iPadのユーザビリティ:
ユーザーテストからの最初の所見

iPadのアプリは一貫性に欠け、機能の発見しやすさの点で劣るため、ユーザーの偶然のジェスチャーによって、エラーが頻繁に起きてしまう。あからさまな印刷物のメタファーと奇妙なインタラクションスタイルはさらなるユーザビリティ上の問題を引き起こす。

「巨大なiPhoneみたい」というのがiPadをテストするように依頼されたユーザー達が最初に言ったセリフである。(2番目に言ったこと? それは「うわっ、重いね」だった)。

しかし、インタラクションデザインの観点からいうと、iPadのユーザーインタフェースは iPhoneのUIを大きくしたものであってはならない

実際、今回の調査から得られた発見の1つは、画面最下部にあるタブバーはiPhone上よりもiPad上ではるかに機能しにくいということだった。小さな電話機の上では、たとえ、ユーザーの注意が画面中央のコンテンツに向いていたとしても、画面最下部にある控えめなアイコンにユーザーは気づくだろう。しかし、iPadの画面がずっと大きいことによって、ユーザーの視線はタブバーから離れた位置に向いている場合が多く、そうしたボタンは無視されてしまうのである(そのうえ、忘れさられる)。

それ以外のiPadとiPhoneの大きな違いは、大きなタブレット上では通常のウェブサイトが割によく機能するということである。我々の行ったiPhoneのユーザビリティ調査で、ユーザーはウェブ上で進めていくことよりも、アプリを利用することを積極的に選んでいる。小さな画面上で利用するにはたいていのウェブサイトは単に負担が大きすぎるのである。(モバイルに最適化されたサイトではこの問題は軽減されるが、そういうサイトでもアプリに比べればユーザビリティに劣っている場合が多い)。

iPadの大きな画面は通常のウェブページに対して、相応なユーザビリティを提供してくれる。もちろん、そこにはすべてのタッチスクリーンに共通の、ユーザーが小さなターゲットを正確に押すのを難しくする「fat finger(指が太いためにターゲット以外を押してしまうこと)」の問題は残っている。iPadでは読むこととタップすることの間の釣り合いが取れておらず、 読むには十分な大きさのテキストも、タッチするには小さすぎる。したがって、ウェブページにたくさんのiPadユーザーを惹きつけたいのなら、タッチゾーンを大きくすることを例外なく推奨したい。

また、iPadの貧弱で制限のある環境と比べると、たいていのウェブページから提供されているエクスペリエンスは中身が濃く、充実しすぎている。したがって、iPadアプリによって突然、ウェブ上に送り込まれてしまったユーザーにとって、その遷移は不快なものになりかねない。

10年以上もの間、(デスクトップの)ウェブサイトについて、ユーザーに第一印象を聞くと、「ごちゃごちゃしている」という答が一番多かった。対照的に、iPadアプリの第一印象では「美しい」 という言葉が多く聞かれた。ユーザーエクスペリエンスがより心地よいものになったというのは、特にそのデバイスがビジネス用というよりはレジャー用のコンピューターになりそうな場合には歓迎すべき変化であることは明らかだ。しかし、機能やコンテンツから真の恩恵を得るためには、美しさのために実際のアプリの利用を犠牲にすべきではないだろう。

最初の調査

AppleからiPad が発売されて数週間後、我々はそのアプリとコンテンツについて、最初の調査を実施した。テストは7人のユーザーで行った。全員が少なくとも3ヶ月間、iPhoneを使ったことのあるユーザーだったが、iPadに「熟練している」ユーザーは1名のみであった。

(このユーザーはiPadを1週間しか使った経験が無い。これは我々がユーザビリティ調査の参加者に「熟練している」ユーザーとして通常要求する最低1年の経験よりははるかに短い)。

この調査から得られた結果が予備的なものであることは明らかである。しかしながら、ともかくも結果を発表しようと思う。なぜならば、iPadのプラットフォームはたいへん異質であり、今後数ヶ月間でかなりの数のアプリケーションが開発されることになるだろうからだ。たとえ、現時点でわかっていることに欠けている部分があるにしても、既に存在しているユーザビリティの知見から得られる手がかりも無しにこうしたアプリのすべてがデザインされるとしたら、それはもったいないことだろう。

我々がテストしたのは以下のアプリケーションとウェブサイトである:

