政府機関イントラネット・ベスト10

ユーザビリティを重視してイントラネットを再設計すると、入選した 10 の公的組織では、その優秀なデザインは 2 倍以上利用されるようになった。

公的組織は、民間組織にない独特のユーザビリティ上の課題と対面することになる。たとえば私たちが開催するユーザビリティ会議で、参加者から政府機関がなぜユーザビリティを気にする必要があるのかとよく聞かれることがある。民間企業は利益を上げるという課題があり、ユーザビリティの向上によって顧客転換率を上げ、マーケティングの改善を行う必要がある。それに対して政府機関は、利益というモチベーションがないのだ。

政府機関がユーザビリティを気にかける必要性は何なのだろうか。答えは、ユーザビリティの投資収益率( RIO )が売り上げと利益だけに限ったことではないということだ。納税者は機関の任務のために出資していると考えるならば、その予算のほんの一部をユーザビリティに割り当てて、その組織全体のパフォーマンスを向上させることは望ましいことだと言える。したがって、政府機関の任務が公的な対話や情報公開を含んでいるとすれば、ウェブサイト・ユーザビリティを考慮することは当然と言える。

政府機関のイントラネットの場合、答えはもっと簡単だ。公共サービスの生産性を向上するようなプロジェクトは、一般大衆の公共サービスに対する満足度を向上することと、少なくとも同等の価値がある。ほとんどの政治家は、政府機関の効率を改善することを明確な目標として掲げるが、イントラネットのユーザビリティ向上はこの目標を達成するための鍵となるものだ。

イントラネットの勝ち組

イントラネットのユーザビリティ改善が、どれらい政府機関で働く職員たちの生産性向上につながるのかを明らかにするため、私たちはデザイン・コンテストを行い、世界中から集めた政府機関のイントラネットのベスト 10 を選出した。

入選者は:

  • Defense Finance and Accounting Service(アメリカ)
  • Department for Transport(イギリス)
  • Department of Veterans Affairs Mid-Atlantic Health Care Network(アメリカ)
  • Department for Victorian Communities(オーストラリア)
  • Federal Reserve Bank of Richmond(アメリカ)
  • Government Offices of Sweden ( Regeringskansliet スウェーデン)
  • London Underground
  • National Research Council of Canada, Industrial Research Assistance Program(カナダ)
  • Senate Republican Conference(アメリカ)
  • Workplace Safety and Insurance Board of Ontario(カナダ)

Nielsen Norman Group では、使いやすくてユーザの目的にあったイントラネットの例を見つけることを目的として、過去に 3 度イントラネット・ユーザビリティ・コンテストをスポンサーした。その入選者の中で、政府機関とその関連機関のイントラネットは以下であった。

  • U.S. Coast Guard
  • U.S. Department of Transportation
  • World Bank Group

このような政府機関特有のイントラネットに関した問い合わせが多く寄せられたので、私たちはこの分野だけに特化したコンテストを行うことにした。

優れた政府関係のイントラネットは、世界中の様々な機関に散らばっていることは明らかだ。また、伝統的な政府機関に加えて、立法審議会や半独立的な公共サービスにも優秀なものが見られる。

組織規模の影響

入選者は国レベルから、地方、州政府、または政府に関係した団体に至るまで様々であった。地域レベルの唯一の入選はLondon Undergroundであったが、London は小さい町だとはいえない。そのほかにも、イントラネット・ポータルに関するレポートで取り上げた New York City を含め、大都市の優れたイントラネットがいくつか見られた。しかし残念ながら、ほとんどの地方政府は職員に対して、優れたイントラネットを提供していないようだ。

これは、今回入選したほとんどの機関が、平均すると 5,200人の職員を有する、ある程度規模の大きい機関だということからも裏づけられる。しかし、優れたイントラネットを持つのに、その機関が大規模である必要はなく、イントラネットのデザインチームにもその必要はない。実際に、職員数が 1,000 人以下の機関が 2 つ、デザインチームが 2 名の機関が 2 つ入選している。

