生産性向上は経済的利益に結びつくか?

ユーザビリティを向上させれば、タスクあたりの時間が節約できる。だが、これを金銭的節約とはいえないとする批評家がいる。ほかにも、生産性の向上によって失業が増えるのではないかと危惧する人もいる。いずれも間違っている。デザインが使えるものになれば、お金の節約になり、雇用の確保にもつながるのだ。

数多くのデザインプロジェクトを通じて、ユーザ中心プロセスでいちばん大きな話題になるのは、ユーザビリティの改善が生産性の向上につながると言うことだ。イントラネットデザイン、企業向けソフトウェア、コールセンター、トランザクション処理システム、工場内の装置など、ユーザインターフェイスを使ってタスクを実行することで給料をもらっている人がいる場所では、これは真実である。

(これ以外のデザインでは、生産性はそこまで重要ではない。ユーザビリティは、売上の増加、顧客満足度の向上、サポートコールの低減といった面で語られる場合が多い。ユーザビリティの対費用効果についてのレポートでは、改善予測見積とともに、こういった問題に関するくわしい議論を展開してある。このコラムでは、生産性主体のデザインに話を限定する)

利益の算定

ユーザインターフェイスデザインの過程でユーザビリティにもっと配慮することで、そのシステムが学びやすくなり、手早く操作できるようになるのは間違いない。だが、こういった改善が、実際に企業の金銭的利益につながるかどうか、疑いの目を向ける人がいる。

場合によっては、このつながりは明白だ。例えば、システムがあまりに複雑すぎるせいで、一人前のオペレータになるまでに集中的なトレーニングが必要、という場合がある。産業界のプロセス制御室は、その典型的な例だ。だが、管理システムの多くにも、やはりトレーニングが必要だ。学習容易性を重視したデザインプロセスによって、研修期間を日単位、場合によっては週単位で短縮できることが多い。これによる研修予算の削減が、ユーザビリティ改善による直接的な経済利益である点については、議論の余地はないだろう。

生産性向上の試算は、これより難しい。例えば、イントラネットの社員名簿デザインを例に考えてみよう。様々なイントラネットでタスクを実行する従業員を対象にしたテストでは、従業員がコンタクト情報を検索するのに必要な時間に、劇的な違いのあることがわかった。

  • ユーザビリティ良好なイントラネットでは平均 58 秒
  • ユーザビリティ劣悪なイントラネットでは平均 2 分 38 秒

言い換えると、従業員名簿のユーザビリティを改善することで、電話番号その他のコンタクト情報を検索するたびに、従業員の時間を平均 1 分 40 秒も節約できることになる。

生産性への反論

再デザインが 1 分 40 秒の節約につながることを認める人でさえ、それによってもたらされる利益が、ユーザビリティに必要な投資に見合わないという場合がある。

彼らの論旨は主として次のようなものだ。確かに、従業員は 1 分か 2 分かの節約になるかもしれない。だが、それ以上の時間を井戸端会議に費してしまうだろう。従業員名簿の電話番号検索が速くなったからといって、実質的により多くの仕事ができるようになるとはかぎらない

ふたつめの反論はこうだ。ユーザビリティで節約できた時間を活かして従業員が有益な仕事をするとしても、その余分の仕事の価値を、たんにその時間分の従業員の給与で算出できるわけではない。ひとつひとつの業績をみて、個別に評価する以外ないのではないか。

時間の節約は金銭的利益

たった一度、誰かの時間を 2 分節約できたところで、その時間で余分にできた仕事が、この宇宙の歴史全体にどれほどの影響を及ぼすかを議論するのはとても難しい。だが、この場合はそうではない。

現実には、こっちで 1 分、あっちで 2 分、ここでも数分といったかたちで、繰り返しそういうことが起こる。どんなにわずかな時間の節約も蓄積していくのだ。

考えてみよう。午前 9:00 にオフィスに着いて、最初の仕事に取りかかる。これに 1 時間かかったとしよう。午前 10:00 から、ふたつ目のタスクに取り組む。このタスクにも、やはり 1 時間。11:00 から 3 番目のタスクに取りかかる。これにも 1 時間かかる。片付け終えると正午になっているから、昼休みに入る。

さて、十分にユーザビリティを改善した新しいイントラネットのおかげで、これら 1 時間ずつのタスクを、それぞれ 2 分ずつ速く片付けられるようになったとしよう。そうすると、タスク 1 は 9:58 に完了し、すぐ引き続いてタスク 2 に取り組むと、これは 10:56 に完了する。最後のタスク 3 が完了するのは 11:54 だ。予定の昼休みまでにまだ 6 分ある。早く出て長めの昼休みをとるのもいい。でも毎日そうするとは限らないだろう?日によっては、11:54 を指している時計を見て、大事な顧客に電話して、懸案事項に片を付ける時間ができたと思う日もあるかもしれない。あるいは経費申請を書き終えて、昼休みから戻ってきた時にすっきりした気持ちでいられるかもしれない。さっさとタスク 4 に取り掛かって、昼休みは少し後にしようと思うことだってあるだろう。

