バナーは目に入らないのか?~新旧の知見

ウェブサイト上の広告にユーザが目をやることはほとんどない。ユーザの視線を惹きつけ得る4つのデザイン要素のうち、1つは倫理的に許されるものではなく、広告ネットワークの価値を貶めるものである。

アイトラッキング調査で分かったことの中に一つ、あまり取り上げたくないものがある。非倫理的なデザインが功を奏するという結果が出てしまったからだ。

1997年にも、似たような知見の公言を控えたことがあった。OK ボタンとキャンセル ボタンをそれっぽく並べたダイアログボックス風のバナー広告はユーザにクリックしてもらいやすい、という事実である。“インターネット接続に失敗しました。”のようなシステムからのメッセージが表示されるわけではなく、そのバナーにはダイアログボックスの画像が貼られているだけで、「閉じる」ボタンをクリックすると、ダイアログボックスが閉じるどころか、広告主のサイトへと飛ばされてしまう。ユーザを惑わす、倫理に反する広告であり、最も嫌われる広告テクニックの第3位にあげられる。ユーザには、1997年のうちに既に無視されるようになったが、未だに普通のバナー広告よりもクリック率は高い。

ユーザビリティの知見を隠し通すことはできない

熟慮の末、倫理的な意味合いがどうであれ、新たな知見は新たな知見として公にすることに決めた。同じように調査をすれば、同じ知見が得られるのだから。調査結果の公表を控えるのは、実際無理な話である。天文学で隠し事が通らないように、ユーザビリティの知見も隠し通せるものではない。望遠鏡を使って土星を見れば、土星の輪が間違いなく見える。ユーザビリティ調査を実施すれば、同じ知見が得られるだろう。もちろん、手法を誤らなければの話だが。

行動学的なユーザ調査の原則をしっかり学んでいない人は、得てして手法を誤り、誤解を招きかねない知見を得てしまうことが多い。アイトラッキング調査の場合は特にその傾向が強く、それ故に、公にされている調査結果にも間違いが多い。

未熟な調査者は、一連の行為の中で遭遇したページをユーザがどう見るのかではなく、単にあるページを提示してユーザがそれをどう眺めるのかを調べてしまうことが多い。ユーザのものの見方は、その時々の状況に応じて変わってくる。たとえば、ユーザがフォームの中身をどのように見るのかを知ろうと思うなら、ただフォームのページだけを見せて記入してもらっても仕方がない。実際に起こり得る状況の中でフォームを見せなければならないのだ。つまり、eコマースサイトで商品の購入を決めて支払いに進む、といった行為に続くかたちでユーザがフォームを目にするようにすべきなのである。

アイトラッキング調査の多くが芳しくない結果をもたらしているとは言え、中には有効な結果も見受けられる。結果を隠そうとしても無駄なのだ。

ウェブ広告に関するアイトラッキング調査で、倫理的ジレンマが露見することはほとんどなかった。ユーザの視線を惹きつけるのに効果的なデザイン要素は、次の3つである。

  • 平文
  • 人物の顔
  • 胸の谷間など、“私的な”身体部位

詳細は、ウェブユーザビリティに関する基本ガイドラインを取り上げるセミナーの中で紹介している。ユーザがページをどのように見ているのかは、ウェブデザイナーなら誰もが知っているべきことである。

バナーは目に入らない

新たにアイトラッキング調査を実施して分かったことは、実を言えば新しくも何ともないことだった。バナーには確かに視線が行っていないということを、単に改めて確認したに過ぎなかったのだ。広告と思しきものには、それが実際に広告かどうかには関係なく、ユーザはほとんど見向きもしないのである。

どのページでも、広告に視線を定めるユーザはいなかった。次のヒートマップを見れば、ユーザがコンテンツに没頭する度合いには幅があって、ざっと拾い読みする程度の場合、部分的に文章を読む場合、全文にしっかり目を通す場合などがあることが分かる。 “読む”とまでは行かず、眺める程度に終わる場合がもっとも多いが、本当に興味があるときには熟読することもあるようだ。

アイトラッキング調査の結果を示す3枚のヒートマップ。ユーザの視線がページのどこに注がれていたかを表す。
アイトラッキング調査の結果を示すヒートマップ。ユーザの視線がもっとも長く滞留した箇所を赤色で、次に長かった箇所を黄色、あまり見られなかった箇所を青色で示している。灰色部分には、ユーザの視線が留まることがなかった。緑色の囲みは、広告部分を分かりやすくするために調査終了後に画像に追記したものである。