それと比べ、過去 2 年のイントラネットデザイン・コンテストで入選した 18 の非政府組織の平均従業員数は 88,000 人にもなる。この数字は Wal-Mart というマンモス企業が入選していることによって、偏ってしまっている。しかし、Wal-Mart を除いた残りの 17 企業でも平均 30,000 人の従業員がいる。言い方を変えれば、政府機関で入選したものの約 6 倍の規模だ。

なぜ、公共部門の優れたイントラネットは、民間に比べると 1/6 の規模の団体のものなのかを説明するのは難しい。中規模の政府機関の方が管理システムを合理化する動機が大きいのかもしれない。または、巨大な政府機関は行動が遅すぎて、特に大企業の統合的なイントラネットと比べると、イントラネットの進化というものが欠落しているのかもしれない。

コンテンツ提供の促進と管理

入選したイントラネットの多くは、コンテンツ提供者を管理する明確な手順を設けて、イントラネットの自滅を防いでいた。古いコンテンツや時代遅れのコンテンツ、また、イントラネットにはなかなか掲載されないようなコンテンツへの対応だ。

手法の一部を紹介する。

  • 各部門でその部門のコンテンツに責任がある、コンテンツ発行責任者(とその助手)を明確にしておく( London Underground )。
  • コンテンツ発行責任者に対して、イントラネットを管理する訓練を行い、オンラインコンテンツのユーザビリティと可読性の原則を理解させる(London Underground)。
  • イントラネットに情報掲載を行うための簡単に使えるシンプルなフォームを設けて、職員に情報公開を促す( National Research Council of Canada, Industrial Research Assistance Program )。
  • 専門分野や興味に関する情報を掲載した職員録の更新を簡単に行えるようにして、他の人が専門家をすばやく見つけられるようにする( U.S. Senate Republican Conference )。
  • 有効期限を全てのコンテンツに設定し、ソフトウェアを使って期限切れを自動的に見つけられるようにする( Department for Victorian Communities, Australia )。
  • 中央集中型のコンテンツ編集によって品質保持を行う( U.K. Department for Transport )。
  • 発行される前にページの事前チェックを行って、イントラネットの標準に沿っているかを確かめる( U.S. Department of Veterans Affairs Mid-Atlantic Health Care Network )。
  • 雛形コンテンツ管理システム( CMS )によって発行するページのユーザインターフェイスに統一性を持たせる(ほとんどの入選者)。
  • 外部のソースから自動コンテンツ配給を受ける。ニュース配信から抽出したもの( Government Offices of Sweden )や、医療データベース( U.S. Department of Veterans Affairs Mid-Atlantic Health Care Network )など。

ワークフローの補助

入選した全イントラネットに共通した点は、業務サポートに重点を置いてイントラネットの情報アーキテクチャの再構築を行った結果、ユーザビリティが劇的に改善していることだ。イントラネット内で同時に使うコンテンツやツールは、それが異なる部署から提供されているとしても、同じエリアにまとめているということだ。例えば、Workplace Safety and Insurance Board of Ontario では、管理職用のページを設けて、書類フォーム、手順書、管理者へのアドバイスなどを載せている。同じイントラネット内には、看護婦のケースマネージャのための専門的ガイダンスのページも設けられていた。

入選者たちと異なり、多くのイントラネットでは組織図を反映したようなナビゲーションを使って、組織構造を反映した情報アーキテクチャを採用している。多くの組織にとって、ワークフローに重点を置いてイントラネットの構造を作るのは新しいコンセプトなのだ。

ワークフローに重点を置いた場合、多くの優れたイントラネットがイベントカレンダーを載せている。U.S. Senate Republican Conference はこの基本的なコンポーネントを、さらに手を加えて 2 ステップ進化させている。重要な投票日をハイライトし、BlackBerry のモバイル機器からそれを見られるようにしているのだ。実際、Senate Republican Conference のイントラネットは、広範囲にわたるモバイル機器からのアクセスが可能になっているので、議員や彼らのスタッフは事務所にとどまらずに自由に動き回って活動できる。

