現実より上:
インターネットの基本原則

ユーザに親しみを持ってもらおうとして、ウェブデザインではよく物理的世界のまねをすることがある。だが、技術的制約から、こういった真似は完全にはできず、不正確でもある。例えば、3次元サイトマップを提供しているサイトがあるが、2次元の画面にこれを表示されると、ユーザは間違いなく位置感覚を見失ってしまう。

同様に、洗練された人物による重要な基調講演であっても、それを動きのぎこちない、ツブの目立つ切手サイズのインターネットビデオで見るのは、まったくの時間の無駄である。ビデオが使い物にならないだけではない。画質が低さが気になって、実際に、音声メッセージに注意を集中できなくなってしまう。使えるだけの帯域幅を高音質のオーディオに利用するべきだ。これと合わせて、講演者、聴衆、それに(これがもっとも重要なのだが)講演の中で使われた視覚資料の高解像度の写真をゆっくり切り替え表示して補ってやればいい。もっといいやり方はこうだ。物理的世界では到底不可能なこと、つまり講演にインデックスをつけて興味のある部分にユーザが直接飛べるようにしておき、同時に他の部分に関しても短い要約を読めるようにしておくのだ。一方、講演者のオリジナルのコンテンツには、背景情報、注釈、それにこの分野の他の権威者から寄せられたコメントへのハイパーテキストリンクを設けておく。

現実で力不足のファックスにするのではなく、強みから発想したデザインにしよう。そして現実の上を行くのだ。物理的な世界では不可能なことを目指そう。ウェブを利用するのは、たいへんな苦労をともなう。とすれば、その分の見返りを、ユーザに与えなくてはならない。従来にはない斬新な、より優れた何かを提供するのだ

インターネットモールは意味がない。にも関わらず、ウェブの初期には何社かの企業が現実世界のショッピングモールを真似たサイトを立ち上げた。物理的世界では、1箇所にパーキングするだけで、ひとつ屋根の下、雨や雪やカンカン照りの太陽を気にすることなく何軒ものショップを歩いて回れるモールは役に立つ。ウェブでは、世界中どこのショップだって、クリックひとつで移動できる。だから、ひとつのサイトにいろんなショップが集まっているメリットはそれほどない。

モールのかわりに、リンク協定を結ぶことで、ウェブショッピングは豊かなものになる。こうすれば、最小のウェブサイトでも世界一巨大な在庫を持つことができ、他のサイトの関連商品を相互に販売できるようになる。その好例がAmazon.comが始めた「提携(assosiate)プログラム」だ。どんな話題であれ何かに特化したサイトであれば、簡単にフルサービスの書店になれる。肉屋は料理書を、花屋はフラワーアレンジメントの本をといった具合に、1冊の在庫も持たずに、サイトの話題に関連した書籍を販売できるのだ。ここでキーとなる発想は、何かを一体化するためであっても、それが必ずしも同じウェブサイトにある必要はないということである。ハイパーリンクは、新しい形態の顧客サービスを可能にした。実質的な移動が必要な世界では不可能だったサービスだ。

リアルタイムチャットの口述筆記は役に立たない

現実世界を忠実になぞろうとして問題になっている例をもうひとつ挙げよう。Barnes&NobleのEsther Dysonへのインタビューを見ていただきたい。彼女はRelease 2.0の著者である。インタビューは、単にチャットを記録しただけのもので、読むにはつらい。「Knoxvilleは通らないと思うわ」といった発言でいっぱいなのだ(これは数ヶ月前に実施された書籍販促ツアーについての発言であり、現在ではまったく読む価値のない情報だ)。総じて、私はチャットに関しては否定的な立場を取っている。お互いに名前を呼びあって、クオリティの低いコメントをやり取りするというレベルに陥りがちだからだ。B&Nの著者インタビューは、たいがいのインターネットチャットよりはましだ。司会者がいて質問を精選しているし、著者も、平均的なライターよりレベルが上だからだ。とは言うものの、本当に読んでおもしろいインタビューにするには、編集者を立てて、チャット記録の半分はカットしなくてはならないだろう。ウェブでは、善悪いり混じったリニアな内容に黙って付き合うという無駄は必要ない。グループの会話を立ち聞きするよりは、ましなものにしたいものだ。ウェブのアクセスは非同期である。このために、編集者がコンテンツを精選する時間ができた。ハイパーテキストのおかげで、非リニアなプレゼンテーションもできるようになった。