いずれにしても、バナー広告(緑色の囲み部分)に関して言えることは同じだった。広告部分に視線が行くことはゼロに近かったのである。何か知りたいことがあって探しているときには、早く目的を達成したいと思うのでバナーに気を取られることはない。そして、そこに書かれている内容に夢中になっているときには、文章から目を逸らすことはないのである。

ヒートマップからもう一つ、ユーザは広告に似たデザイン要素にも目をやらないということが分かる。広告ではない(そのため緑色で囲まれていない)にも関わらず、視線が行っていないところがあるのだ。

バナー部分に視線が行ったとしても、広告にしっかり意識が向けられることはほとんどなかった。広告主のロゴや社名ではなく、広告の中に埋め込まれているデザイン要素にちらっと目が行く程度だった。

次のビデオクリップには、退職後に備えた投資方法についての情報を探すユーザのアイトラッキング調査の記録が収められている。(動き回る青い点がユーザの視線の先を表す。) ユーザが見ているページには、Fidelity Investmentsの退職金口座に関する広告が載っていて、そこをクリックすれば欲しい情報を手に入れられるようになっていた。

見て分かるように、ユーザは一度、広告部分に視線を向けている。しかしこのとき、広告はプルダウンメニューで一部隠れてしまっていて、広告のメッセージをユーザは読めていない。一瞬画面から目を逸らした後でもう一度メニューを見直そうとしたときに、たまたま広告部分に視線が行ってしまったものと考えられる。瞬時の出来事なので、スローモーションで見直さなければ分からないだろう。(アイトラッキング調査ではよくあることだ。人間の目の動きはとても速く、スローモーションで見ないことにはまともな知見は得られない。)

(バナーはユーザの目に入らないというのが、検索エンジンの広告でも同様かどうかという質問が読者から寄せられたが、答えはノーだ。検索結果が表示されるページ(SERP)に掲載されるテキスト広告はそこそこユーザの目に入っている。個人広告も例外の内だろう。また、ストリーミングビデオにCMを埋め込んで配信すれば、まだ調査をしていないので明言はできないが、ユーザに見てもらえる可能性はある。ウェブサイト上の広告はユーザの目に入らないと考えるのが原則ではあるが、このとおり2~3の例外はある。)

広告に視線を向けさせるための4つ目の-倫理に反する-方法

先に挙げた3つのデザイン要素に加えて、オンライン広告にユーザを惹きつけるために効果的と思われる4つ目のアプローチがあることを発見した。重要な広告倫理を冒すことにはなるが、広告をコンテンツに同化させることである。

  • 広告が、ウェブサイトの構成要素と見紛うものになっていれば、多くのユーザが目を向けるようになる。
  • サイト上の他の構成要素と似せるだけではなく、それが表示されている場所が何か特別なセクションを成しているかの如く見せること。

これは、記事と広告との区別は常に明瞭であるべきとされる広告業界の“政教分離の原則”を公然と破ることである。名高い新聞社であれば、自社流の活字やその他のレイアウト要素を広告主に真似させるはずはない。しかし、ユーザの目を最大限広告に向けさせる方法は、ウェブ広告に関して言えば、これしかない。

倫理に反するか否かは、広告がどの程度コンテンツになりすましているかによる。行き過ぎは禁物だ。ユーザを欺き、恨みを買うことになりかねないからだ。倫理に反する広告はユーザの目を惹きはするだろう。しかし、倫理的にやった方が、長い目で見れば上顧客を育むことに繋がるはずだ。

これが真実である。そして、真実を述べることこそが私の使命である。真実を伏せて悪用を許すよりも、これを公にした方が良いのは間違いない。

オンライン広告は周囲のコンテンツに釣り合うものほどユーザに見てもらいやすいという事実は、広告ネットワークの拡大傾向に真っ向から対立する。広告スペースが単に売り買いされるだけでは、そのスペースに見合った良い広告を作ろうと思ってもなかなか難しい。

出版社と直接契約を交わして広告スペースを買い、そのスペースに最適の広告を制作して掲載した場合に比べると、広告ネットワークを通じて打った広告にユーザの目が向けられることは少なくなる。つまり、場所を選んで広告を打つときほど、ネットワーク広告にお金をかけるべきではないということだ。

2007 年 8 月 20 日

公開:2007年8月20日(原文:2007年8月20日)
著者:ニールセン博士
原文:Banner Blindness: Old and New Findings

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