数多くの人々、数多くの日数を平均していくと、タスクごとに 1 分か 2 分の節約でも、積み重なると、かなりの数のタスクが余分に処理できる

単位時間あたりにスタッフが達成できるタスク量の増加がもたらす経済的な価値は、ふたつのかたちで現れてくる。

  • 従業員の数は同じままで、より多くのタスクが達成できる。これによって、企業のアウトプットが増加し、増加したアウトプット分の価値が生まれる。
  • 従業員数の削減を実施し、同じ仕事をより低い賃金コストで達成できる。平均すると、大企業では、スタッフが減ることによって社屋を減らしたり、あるいはより狭いオフィスに移転することもできるようになる。これによって、間接費が削減できる。

限界付加価値 vs. 平均付加価値

生産性向上の価値に反対するもうひとつの議論は、以下のようなものだ。価値を正確に算出するには、新しい仕事から生まれた成果物の金銭的価値を正確に測るべきだ。経営のうまい企業は、すでにいちばん価値の高いプロジェクトに全力を傾けている。だから、それ以外のプロジェクトをやる時間ができても、定義からいって、そのプロジェクトの優先順位は低いし、その価値は既存のプロジェクトよりわずかながら低いはずだ。

実際には、既存の高価値活動から新しい活動へ移行する際に、価値を大幅に減じる企業はあまりない。現実には、価値の低減は、ゆっくりと着実な曲線をたどっていくものなのだ。

また、企業が生き残っていくためには、従業員の仕事の平均価値が、彼らのトータルコストを上回っていなくてはならない。それはすなわち、給料分(ここには手取り給与以外の間接費も含まれる)以上の価値を作り出さなくてはならないということだ。そうしないと、企業の資金は底をついてしまう。よって、たとえ企業の次なる活動の価値が、現在の活動より少し低いものだとしても、その価値は従業員時間に非常に近い場合が多い。なぜなら、現在の活動は、従業員時間よりも高い価値を持っているからだ。

ものごとを単純化する上で、節約できた時間の価値を、従業員時間コストをもとにして推定することには問題はない。何ポイントかのずれはあるかもしれないが、これは推定なのだ。ほとんどの実用上は、まず問題ない。

生産性向上が失業を生む?

ユーザビリティが向上すると経済的な利益につながる。そのひとつの現れが、生産性の向上だ。これによって、企業は従業員数を削減でき、しかも今までと同じ成果を上げることができる。だが、大きな視点でみると、これはあまりいい話ではないように思える。生産性の向上すると失業が増えるのでは、と心配する人もいるようだ。

1980 年代に、ユーザビリティの専門家は、しばしば組合や、その他の労働者の代表からの抵抗に直面した。ユーザテストに参加した後の展開を考えると、あまりいい気がしない。テストの結果、デザインが「よく」なれば、自分たちは解雇されるのではないかというのだ。ここ数年、この点は問題にならなくなってきた。当初は景気がよかったせいもあったが、現在では、ユーザビリティよりも心配しなければいけないことが、もっと他に出てきたからだ。しかし、中には、いまだに不安に思っている人もいる。

個々の事例では、ユーザビリティが改善されたせいで職を失なう人も、現実に出てくるかもしれない。生産性が向上すれば、従業員の数は必要なくなるからだ。たしかに不幸なことだ。だが、これは代表的な事例とはいえない。

基礎経済学によれば、商品のコストが下がれば消費も増える。ユーザビリティの場合でいえば、生産性が高くなれば、成果物あたりのコストが下がる。同じ人間でも、できることが増えるからだ。すなわち、求められる仕事は、より少なくなるのではなく、より多くなる。

生産性が高くなれば従業員が減るという考え方は、仕事量を一定とみる仮定にもとづいている。つまり、この世界で必要な仕事には、決まった量があるという考え方だ。場合によっては、これが正しいこともあるだろう。番号案内がそうだ。ひとりひとりのオペレータがすばやく通話を処理できるようになれば、必要なオペレータの数は少なくてすむ。なぜなら、電話番号を聞くために電話してくる人の数は決まっていて、労働負荷はそれ以上にはならないからだ。一方、労働コストが削減できれば、電話会社も番号案内の料金を下げるかもしれない。そうなれば、より多くの人が、このサービスを利用するようになるだろう。番号案内でさえ、仕事量一定シナリオは、あてはまらないかもしれないのだ。

いずれにしろ、経済の大部分には固定枠がない。もっと安くできるのなら、需要も増えるだろう。生産性向上は、かならずしも失業にはつながらない。

反対に、生産性に相当な向上が見られないかぎり、より大規模な失業が生まれる可能性が高い。現在、専門職の多くは、合衆国、ヨーロッパ、日本、オーストラリアといった高賃金の国々から、より低賃金の国に再配置される危険に直面している。インターネットによって距離の問題がなくなり、高賃金の国々と変わらないくらい優秀な人を、簡単に採用できるようになったからだ。しかも、賃金は彼らの 10 %ですむ。

高賃金の国々が職を失いたくなければ、生産性を向上させる以外に道はない。よって、ユーザビリティ専門家も、デザインを改善し、ユーザの生産性を向上させることが、雇用喪失につながっているのではないか、などという心配をする必要はない。むしろ、私たち全員の仕事を守るためには、そういった努力こそがまさに求められているのである。

2003年3月17日

公開:2003年3月17日(原文:2003年3月17日)
著者:Jakob Nielsen
原文:Do Productivity Increases Generate Economic Gains?

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