映画の中のユーザビリティ間違い・トップ10

映画の中のユーザインタフェース(UI)は、現実のそれよりもエキサイティングで、ヒーローたちは、なじみのないシステムを現実よりも遙かに簡単に使いこなしてしまう。

ハリウッドが表現するユーザビリティは、間違いだらけだ。ここではその中でも、最も著しいものをとりあげる。

1. ヒーローはどんな UI でもすぐに使いこなせる

企業に侵入する。外国の場合もあれば、異星である場合もある。そしてコンピュータの前に立つ。UI の操作方法を理解し、初めてみるアプリケーションを使えるようになるまで、どのくらいかかるだろうか。映画スターの場合は、1 分もかからない。

映画で最も現実離れしたコンピュータの表現は、どのインターフェイスもみた途端に使いこなせるということだ。現実では、どんなにユーザが優れていても、どんなにデザインがよくても、たくさんの障害に行き詰まる。企業が独自に開発した MIS や、工場のコントロールルームなどのインターフェイスであれば、なおさらだ。

2. タイムトラベラーが今のデザインを使いこなせる

もっと酷いのは、過去からのタイムトラベラーが、現在のコンピュータを使いこなせるということだ。現実には、彼らに現在のコンピュータ技術の基本コンセプトを理解するための概念がなく、ユーザテストで使う中級ユーザたちよりも酷い障害につまずくことになる。Excel を使ったことがない人でも、少なくともコンピュータとモニタという基本的なコンセプトは持っているのだ。

未来から来た人だったら、知識が豊富なため、現在のシステムをより簡単に使いこなせると思うかもしれない。それは間違いだ。過去からのタイムトラベラーのように、彼らには、画面表示されているものを理解するための概念モデルが欠落している。たとえば、コマンドラインをみたことがない人や、コマンドをタイプして実行したことがない人は、DOS の時代を生きた人よりも DOS を使いこなすのに苦労することになる。

もし貴方がナポレオンの時代にタイムスリップし、イギリスのフリゲート艦の艦長に選ばれたとしても、どのように船を動かせばよいのか全く理解できないだろう。六分儀を使うこともできないし、異なる帆の名前もわからないため、乗組員たちに命令を下すこともできない。それでもなお、このようなフリゲート艦の艦長をつとめるほうが、2207 年からやってきた人が現在のコンピュータを操作するよりも、簡単だろう。帆船は現在も存在するし、海賊映画をみることによって、基本的な概念を部分的に知っているかもしれない。それとは対照的に、2207 年からやってきた人がどんな人であっても、Windows Vista の画面をみたことがある可能性は極めて低い。

3. 三次元 UI

Minority Report の中で登場人物たちは、画面の前で大げさなジェスチャーを使い、複雑な情報空間を操作する。Starfire を撮影していたとき Tog( Bruce Tognazzini 氏)が気づいたように、コンピュータを使っている最中、腕を持ち上げているのは疲れるのだ。ジェスチャーには使い道があるだろうが、オフィス内で使うシステムの主要インターフェイスとしては、適さない。

映画のために作られた多くのユーザインターフェイスは、ジェスチャーによる入力やデータの 3 次元での視覚化をフィーチャーしている。ユーザを取り巻き、その中を飛び回るようにして働くナビゲーションは、みた目がよく、一列に並んだ 10 の項目をクリックしているよりも、ドラマチックなインタラクションが可能だ。昔からコンピュータ・カンファレンス用のデモとしては、欠かせないものだったが、3D は実際の商品としては、ほとんど出荷された試しがない。その理由は、何だろうか。それは、ユーザが行いたい実質的な作業には、2D のほうが 3D よりも向いているからだ。

3D はデモ用。2D は仕事用だ。

4. 統合は簡単で、データには互換性がある

映画の中でユーザたちは、異なるコンピュータシステムを繋げるのに、全く苦労しない。PC だらけの世界で Macintosh ユーザたちは、それに気づきもせずに生きている(そして 10 年前は、Apple がプロダクトプレースメントに今より大きな予算を割いていたため、現実とは違い、PC よりも Mac のほうが映画の中で使われていた)。

ドラマ 24 の中で Jack Bauer は、様々な建物の設計図や見取り図を得るために、オフィスに電話をかける。ファイルが外部の情報源から本部のメインフレームに届くと、Jack は彼の PDA にそれを転送させる。そして、奇跡が起こる。ファイルは何の作業も必要とせず、そのまま読めるのだ。(またダウンロード速度は、今アメリカで利用可能な、悲惨なモバイルネットワークとは比べものにならないくらい速い。)

Independence Day で描かれている過度の互換性についての補足記事も参照。)

アクセス拒否 / アクセス許可

無数の映画でみられるのが、システムへの不正アクセスだ。いくつかのパスワードが試され、その結果 “Access Denied”(アクセス拒否)と巨大なダイアログボックスが表示されるのが、お決まりだ。大惨事が起こる数秒前になり、ようやくヒーローは、正しいパスワードを入力し、同じく巨大な “Access Granted”(アクセス許可)のダイアログで迎えられる。

よいユーザインターフェイスは、ユーザが正しくログオンした時点で、すぐにアプリケーションのホーム画面を表示するべきだ。アクセス権限のあるユーザのために、システムはデザインされているはずだ。ならば特別な画面を表示して、彼らが正しくパスワードを入力したことを再確認させる必要はない。

