ジャーニー中心のデザインから得た教訓:
文化の変革からプロセスのガバナンスまで

実際の企業がジャーニー中心のデザインを採用する過程で得た知見を共有することで、他社は同じような失敗を避けられるようになる。

複数の企業のチームメンバーがNN/gと協力して、各社におけるジャーニー中心のカスタマーエクスペリエンスの取り組みについて詳細な情報を提供してくれた。この記事では、これらのチームがジャーニーマネジメントの運用を確立し、成熟させていく中で得た教訓の一部を紹介する。

ジャーニー中心のデザインとジャーニーマネジメント

ジャーニー中心のデザインとは、ビジネスおよびデザインの運用をカスタマージャーニーを中心に据えて行うという考え方およびフレームワークのことである。

ジャーニーマネジメントとは、ジャーニー中心のデザイン運用を採用し、継続的な調査・測定・最適化を通じてジャーニーのエクスペリエンスを管理し、カスタマーエクスペリエンスを改善してビジネス目標の達成を図ることである。

企業内では、ジャーニーマネジメントの実践は時間をかけて徐々に確立されていく。プロセス・焦点・柔軟性、そして、文化の変革を要する各段階を経て、実現するものだからだ。

この調査に参加した企業

我々のレポート『Architecting a Journey Management Practice: How Leading Organizations Transformed Design Operations to Maximize Business Value』において、我々はジャーニーマネジメントを実践している4つの企業を対象に調査を実施した。

企業業種従業員数(概数)
Jumbo Supermarketsオランダ第2位の規模のスーパーマーケットチェーン100,000人
PostNL郵便・荷物・EC関連の配送を行う企業35,000人
匿名の金融サービス企業保険および投資ソリューションを専門とするグローバルな投資運用機関58,000人
匿名の銀行リテールおよび法人向け金融サービスや資産運用サービスを提供する中規模の銀行約5,000人

これらの企業のチームは、企業変革の働きかけに成功し、その変革を進める中で得た細かな気づきからも学んでいた。

企業の変革には考え方の変革が必要

ほとんどの企業は、プロダクト中心の考え方(マインドセット)に基づいてエクスペリエンスデザインに取り組んでいる。それに対し、ジャーニー中心のデザインでは、チームはカスタマージャーニーを軸に据え、部門横断的な視点で考えて活動をすることが求められる。つまり、そこでは顧客が抱える問題の解決への取り組み方を変えることに対して柔軟でなければならない。こうした考え方の変革には、態度の変革が必要であり、また考え方の変革が態度の変革を促すきっかけにもなる。

プロダクト中心のデザインジャーニー中心のデザイン
考え方と焦点プロダクト内の機能と顧客のニーズジャーニー上のタッチポイントにおける顧客のニーズ・目的・体験
目標プロダクトを改善して顧客とのやり取りを促進し、収益を高める顧客と企業双方の成果を向上させ、シームレスで一貫性のあるカスタマーエクスペリエンスを創出する
コラボレーションのスタイルプロダクトチームと事業部門が縦割り組織の中で個別に作業部門横断的なジャーニーチームが部門を越えて連携

トップダウンの指示だけでは不十分

変革に向けた指示が経営陣や上層部から出されたとしても、企業全体にわたり、組織図の上下を問わず賛同を得られなければ、変革を実現することはできない。CEOのビジョンがどれほど強力であっても、移行の過程では、企業内で何らかの懸念が生じることは避けられないからだ。

変革にともなって生じる課題のひとつが、必要な文化的な変化を促し、新たな働き方の導入を支援するために、意図的な変革マネジメントが必要になることだ。成功している企業は、変革マネジメントを業務そのものと同じくらい重要視している。

業務を変える前に考え方を変える

ジャーニー中心のデザインを業務に組み込むには、カスタマーエクスペリエンスを中心に据えた企業文化を築く必要があるが、それは一歩ずつ段階的に進めていくしかない。

ジャーニー中心のデザインを採用することの利点と、採用しないことによる損失について、事業部門・デザインの各領域・プロダクトチーム間で共通の理解を確立することが重要である。