Amazon.comはロボットを用意して、著者へのインタビューを自動的に行っている。現実には、著者にお決まりの質問を投げかけているのと同じで、インタビュー結果は、彼ら自身で編集する。著者の作品や興味に応じて、質問を変えられないという欠点もある。かなり大きな利点として、何千もの著者にインタビューするということが可能になった。これに対するに、B&Nには著者インタビューがごくわずかしかない。物理的世界では不可能な手法でインタビューを行った結果、Amazonの方がずっと豊かなサービスを提供できるようになった。

さらに、Amazonでは、各書籍のページに著者インタビューへのリンクを設けている。これで、ユーザは著者インタビューを見つけるために、改めて検索に頼る必要はなくなった。反対にB&Nは、インタビューをサイト内の別の場所に独立させている。このため、せっかく本を見つけても、その著者のインタビューがあるかどうかはわからない。このリンクの違いを見れば、現実の上を行く発想の有効性がご理解いただけるだろう。物理的書店では、全書籍にステッカーを貼って、販売カウンターに置いてあるインタビューのことを知せるとなると、相当の手間がかかる。コンピュータ上なら、データベースにもうひとつフィールドを設けるだけでリンクが張れる。データベースを更新した瞬間、それ以降、その本に興味を持った全ユーザに対して、著者インタビューへのリンクが提示されるようになる。

インターネットビジネスにはインターネット思考を

このコラムでAmazon.comの話を取り上げるのは気が引ける。というのも、私は以前に、ウェブの分析をするにあたって、Amazon.comのような例外的な実例を用いる危険性について警告したことがあるからだ。残念ながら、今なお、ウェブ上でのビジネスのやり方を理解している企業は数少い。Amazonはそのひとつなので、実例の宝庫となるわけだ。他のサイトには、それぞれAmazonとは違うところがあるはずで、彼らのやり方をそっくり真似してもめったにうまくいかないだろう。発想のヒントとして見るべきだ。

ほとんどの企業は、ウェブビジネスがわかっていない。ウェブデザインや、ウェブ戦略に関わる者はすべて、個人的な用件もできるだけウェブ上で済ますべきである。こうして「ウェブライフスタイル」を体感するのだ。この哲学に従って、最近私は、有名おもちゃ店のウェブサイトで、甥へのプレゼントを購入した。注文を済ませると、確認の電子メールが届いた。おもちゃの名前とその価格がリストにしてある。ここまではいい。そのメールの続きには、こうあった。「在庫があれば約1週間以内にお届けします。在庫がない場合は、3~4週間かかります」この連中は、発注処理と在庫管理を連動させるなんて聞いたこともなかったのだろうか?顧客に対してIF-THEN-ELSE構文なんか送ってはいけない。そんなのが得意なのはコンピュータだけだ。

物理的な世界で、販売員が顧客に対して「注文品の発送がいつになるかわかりません」と言うことはあるかもしれない。だが、ウェブは現実の上を行くべきだ。在庫の有無と発送スケジュールをバックグラウンドで調べ、発送日がわかってから確認メールを出せばよい。数時間ではっきりしない場合は予備確認を出しておき、わかり次第、後ほどもっと正確な情報を送るのだ。ここでも、現実世界の上を行くことができる。ある条件に該当する場合、追加のメッセージを送信するなどということは、インターネット上なら、事実上タダでできることだ。また、メッセージは郵便で運ばれるわけではないから、顧客の必要な時に届けられる。

現実の上を行く方法

  • リニア思考を捨てよ: ユーザの主導権を奪い、無理やり一連の時間の流れに乗せてしまうことは避けよう。
  • サービスをカスタマイズせよ: コンピュータなら、人によって違った対応ができる
  • 非同期でいこう: 注文の処理状況を確認するためのカスタマイズされたリンクがあれば、顧客は何時間経ってからでも「会話」の続きに入っていける。流れをもう一度やり直す時間はまったく必要ない。
  • 匿名性を尊重せよ: 自分は誰かを名乗らなくてもいいのなら、何かをやってくれる確率も高くなる。
  • リンクは自由に: リンクはウェブの基礎であり、これによって何でも自分自身のサービスの延長として取り入れることができる。
  • 検索多彩な表示ができるように: 人によって好みはそれぞれだ。ウェブ上では、ひとつのやり方に限定する必要はない。
  • 小さく安価に: コンピュータの効率をもってすれば、今までにない小さな単位での取扱いも可能になる。
  • 無料にせよ: 無料サンプルを配布するのも、ウェブならほとんどコストがかからない。書籍出版社も無料で一部を公開できるし、コンサルタントはよくある質問に対する無料アドバイスを提供できる(もちろん、完全な製品やサービスには課金する)。
  • 地理は無視せよ: 自宅、オフィス、クルマ、出張か休暇か、世界中のどこにいるかに関わらず、あらゆるユーザがサイトにアクセスできるようサポートしよう。

1998年3月8日