短期記憶とWebユーザビリティ

人間の脳はウェブサイトの閲覧で要求されることの多い抽象的思考やデータの記憶には最適化されていない。ユーザビリティのガイドラインの多くは認知的な限界によって決まってくる。

人というのは短期記憶にそれほど多くの情報を保持することが出来ない。このことは複数の抽象的、あるいは普段目にしないデータを次々と大量に受け取るときには特に当てはまる。ユーザーはいかに簡単に忘れてしまうか、デザイナーが忘れてしまわないように、なぜ我々の脳がそこまで劣っているように見えるのかをおさらいしてみよう。

人間が毛むくじゃらのマンモスを狩ることを得意とすることは注目に値する。我々人が牙も鋭い爪も持ってないことから考えると、我々の祖先が黒石英の石器だけを使って、オーストラリアから北アメリカにかけてのほとんどの大型動物相を絶滅させたのはあっぱれであった(今日の環境をより意識した世界では、彼らの虐殺的なやり方は非難を浴びるかもしれないが、原始時代の人にとっては、環境保全よりも自分たちの夕飯を確保することの方が関心事だった)。

コンピューターを利用するのに必要なスキルの多くは、マンモスを殺すことにはそれほど役に立たない。こうしたスキルには、次の画面に変わっても意味不明な記号を覚えておくことや、書式フィールドの極端に短縮化されたラベルを解釈することが挙げられるが、人々がこれらのスキルを使うのが得意ではないことは驚くには当たらない。なぜならば、我々の祖先が暮らしていた環境で生き残るためには、そうしたスキルは重要でなかったからである。

人間の脳は今日でも1万年前と変わっていない。そこで、「穴居人のためにウェブサイトをデザインする」というタイトルを、我々の新しいコースのために実際に使おうと思っていた。心理学によってどのようにユーザビリティガイドラインを説明し、ウェブサイトの有効なデザインを決めていくかについてのコースである。しかしながら、そのタイトルを使うと、ページの中身(あるいは、この場合は、セミナーの中身)を実際には説明していない気取った見出しを使ってはならないというガイドラインに違反するものとなる。

そこで、代わりに、我々は「ユーザビリティと人間の心理: 顧客はどのように考えるのか」というタイトルを使うことにした。

もし最初のタイトルのまま進めていたら、その結果、あなたの長期記憶では「穴居人」に関連する用語が選択される状態になっていただろう。そうすると、そこには、B級映画をたくさん見ることで頭に入ってしまった、人食い恐竜のような概念も含まれてしまうこともありうる。あなたのサイトの営業成績を向上させることに関連のあるコンセプトが選択されることはありえなくなってしまうのである。その反対に、我々が最終的に選んだタイトルには「顧客」という単語が含まれているので、それによって、記憶をもっと適切なやり方で呼び起こし、追加のクリックを誘って、ユーザーをビジネス向けの思考に引き込める。

脳の力の限界に合わせてデザインする

抽象的思考に関していうと、人間の脳の力にはかなり限界がある。例えば、短期記憶ではおよそ7つの情報の固まりしか保持できず、これらの情報も約20秒で脳から消えていくことが知られている。

よくある誤解は、短期記憶には限界があるので、メニューのアイテムも同じように7個までにした方が良いというものだ。しかし、(必要なら)メニューの項目をもっと多くすることに問題はない。なぜならば、ユーザーはメニューの項目を全部記憶する必要はないからだ。メニューについての考え方は(ユーザーインタフェースデザインの10の基本的なヒューリスティックス(:経験則)の1つである)記憶を呼び起こさなくても、見ただけでわかるということをもっぱら拠り所にしている。他にもメニューのデザインにおけるユーザビリティ上の課題はいろいろとあり、メニューが短くなればなるほど、速く流し読みできるようになるのは間違いない。しかし、メニューが短くなりすぎると、選択肢は抽象的で曖昧になり過ぎてしまう。

短期記憶の限界によって、ウェブデザインの他のガイドラインの限界値も決まってくる:

  • 応答時間はユーザーが次のページが読み込まれるのを待つ間、彼らが何をしている最中だったのか覚えておける程度には速くなくてはならない。
  • 訪問済みのリンクの色は変え、ユーザーが既にどこをクリックしたかを覚えておかなくてもいいようにしよう。
  • 製品同士を比較しやすくしよう。そのために、最初に来るカテゴリーページと専用の比較画面の両方で、製品間の主な違いを強調しよう。何が違うかを考えるために異なる製品ページを行ったり来たりしなければならなくなると、ユーザーは混乱してしまう。特にページの情報表示の仕方が統一されてない場合には。
  • クーポンコードを利用する代わりに、Eメールニュースレターに値引き専用のリンクをエンコードし、それがユーザーのショッピングカートに自動的に転送されるようにしよう。これによって以下の2つのメリットが得られる:
    • 意味不明の記号を覚え、正しい時にそれを適用するということをコンピューターが肩代わりしてやってくれる。
    • 「クーポンコードを入れてください」という欄を無くせる。この欄はクーポンを持っていない買い物客(と 精算の過程で自分以外のユーザーが得をすることが露骨にわかってしまったので、定価を払うことが嫌になってしまう買い物客)を追い払ってしまう。
  • ユーザーの必要なコンテクストにおいて、ヘルプとユーザー支援機能を提供しよう。そうすれば、彼らは別のヘルプセクションに移動し、さらには、直面している問題に戻る前に問題解決の手順を記憶するということをしなくてもよくなる。(ヘルプとユーザー支援についてもっと詳しく知りたい時は、我々のアプリケーションユーザビリティコースを参照)。

個人差

人間の頭脳は平均的にはウェブサイトの利用向けというよりはマンモスの狩猟向けにできているが、我々皆が皆、平均的なわけではない。事実、ユーザーパフォーマンスに見られる個人差は非常に大きく、上位25%のユーザーは下位25%のユーザーの2.4倍以上も処理速度が速い

極端な話をすると、持っている専門知識を使って、高レベルの推定を行なうといった、認知に関わる複雑なタスクをこなせる知性を持つ人は人口の約4%にすぎない。あなたがこのエリートグループの中に入っていることは間違いない。そして、もっと悪いことに、あなたのインターネットチームのメンバーの多くもそうだ。(そして、残りのメンバーも間違いなく上位25%には入っている。つまり、彼らも平均的なユーザーよりずっと優秀なわけである)。

たいていのユーザーよりあなた自身は短期記憶に2つ余計に情報を保持できる可能性がある、というのはたいしたことには思えないかもしれない。しかし、あなたのウェブサイトが直接内容に関係ない情報を覚えておくことをユーザーに求めて、彼らの短期記憶の空きを埋めてしまえば、少し余分にある短期記憶の容量によってユーザビリティには大きな違いが出てくる。あなたには製品ラインについて考えるための余分の空きがまだ十分にある。しかし、あなたの顧客が脳の容量を使い切ってしまっているとすると、彼らはあなたのサイトに対して、実のところ、かなりフラストレーションを溜めることになるのである。

コースのタイトルとしては良くないにしても、穴居人のためにデザインすること、つまり、想像力を持ち合わせず、知力に限界のある相手を想定してデザインをすることは概して有効である。結局のところ、あなたにお金を支払ってくれるお客様は洞穴から一歩出たに過ぎないのである。

オリジナル記事公開日: 2009 年 12 月 07 日