日々の業務に最も影響を受けるスタッフを支援するために、変革マネジメントの取り組みは積極的に行うべきである。成果が出る前に社内の賛同を得られるよう、全体教育と個別指導を提供しよう。共通理解を築くには、時間やトレーニング、社会化(社内への浸透)が必要になることもあるからだ。

トレーニング

関係者に対して、新しいプロセスに必要な考え方や、目標の達成のための各自の役割を理解してもらうことで、移行を円滑に進めよう。実際に効果が見られた取り組みには、以下のようなものがある:

  • 情報提供を目的とした巡回型説明会
  • 外部講師の招へい
  • 正式なトレーニング
  • リソースライブラリー

リソースライブラリーは、従業員が自分の都合の良い時間に学習できるようにすることで、移行の過程を支援するのに有用だった。これらのライブラリーには、社内で作成した戦略・ビジョンに関する資料・運用プレイブック・教育用の記事・レポート・ケーススタディなどの外部リソースが含まれていた。(訳注:プレイブックとは、業務の手順やノウハウなどをまとめた資料)

ある企業では、デザイナーがデザインの取り組みをビジネス上の成果につなげることを学ぶためのワーキンググループを設置した。このチームが提供したトレーニングは、プロジェクトの範囲決定段階から納品段階に至るまで、その企業で設定されている業務プロセスに沿って実施されていた。

時間

変革というものは一夜にして起こるものではない。このプロセスにどれくらいの時間がかかるのか、またそれを実現するために何が必要かについては、誤解されていることが多い。

従業員がジャーニー中心のデザインを日常業務の一部として採用できるようになるには、さまざまな情報源から情報を得て、自分のペースで慣れていく必要がある場合もあるということを理解しておこう。

焦らないことだ。まずは小規模なパイロット的取り組みから始め、プロセス改善を含む数回のサイクルを経てから、規模を拡大していこう。我々がインタビューした企業では、新しいモデルを理解し、考え方を切り替えるための時間がチームに与えられていた。この猶予期間により、従業員は整備されたリソースライブラリーを活用して自学自習し、同僚と変革について話し合い、変革していくという考え方に慣れ、このやり方に対して自分なりの当事者意識を育むことができていた。チームにジャーニー中心の取り組みへの参加を求める前に、数か月の移行期間を設けていたケースもあった。

社会化(社内への浸透)

ジャーニーデザインの成功事例を紹介し、その成果がジャーニー中心の考え方とそれを支える運用によってどのようにもたらされたのかを説明しよう。

我々が話を聞いたあるチームでは、文化の変革を推進するために、デザイナーやリサーチャーがエクスペリエンスデザイン部門や他部門のパートナーと自らの成功事例を共有できるよう、さまざまな取り組みを立ち上げていた。その取り組みとは、以下のようなものである:

  • 使いやすいケーススタディ用テンプレート。テンプレートが作成され、公開されており、従業員は既存のケーススタディを閲覧したり、自身の取り組みをケーススタディとしてまとめたりすることができた。
  • 成果を紹介し、対話を広げるためのフォーラム。成功事例を称え、ベストプラクティスを共有する目的で、「デザイン月間」というイベントが開催され、アクティビティや講演、ケーススタディのプレゼンテーションが行われた。
  • 新進リーダープログラム。その企業では、新進のエクスペリエンスデザインリーダー向けにトレーニングプログラムを設けており、その中には、ケーススタディの書き方や、ジャーニー中心のエクスペリエンスデザイン戦略の啓発方法に関するモジュールが含まれていた。

教育や文化の変革に効果的なケーススタディでは、新しい戦略とコラボレーションプロセスが成果にどのように寄与したかを示す必要がある。

優れたケーススタディのテンプレートには、以下の要素を含めるべきである:

  1. 元のジャーニーエクスペリエンスの概要と、デザインに反映された知見
  2. 問題定義を含む、ジャーニーに関する戦略
  3. 部門横断的なジャーニーチームが、より優れたエクスペリエンスをデザインするためにどのように協力したか(各役割のプロセスへの関与・マイルストーン・進行ペース・セレモニーなど)
  4. この取り組みの成果(パフォーマンス指標の改善や定性的なフィードバックから得られたテーマなど)

