天才デザイナーの神話

デザイナーに恵まれたからと言って、ユーザビリティのプロセスが不要になるわけではない。リスクの軽減と質の向上には、ユーザテストをはじめとするユーザビリティ手法が欠かせない。

ユーザビリティに対する否定的な台詞をよく耳にする。“優秀なデザイナーを雇おう。そうすれば、ユーザテストのような厄介事を考える必要がなくなる。 良いデザイナーが、良いデザインをしてくれれば良いだけなのだから”と。

よく例に挙がるのは、Steve Jobsである。確かに、Jobsは偉大な製品を数々この世に送り出してきた。しかし、失敗作も実に多く、中でもNeXTコンピュータとMac Cubeが有名である。Macintoshでさえ、Adobeとデスクトップ・パブリッシングに間一髪のところで救われはしたものの、危うく失敗に終わるところだった。(また、Macのユーザビリティは、Jobsの功績というよりも、Lisaのチームでユーザ調査を担当したJef RaskinとLarry Teslerの偉業によるところが大きい。)

いずれにしても、Steve Jobsはデザインマネージャー であって、デザイナーではない。インタラクションデザインを理解し、ユーザ・エクスペリエンスのクオリティを気にかけてくれる経営者の存在は、企業にとって確かに大きな意味を持つ。UIの出来が悪いという理由でプロジェクトを遅らせたり、キャンセルしたりするのは、テクノロジー業界では稀有なことだが、良い製品を世に送り出して名を成したいと考える企業にとっては必要な選択である。

デザイナーの話に戻ろう。出来の悪いデザイナーより、出来の良いデザイナーを雇うに越したことはないのは確かだ。同じように、ユーザビリティの専門家だって、プログラマーだって、ライターやマーケティングのマネージャーだって、出来が悪いよりは、良い方が良いに決まっている。

インターフェイスデザインで成果を出すには、さまざまな専門分野から優秀なスタッフを掻き集めるべきだ。

天才デザイナーの限界

ここで考えたいのは、良いデザイナーを使うべきかどうかではなく、良いデザイナーを使えば、ユーザビリティの専門家がいらなくなるのかどうかである。決して、そんなことはない。

“天才デザイナー”ただ一人を頼りにするのは間違いだ。理由にはいくつか考えられる。

  • 手持ちのチームでプロジェクトを動かさなければならない。願いどおりのチームを組んでプロジェクトに挑めるわけではないのだ。世界のトップ100に入る優秀なインタラクションデザイナーが、あなたのプロジェクトに参画するためにその辺で待っていてくれることなど、普通の企業ではあり得ない。
  • デザインは、不確かな科学である。どんなに優秀なデザイナーでも、出てくるアイデアのすべてが等しく素晴らしいとは限らない。リスクを減らすこと、つまり、顧客の協力を得てユーザテストなどを行い、デザイン案がユーザに受け入れられるかどうかを確認することが賢明だ。(ペーパープロトタイプなどを使えば、少ない予算で新しいアイデアをテストできることを覚えておこう。)
  • 良いデザイナーは、そもそもどうやって生まれるのか? どんなアイデアが失敗し、どんなアイデアが成功につながるのかを学んでいくしかない。そのためには実験データが必要であり、ユーザビリティテストを実施すれば、それを手に入れられる。
  • 優秀なデザイナーであっても、売れる製品を生み出せるのは、的を射た問題解決につながるデザインができたときに限られる。素晴らしいインターフェイスも、見当違いの機能にあてられては失敗に終わるしかない。では、デザイナーはどうやって顧客のニーズをつかめば良いのだろう? ユーザ調査を通じてつかむほかない。
  • 完璧な人間などありはしない。どんな素晴らしいデザインも、繰り返しクオリティの向上を図っていくことで改善し得る。デザインを進める過程で、ユーザビリティ評価(ユーザビリティテストやガイドラインの見直し)を実施すべきだ。そこで得られた洞察を生かして、ユーザ・エクスペリエンスをさらに一段高めることを目指そう。

数十年におよぶ品質保証の歴史から分かるのは、途中で何度も真偽を確認しながら、体系立てて品質管理を行っていくことで結果がついてくるようになるということ。道を逸れていないことを願うばかりでは、そうはいかないということである。

成功原則と成功事例

一つのアナロジーとして、会計を考えてみよう。出来の悪い会計士よりも、出来の良い会計士が望ましいのは、デザイナーの場合と同じ。しかしどんなときにも、会計士にはGAAP(米国公認会計士協会が発行する一般会計原則)に従ってもらうべきだろう。成功事例は故あって存在するものであり、会計士が独自のやり方を貫くよりも、その事例に倣っておくことで、税務監査に引っかかる危険性は劇的に低下する。

同じように、ユーザ・エクスペリエンスとウェブサイトの成功は、一貫性のないUIを独自に作り上げるのではなく、ユーザビリティ・ガイドラインという形にまとめられた成功事例に従うことで実現される。

デザインと会計の世界で違いがあるとすれば、一般に認められているユーザビリティの原則から逸脱することで良いデザインが生まれるケースがごく稀にあるということだ。しかし、その稀にしかない例外に該当するかどうかをどうやって知れば良いのだろう? 推測はできる。しかし、調査を実施して確認するのが安全だ。

要約しておこう。

  1. 良いスタートを切るために、優秀なデザイナーを確保しよう。
  2. リスクを減らすために、デザイナーには、推測 ではなく、ユーザビリティ調査のデータにもとづいてデザインをしてもらおう。
  3. クオリティを上げるために、デザインを繰り返しながら、要所要所でユーザビリティ評価を実施して磨きをかけていこう。

2007 年 5 月 29 日