6. 大きなフォント

“Access Denied” を表示する巨大なフォントに加え、映画の中に登場するコンピュータの画面には、大きくて読みやすいテキストが表示される場合が多い。現実では多くの場合、ユーザは細かいテキストや、ユーザが文字の大きさを変えられないようにしてしまうことによって、さらに事態を悪化させているウェブサイトなどに、悩まされている。

もちろん大きな文字は、映画視聴者たちのための妥協だ。観客は画面上に何が映っているのか読める必要がある。それでも、あれだけ大きくしてしまうと、UI を非現実的なものにしてしまう。

7. Star Trek の喋るコンピュータ

Star Trek に登場する音声操作のコンピュータは、ユーザのためのインターフェイスではなく、観客のためのインターフェイスになっている、さらに酷い例だ。声によるコマンドと応答は、観客にとっては何が起きているのか追いやすいが、複雑なシステムを操作するには、とても能率が悪い。

未来のコンピュータ予想で、音声によるインタラクションは、昔から永続的に人気のあるものだ。これまで注目を集めてきたもう 1 つの UI 技術である 3D よりも、人気があるのではないかと思う。音声認識には使い道があるものの、毎日行うようなインタラクションの大半には、3D よりも適さない。なぜならそれは、データとして豊富ではない伝達方法だからだ。何かを言葉で特定するのは、目にみえる画面上で選ぶよりも、難しいのだ。

8. リモコン操作

Tomorrow Never Dies の中で、James Bond は、 BMW の後部座席から、Ericsson の携帯電話を使ってリモコン操作で車を運転する。007 は巧みに悪者をかわしながら、すごいスピードで走る。

現実で車を運転するのにジョイスティック、タッチパッド、プッシュボタンなどを使わずに、ハンドルを使うには、理由がある。正確に素早く方向を示すには、完璧な入力機器なのだ。

他の映画でも、目的に不向きなこととは関係なく、高速で正確に働くリモコンが登場する。よい入力機器をデザインすることは、難しい。無闇に他のもので置き換えようとしても、同じパフォーマンスを保つことはできない。たとえばテキストを編集する上でフットペダルは、マウスほどよくない。なぜなら足は、手や足ほど正確に動かすことができないからだ。

9. You’ve Got Mail はいつもよい知らせ

映画の中でメールをチェックするということは、その物語に関係しているメッセージを 1 通から 2 通、選び出すということだ。情報汚染や、大量の迷惑メールなどというものは、存在しない。クライアントから、締め切りの迫っている仕事の催促もない。そして、メッセージの件名が電子メールユーザビリティのガイドラインに違反していることが絶対にないため、必要な情報を見過ごすこともない。

10.「これ Unix だわ、簡単よ!」

映画 Jurassic Park の中で 12 歳の少女が、園内警備システムを操作して、みんなを恐竜から助けなければいけない場面がある。彼女はコントロールターミナルの前に行くと、神のような台詞を口にする。”This is a Unix system. I know this.”(これ Unix システムだわ。わかるわよ。)そしてそのまま(一時的にではあるが)皆を助ける。

12 歳の少女が Unix を知っていることが現実的かどうかは置いておいて、単に Unix を知っているということは、そのシステムで動いているアプリケーションをどうやって使うかがわかるということにはならない。もちろん vi をセキュリティーターミナルで使うことができるだろう。しかしカスタマイズされたセキュリティーシステムを操作するには、学習する時間が必要だ。しかもそのシステムが、各ソフトウェアによってユーザインターフェイスがバラバラで、1 つのアプリケーションから別のアプリケーションへとスキルを持ち越すことが困難なことで有名な Unix 上に作られたものだとすると、必要になる学習時間は特に長い

ユーザビリティ上の間違いは重要か?

ほとんどの映画が、こういった非現実的なユーザビリティの描写を行っていることは問題だろうか。ほとんどの点においては、重要ではない。映画の目的は、人を楽しませることであって、タスクをこなす効率は問題にならない。現実世界では絶対に機能しなくても、みていて楽しいインタラクション手法を使えばよい。

映画では他にも非現実的なことがたくさんある。たとえば、帝国軍の Stormtrooper になるのに最も要求される必要条件は、射撃が正確にできることではないかと想像がつく。

映画の中に非現実的なユーザビリティが登場するのは、当たり前なのだ。それでも、現実的な問題がそこには 2 つあると私は思う:

  • 研究費用や経営期待がいつも、音声認識、3D、アバター、人工知能といった非現実的な UI 寄りに偏る。何かが痛快で刺激的な物語の一部として機能しているのをみると、それが欲しくなる。それを信仰さえするようになってしまう。私たちは 3D や 音声認識を何度も目にし、盲目的にその利便性を信じてしまっているのだ。
  • テクノロジーが使い物にならないと、ユーザは自分を責める。この現象は現時点ですでに問題になっている。人々が適当なコンピュータの前に行き、すぐに使い始めるシーンを多く目にすることによって、事態は悪化している。人々は、より使いやすいデザインを要求し、使いこなすのが難しいテクノロジーを非難し始めなければいけない。映画は、そういった姿勢の変化を困難にしている。

2006 年 12 月 18 日

公開:2006年12月18日(原文:2006年12月18日)
著者:ニールセン博士
原文:Usability in the Movies - Top 10 Bloopers

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