自律性と統制のバランスを取る

ガバナンスを確立する

プロセス手法を明文化することが重要だ。ジャーニーマネジメントのプレイブックは、ジャーニーチームの時間を節約し、ガバナンスの確立に役立つ重要なリソースである。

我々が調査した4つの企業すべてが、このようなプレイブックを作成していた。こうしたプレイブックは、ジャーニーマネジメントの基本的な進め方を共有するのに有用である。

手法およびプレイブック専任の担当者をチームメンバーの中から任命し、その維持管理と改善に取り組んでもらおう。この役割には、社内でベストプラクティスを検討するようにすること、ジャーニーの改善に積極的に取り組んでいるチームによる改善内容をプレイブックに確実に反映させることが含まれる。

試行錯誤を支援する

ジャーニー中心のデザインを成熟させるには、企業に適した業務慣行を見つけるため、ある程度の試行錯誤が必要である。プログラムが成長し変化するにつれて、初期の業務プロセスには調整が求められる可能性が高いためである。

つまり、運用中のプロセスは、変化が生じたときにそれに対応できるものでなければならない。最初の試みで「正しく」できる人などいない。理論は現実とすり合わせる必要があり、そのときには、変化を受け入れるための組織の寛容さが必要になるからだ。

たとえば、ある企業では、初期のパイロット作業で効果があったプロセスを文書化したプレイブックを作成していた。しかし、さらに多くのジャーニーチームを参加させはじめたところ、そのプレイブックに記載されたチーム構成やプロセスでは、物流に関わる複雑なジャーニーをサポートできないことが明らかになった。このようなジャーニーに対応するには、ジャーニーチームに物流部門のメンバーを加えるとともに、物流の評価・テスト・検証を実施できるよう、デザインプロセスを調整する必要があったのである。

こうしたことから、ジャーニーマネジメントの実践を統括する人またはチームは、ジャーニーチームの参加も監督し、各チームの固有のニーズについて相談に応じ、状況に応じた調整を認める必要がある。

話を聞いた企業のうちの2社では、ジャーニー運用専任のチームを設置していた。このチームは、新たなジャーニーチームの参加支援・そのニーズの文書化・既存のプロセスの調整に重点的に取り組んでいた。ジャーニー運用チームの目的は、ジャーニーマネージャーの日々の業務における障害を取り除き、より良いエクスペリエンスの提供を担うジャーニーマネジメントチームのための道筋を整えることにある。

ジャーニー運用チームの責任範囲は、以下の通りである:

  • プロセス全体に対するガバナンスの確立
  • ジャーニーマップおよびブループリントのカタログを含む、ジャーニーライブラリーの管理(訳注:ブループリントとは、人・小道具・プロセスなどの要素間の関係を視覚化した図のこと)
  • 成果物の一貫性の維持
  • ツールやリソースの選定と維持管理
  • 効率化の推進
  • ジャーニー選定の基準の策定
  • ジャーニーの成功の、指標と測定基準の策定
  • 測定および報告の実施

競い合わずに協力し合う

ジャーニーマネジメントに信条があるとすれば、それは「競い合わずに協力し合う」である。

孤立して作業することを避ける

部門横断的なジャーニーチームで協働するということは、他の業務領域からリソースを借りることを意味する。これは利点である一方で、チーム間でリソースの奪い合いが生じる可能性があるという課題でもある。

カスタマージャーニーは、企業の縦割り構造やデジタルプロダクトをまたいで展開されるため、該当する部門やプロダクトのステークホルダーは、ジャーニー中心のデザイン計画の立案および支援に積極的に関与する必要がある。

これらのステークホルダー間で主体的かつ継続的なコミュニケーションを図ることで、リソースの奪い合いを緩和することができる。

取り組みをビジネス目標に結びつける

ジャーニー中心のデザインは、ユーザー中心のデザイン担当者と、カスタマージャーニーの提供を支える業務担当のステークホルダーとを結びつける。

そのため、デザイン部門と事業部門のリーダー間の溝を埋めるには、効果的なコミュニケーションが不可欠だ。ビジネス成果に基づいて機会を見出し、デザイン上の判断をビジネスの観点から明確に説明することで、連携と支援が促され、企業はジャーニー中心のデザインを、イノベーションと成長のための戦略的ツールとして活用できる。以下では、そのような取り組みを実際に行ったジャーニーチームのケーススタディを示す。