私たちが最近行ったウェブサイトにおける自社情報提供に関するユーザビリティテストで、ユーザは政府機関のウェブサイトで苦闘することが多かった。許容範囲を超える短縮表記や内部の専門用語が原因だ。そのようなお役所言葉は一般に公開するためのページでは排除しなければいけないものだが、政府機関のイントラネットで使うには適しているといえる。例えば、Government Offices of Sweden では、各省庁に直接アクセスするためのコンパクトなナビゲーションバーに 1 文字か 2 文字の短縮表記を使っている。
Ministry of Justice を探すときに、一般の人が「J」をクリックすると思うのは間違いだが、日常的にそのような専門用語を使っている組織の中では、コミュニケーションの効率改善に一役買っている。

上部組織からの援助

ほとんどの政府組織は、最上部に大統領、総理大臣、知事、市長を頂点とした階層構造に属している。入選者のいくつかでは、この階層構造がよりよいイントラネットをデザインするのに役立っている。中規模、またはもっと小規模な政府組織のイントラネットが成功するのは、それらの組織が大きい政府の一部であることが有利に作用しているからかもしれない。

例えば、National Research Council of Canada の Industrial Research Assistance Program は、全カナダ政府機関のイントラネット用に Treasury Board of Canada が作ったルック&フィールのデザインガイドラインを活用した。これは結果的に時間と資金の節約になった。新たにガイドラインを開発する必要がなかったわけだ。

同様に、Department for Victorian Communities のデザインチームは、State of Victoria内のほかの政府機関のイントラネットに関するユーザビリティ報告書を検討することからプロジェクトを開始した。民間企業の場合は、他社のユーザビリティ報告書を入手するのは不可能だ。それは戦略的なもので、極秘扱いになっているからだ。政府機関の場合は、内部でのライバル意識はあったとしても、どの組織もさらに大きな同一組織の一部なので、ユーザビリティ報告書を相互にアクセス可能にして、そこから恩恵を受けられるべきなのだ。

この分析結果から、2 つの指針を立てた。

  • 政府は全体にわたるイントラネット戦略デザインガイドラインを開発し、その指針のクオリティーとユーザビリティを確かなものにするために十分な資源を割り当てること。また、基本的な雛形や、共有できる機能を開発するのもよい。しかし、各ページレベルでは、部署ごとに異なる雛形や機能が必要になるのが普通だということは覚えておかなくてはいけない。各部署は、中央から提供されたものを自分たちの状況に適合させる自由度を保持するべきだ。
  • 政府はユーザビリティ報告書の保管場所を構築し、イントラネットのユーザビリティに関する発見を、異なる部署間で共有できるシステムを開発すべきだ。

ほとんどの国や州はこのような活動を行っていないが、その恩恵については、政府間のプロジェクトとしてイントラネットのユーザビリティについて取り組みを始めたばかりの団体からも報告されている。

テクノロジー

残念ながら、イントラネットに使われているテクノロジーの混乱は続いている。入選した 10 の団体は、イントラネットを運営するために、異なる 19 のソフトウェア・ソリューションを使っていた。これは、ユーザビリティの観点から見て優れたイントラネット用のソフトウェア・パッケージを推奨するところまで、まだ我々は達していないということを表している。現在のところ、イントラネットの品質と、それに使われている技術の間には何の関係もないようだ。別の言い方をすれば、イントラネット用のソフトウェアに関しては、どれを使うかではなく、どう使うかという問題であるようだ。

入選者がもっとも使っていたソフトウェアのトップ 5 は Microsoft SQL( 60 %)、Microsoft IIS( 40 %)、ColdFusion( 30 %)、Lotus Notes( 20 %)、Plumtree(20 %)だ。

ユーザビリティの手法

入選したイントラネットチームは、平均すると 3.4 種類の異なるユーザビリティ手法を再設計時に使っている。2003 年のユーザビリティコンテストの入選者の 2.7 と比べてかなり多いといえる。一般的に、異なる手法を組み合わせると、それぞれの手法が最終的なデザインの品質に対して独自の貢献をするため、有益だと言える。

