優れていたんじゃなかったろうか?確かにそうだ。だが、近いうちに電話番号をキー入力する必要はほとんどなくなるだろう。かける相手先の番号は、ほとんどが以下のような形で入っているからだ。
- アドレス帳(デバイスに搭載されているはずだ)
- 電子メール、フッタにコンタクト情報が入ったもの
- ウェブページ、あるいはその他のインターネット経由でアクセス可能なサイト、あるいは…
- デバイスの視覚的インターフェイスから起動できる番号案内検索
このいずれのケースでも、単にその人のコンタクトカードをタップするだけで、電話がかけられる。電話するために、見かけ上ランダムな数字を10桁も手入力する必要はほとんどなくなるだろう。
モバイルインターネットとモバイル音声コミュニケーションのいずれにおいても、将来的に電話機が持つメリットはまったくなく、欠点ばかりが目に付く。電話はもう100年間も私たちに奉仕してくれたのだ。そろそろ引退させてやる時期だ。
2001年1月7日