  • ABC player
  • Alice in Wonderland Lite
  • AP News
  • Art Authority
  • BBC News
  • Bloomberg
  • craigsphone (Craigslist)
  • eBay (アプリとウェブサイトの両方)
  • The Elements (物理の教育用ソフト)
  • Endless.com
  • Epicurious
  • ESPN Score Center
  • ESPN.com
  • Gap
  • Gilt
  • GQ magazine
  • GWR Lite (Guinness World Records)
  • iBook
  • IMDb (Internet Movie Database)
  • iverse Comics
  • Kayak (kayak.com)
  • Marvel Comics
  • MLB.com (Major League Baseball)
  • Nike.com
  • Now Playing
  • NPR (National Public Radio)
  • The New York Times Editors’ Choice
  • Popular Science
  • Time Magazine
  • USA Today
  • virginamerica.com
  • whitehouse.gov
  • Wolfram Alpha
  • Yahoo! Entertainment

奇抜なインタフェース

iPadのユーザーアプリの第一弾は1993年当時のウェブデザインについての記憶を思い起こさせてくれた。その年はMosaicがイメージマップを最初に導入した年で、それによってどんな画像のどの部分もUIの要素になることが可能になった。結果としてグラフィックデザイナー達は狂喜した。それに意味があるかは別にして、彼らが描けるものならなんでもUIにできるようになったからだ。

iPadのアプリも同じ状況といえる。つまり、表現できるもの、タッチできるものならなんでもこのデバイス上でUIにすることができる。そこには基準もなければ期待値もない。

悪いことに、そこにはタッチしたときにスクリーン上の様々な要素がどのように反応するかについて、よく考えられたアフォーダンスがない場合も多い。基調になっている美的哲学はエッチングされたかのような画面いっぱいのフラットなイメージに因るところが非常に大きい。したがって、アクティブにするために呼び出されたビジュアル要素を隆起させたり凹ませたりするためのライティングモデルもなければ、疑似的多次元性もない。

反対に、デスクトップデザイン向けの昔ながらのGUIデザインのガイドラインではボタンというのは盛り上がって見えるべきであり(したがって押すことができる)、スクロールバーやその他のインタラクティブな要素はコンテンツと目で見て区別できるものにすべきであるとなっている。

GUIにおける従来からある「政教」分離の原則、すなわち、コンテンツを機能やコマンドとは区切ろうという原則は現在のウェブデザインにまで引き継がれてきている。インターネット上でビジネスをしようというあらゆるサイトからそうした1993年風のイメージマップが見られなくなって久しい。

iPadのエッチングしたようなスクリーンに関する美的哲学が見栄えの点で優れていることに疑いはない。そこには目につく邪魔なものも不格好なボタンも存在しない。この美しさと引き替えに1990年代半ばから目にすることの無かったユーザビリティ上の問題が再び現れてしまった。つまり、ユーザーはどこをクリックして良いのかわからないのである。

ここ15年間のウェブユーザビリティ調査で見られた主な問題点とは、ユーザーがどこに行っていいのか、あるいはどのオプションを選べばいいのかがわからないというもので、存在しているオプションがどれなのかさえわからないということは決してなかった。iPadのUIで、我々はこの出発点に戻ってしまったのである。

一貫性のないインタラクションデザイン

その問題をさらに悪くしているのは、何かの動かし方を理解したあとも、あるアプリで得たスキルを次のアプリに応用することがユーザーにとって不可能だということである。類似した機能のUIがアプリケーションごとにまるで違うからである。

様々なアプリ上では画像にタッチすることによって以下の5つの結果のどれかが起こりうる:

  • 何も起きない
  • その画像が大きくなる
  • そのアイテムについてより詳細に書かれたページにハイパーリンクで飛ぶ
  • そのイメージが反転し、その同じ場所に追加の画像が現れる(例えていうと、新しく出てきたこの画像達はもとの画像の「裏側」になっている)
  • ナビゲーション上の選択肢がポップアップする

一番後のデザインを利用していたのはUSA Today(アメリカの全国紙)である。そのウェブサイトでは新聞のロゴをタッチすると、様々なセクションがリストアップされたナビゲーションメニューが立ち上がった。この反応は今回のテストの中でも、たぶん、もっとも予想されなかったものだろう。ユーザーは誰一人それに気づかなかったのである。

同様に、画面の最下部まで行きついた後、さらに読み続けようとすると、以下の3つの異なるジェスチャーのうちのどれかを行うことが求められる:

  • 同じページ内に留まりながら、テキストフィールド内をスクロールダウンする
    • このジェスチャーを有効にするためには、テキストフィールド内をタッチする必要がある。しかしながら、テキストフィールドの境界がスクリーン上で区切られていないため、どのテキストがスクロールできそうかを推測する必要がある。
  • 左にスワイプする(それによって今、読んでいる記事の先を表示する代わりに次の記事に行ってしまうこともありうる)
    • しかしながら、このジェスチャーはThe New York Times のアプリにある広告のエリア内をスワイプしてしまった場合にはうまくいかない。
  • スワイプアップする

iPadのUIはユーザーに深刻な混乱をもたらす三つの脅威にさらされている:

  • 発見しにくさ: そのUIのほとんどはアフォーダンスがよく考えられておらず、エッチング加工されたようなガラスという美的哲学に隠れてしまっている。
  • 記憶しにくさ: ジェスチャーというのはアプリ間で一貫性をもって採用されていないと、矛盾した一時的なものになってしまい、学習するのが難しくなる。広範囲で業界標準のコマンドに準拠することはユーザーの手助けになるのである。
  • 予想外の起動: 誤ってタッチしたときや、予想してない機能を起動してしまうジェスチャーをしてしまったとき、これが起きる。

この3つのユーザビリティ上の問題が組み合わさった結果、そのユーザーエクスペリエンスは、何が起きたかわからない、あるいは、もう一度、同じ結果に到達するための決まった動作を反復するやり方がわからない、のどちらかになってしまうことが多い。さらにひどい場合には、前の状態への復帰の仕方がわからないこともある。ウェブのBack(戻る)ボタンのような非常口になりうる一貫性のある取り消し機能が存在しないからである

過剰な印刷物のメタファー

次の記事に行くためにスワイプするというのは、多くのコンテンツアプリにある、強固な印刷物のメタファーが元になっている。実際、このメタファーは非常に強力なため、「カバー」ページ上のヘッドラインをタップして、該当の記事に飛ぶことすら不可能になっている。 iPadではホームページが用意されていないが、テスト中、ユーザー達はホームページのような機能を強く要望していた。(またサーチ機能が必要とされることも多かったが、この機能も提供されてないことが多かった)。

電子メディアでは「次の記事」というリニアなコンセプトはあまり意味をなさない。人々は次にどこへ行くかをむしろ自分で決めたいと思っていて、提供されている関連性のある選択肢の中から選びだそうとするからである。

iPadのユーザーエクスペリエンスデザインについての戦略的課題とは、ユーザーの権限と執筆者の権限のどちらに重きを置くかということだ。初期のデザインは制限しすぎるという失敗を犯している。ウェブを利用するおかげで人々は自由と監視の価値をあらためて実感するようになった。彼らはリニアなエクスペリエンスに喜んで戻ろうとはしないだろう。

出版社は個々の出版物がスタンドアローンな環境にあるときに、コンテンツに最も価値があるとユーザーが見なしてくれるよう望んでいる。同様に、ウェブ上でユーザーがやっているように、膨大なサイトの中を跳び回るよりも、少ない出版物の上で長い時間を過ごしてくれれば、より高い付加価値が期待できると考えている。

デスクトップウェブを利用すれば、1人のユーザーが1週間に100個のサイトを訪れ、そのほとんどで1〜3ページだけを閲覧するというのは非常に簡単にできる。(例えば、B2Bユーザーが15のサイトを訪問するというタスクで、1ページを見るのに費やされた時間は平均29秒だった)。ほとんどのサイトは一度しか訪問されない。検索でまとめて見つけ出されたか、リンクが別のサイトやソーシャルメディアの投稿で偶然目に入っただけだからだ。顧客と本物の関係を築けない限り、コンテンツサイトに価値が生まれることは無く、ユーザーがオンライン上で過ごした時間によって生み出される収入の90%は検索エンジンのものになってしまっている

iPadアプリの現状のデザイン戦略の目的がさらなる没入体験を作り出そうとしていることにあるのは間違いない。それによって期待されているのは、個々の情報ソースに深い愛着を持ってもらうことである。しかし、これはウェブの教訓に逆らっている。というのもウェブ上では多様性こそが強みであり、ユーザーが唯一注目しているものを捉えられるサイトなどないからだ。ウェブサイト内をユーザーが頻繁に移動することによって、インタフェース上の慣習に一致した、人々が学習すること無しに(あるいはたいして見て回ることすらしなくても)利用できるデザインを作り出す必要は出てくる。人々がほんのいくつかのアプリを最終的に選び出して、それを使い続けようとするのなら、iPadは違うものになっていく可能性もあるだろう。

カード名人 vs. 聖なる巻物師

UIのパイオニア、Jef Raskinは根本的に異なった2つのハイパーテキストモデルを区別するため、カード名人 vs. 聖なる巻物師という用語をかつて使った:

  • カードには固定されたサイズのプレゼンテーション用キャンバスがある。 この二次元の空間内には心ゆくまで(したければ美しくレイアウトして)情報を配置することができるが、スペースをそれ以上拡大することはできない。もし1枚のカードに入る以上の情報が得たければ、ユーザーは新しいカードに飛ぶ必要がある。HyperCardがこのモデルのもっとも有名な例である。
  • スクロールは欲しいだけの情報に必要とされる空間を提供する。そのキャンバスは好きなだけ延長可能だからだ。ユーザーはあまりジャンプしなくてもよくなるが、そのおかげで凝ったレイアウトにすることは難しくなる。ユーザーが目にしているものをデザイナーが常にコントロールすることが不可能だからである。

特に最近、断固として、ウェブは聖なる巻物師の同志であった。ユーザーがかなりの量をスクロールし、長いページをどんどん下っていくと、情報が見つかるというわけだ。携帯電話のアプリですらその小さな画面に見合う以上のことを表示しようとして、スクロールに依存していることがよくある。

その反対に、iPadの初期のデザインはカード名人によって支配されている。ちょっとしたスクロールはあちこちに見受けられるが、その美しい画面のために固定したレイアウトを創り出そうとしているアプリがほとんどである。

iPad上のカードとデスクトップ上でのスクロール(そして携帯電話はその中間のどこかに位置している)というデザインモデルを併用できない理由などない。しかし、デザインの流れがどちらかに収束することもありうるし、ウェブのインタラクションスタイルが非常に強力であるということが明確になっていけば、ユーザーがiPad上でもそれを要求するようになるということもありうるだろう。

iPadのユーザーエクスペリエンスを良くするには

限定された初期のユーザー調査においてすら、iPadのデザインをもっとユーザブルにするための方向性を提供することはできる:

  • ユーザーがどこで何をすることができるのかについてのアフォーダンスを把握し、発見しやすさを向上させるための次元を追加し、より良質な個々のインタラクティブエリアを定義しよう。
  • こうしたインタラクティブな効果を得るためには、エッチング加工されたガラスという美的哲学に固執するのをやめよう。iPadの第一世代のアプリにあった二次元空間という縛りから逸脱して、少々魅力に劣る画面を創り出すこともあってよいのではないか。そうであっても、MacintoshからWindows 7に至るまでに進化してきたGUIのスタイルで利用されてきた荒っぽいビジュアルではなく、より繊細なGUIのキューを使うことによって、デザイナーはその見栄えの良さをほぼ保つことが可能だ。
  • 奇異なことをすることで付加価値を付けようとは思わないようにしよう。どうすればいいのだろうと迷われるくらいなら、ユーザーがコンテンツに集中できるよう、一貫したインタラクションのテクニックを利用する方がましである。
  • 大部分のアプリのための、Back(戻る)機能や検索、クリック可能なヘッドライン、ホームページを含む標準的なナビゲーションをサポートしよう。

全体レポートでは詳細なアドバイスも提供しているが、我々がまだデザインガイドラインのリストをすべて作成し終えてないことは明らかである。

つまり、iPadが日常的にどのように利用されていくかがわかるまで、1年かそこらでは答が出ないと思われる大きな疑問が1つ残っている。それは、主にさらなる没入体験をしたいがために、人々はデスクトップやモバイルでのウェブでなく、iPadを利用しようとするだろうか、というものである。言い換えれば、さまざまなソース間をどんどん移動して、通り一遍の注意を払うのではなく、最初にいくつかのソースを決めたら、それを集中的に掘り下げていくということを人々はするのか。

たぶん、デスクトップのウェブはより目的志向が強い活動、例えば、新しい課題について調査するとか、買い物や資産管理のような方向性のあるタスクの実行に利用されるようになっていくのではないだろうか。そして、iPadはよりレジャー用の目的、例えば、(それが「本物」のニュースであろうが、ソーシャルネットワークのアップデートであろうが)ニュースを追ったり、エンターテイメント指向のコンテンツを消費したりするといったことのために使用されるのかもしれない。答はまだわからない。この質問への答によって、iPadのUIが現状の奇抜なスタイルからどの程度、変わっていく必要があるかが決まってくるだろう。

さらに詳しく

iPadユーザリティに関するレポート(93ページ)が無料でダウンロード可能である。

公開:2010年5月10日
著者:ニールセン博士
原文:iPad Usability: First Findings From User Testing

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