政府機関のイントラネットチームが、ほかのサイトよりも多くの手法を取り入れている理由の1つは、障碍者のためのアクセシビリティに重点を置く必要があることが多いからだ。いくつかの入選者は、障碍を持つ職員を使ってアクセシビリティテストを実際に行っている。民間組織では滅多に行われないことだ。アクセシビリティテストやガイドラインによって、いくつかの入選者はアクセシビリティを向上させるようなデザインの変更を行っている。最も感心したのは、London Underground には、目の不自由な人の多くの問題を解決できるような、特別なアクセシビリティ・モードがあることだ。

まったく当然のことだが、ユーザテストが最もポピュラーなユーザビリティ手法で、入選者のプロジェクトの 70 %で用いられていた。古いイントラネットのデザインのテスト、新しいデザインのペーパー・プロトタイプやワイヤーフレームのテスト、新しいデザインの実装後のテストなど、様々なバリエーションが使われていた。これら各ステップは、どれも推奨されるものだ。最低でも入選者の 30 %が用いたそのほかの手法は、サーバーのログファイルの解析、ヒューリスティック評価/専門家による評価、カード・ソーティング、アクセシビリティテスト、そしてフィールド調査/ユーザ観察だ。

改善の計測

民間組織のベスト・イントラネットに比べると、政府機関のイントラネット入選者は、プロジェクトの成果を管理することに長けているようだ。おそらくそれは、政府機関が支出を厳しく監視し、所定の手続きをきちんと定めているせいだろう。

予想通り、会計が得意な U.S. Defense Finance and Accounting Service は、イントラネットの再設計による財務上のインパクトについて詳細な指標を収集しており、合計すると 1 年でスタッフ 200 人分の労力の節約になったと推計している。特定のエリアでは、感動的ともいえる成果を見せた。人事(HR)のページは、再設計後の生産性が 300% 増加した。さらに重要なのは、イントラネットが組織全体の生産性にもたらす戦略的な貢献を、組織の管理者が認識したことだ。例えば、現在進行中のある計画では、会計報告書の作成にかかる時間を 45 日から 21 日に短縮しようともくろんでいる。このプロジェクトには200を超えるタスクが伴う。この野心的な事業は、個々のページをデザインしなおす、またはイントラネットを孤立した存在としてとらえるといったレベルをはるかに超越している。

特定のイントラネット要素について「即効性」のある改善を行って、「狭い範囲でのユーザビリティ」を強調することも重要だ。それは、すぐに組織の ROI となって現れるからだ。例えば、イギリスの Department for Transportation は、職員向けのニュースレターをイントラネット上に移したことによって、130,000 ポンドの節約(228,000ドル)を行った。確かな裏付けはないものの、多くの組織が、イントラネット上で小さな改善を行った後のイントラネットユーザのモラル向上といった「狭い範囲でのユーザビリティ」の恩恵について報告している。

しかし、イントラネットの最も大きな恩恵は、それを使ったビジネスプロセスの再構築にある。例えば、Workplace Safety and Insurance Board of Ontario は 16 の分散した表計算の情報を、ひとつのイントラネットツールにまとめ、ケースワーカーの能率を劇的に向上させた。

入選者たちを分析してわかったことは、これまで酷いイントラネットで苦しんでいた機関が、優れたイントラネットを手に入れた場合に最も能率が上がるということだ。例えば、London Underground はイントラネットの職員の利用回数を、週あたり 1,000 回から、70,000回に増やした。驚くべき6,900 %の増加だ。しかし、これは例外的で、ユーザビリティの改善による増加は 100 %から 200 %くらいが普通だと思っておいたほうがよい。

もし、職員が使用を避けたり、使い物にならないといっている悪いイントラネットであっても、落胆する必要はない。そのイントラネットを放棄するのではなく、それを改善することを考えよう。私たちが見てきたプロジェクトに基づいて言えば、一般的にユーザビリティを重視して再設計すれば、イントラネットの利用は倍以上になると期待できる。したがって、再デザインしたイントラネットを従業員の生産性向上のツールと位置付けることができるなら、彼らもイントラネットを尊重するようになり、ひいてはその運用と成功に貢献するようにもなるだろう。

詳しくは

10 の入選者たちの74 のスクリーンショットを含んだ、政府機関のイントラネットデザインに関する 150 ページのレポート をダウンロード可能。

2004年6月21日