ケーススタディ:投資ジャーニーの再設計によりツールの採用率が2倍になり、離脱率が低下

我々の調査に参加した金融機関では、投資アドバイザーとの協働プロセスにおけるエクスペリエンスを改善するためにジャーニーチームを設置していた。投資アドバイザーは外部企業に所属しており、投資商品を特定し、商品を推奨し、顧客がこれらの商品に投資するのを支援するために、この金融機関が提供するツールを利用していた。

しかし、アドバイザーのツール採用は散々で、アドバイザーが開始した商品申し込みの離脱率は高かった。

ジャーニーチームが調査したところ、投資家がしばしば戸惑い、自分に関係する重要な情報を見つけるのに苦労していることがわかった。さらに、アドバイザー向けのデジタルソリューションやプロセス自体も不十分であり、それがツールの採用やタスクの完了、そして、最終的には売上にも悪影響を及ぼしていた。

ジャーニーチームは、これらの調査結果を文書化するためにジャーニーマップを作成した。チームメンバーは、未完了の申し込みによって得られなかった潜在的利益を定量化し、それをジャーニーマップ上で強調することで、推奨されるデザインの改善点をビジネス目標に結びつけた。また、アドバイザーのジャーニーと、顧客対応に用いられるツールを改善することで得られる売上と収益の増加も試算した。

この取り組みの結果、申し込みの離脱率は12%減少し、ツールの採用は2倍になった。

ビジネス主導の優先順位を設定し、競争を緩和する

ほとんどの企業は、縦割りの組織構造の中でプロダクト中心のデザインを実践しており、優先順位づけのプロセスでは、各部門やプロダクトチームがそれぞれ固有の優先事項や予算を持っていることから、競争が生じることが多い。

企業は、ビジネス目標に基づく優先順位づけの方法を策定し、ジャーニーチームとプロダクトチームに共通する優先事項を定義する必要がある。つまり、プロダクトチームが担う作業には、プロダクト中心の取り組みとジャーニー中心の取り組みの両方が含まれ、それらは包括的な戦略とビジネスの優先順位に基づいて順位づけられるということだ。このようなアプローチを取ることで、共通の目標に向けた連携と協力が促されることになる。

現在のニーズと将来的な目標とのバランスを取る

大きな構想を描きつつ、現時点で実現可能なものを構築する

ジャーニーマネジメントプロセスでは、ジャーニーの現在の状態を最適化すると同時に、将来の状態を注意深く見守らなければならない。現在の取り組みと長期的な目標の両方に注力しつづけるには、大きな構想を描きながら、既存の制約の範囲内で運用していくという、繊細なバランス感覚が求められる。

ジャーニーのごく一部を改善することであっても、重要なマイルストーンになりうる。しかし、その時々でどの程度の規模で取り組むかを判断するには、将来を見据えて現状の立ち位置を継続的に見直すことが求められる。

そのバランスを実現する1つの方法は、理想的な状態のジャーニーマップを作成し、それを基準点として保持することだ。ジャーニーチームは、理想的な状態の実現に向けて取り組みながら、新たな知見を常に考慮し、長期的な戦略を継続的に見直していく必要がある。

短期的な計画は明確に、長期的なロードマップは柔軟なものにしよう

我々がインタビューした各チームによると、ジャーニーデザインのロードマップは非常に柔軟であり、四半期ごとに「固定」されているわけではない。

彼らの計画の目的は、作業の開始約1か月前に、翌四半期に予定されている作業の全体像をステークホルダーやチームメンバーに明確かつ確実に示すことである。また、こうした計画によって、ジャーニーチームとプロダクトチーム間のコミュニケーションが促進され、両チームが互いの優先度とロードマップを突き合わせることで、プロダクト間で不整合や新たな依存関係を生じさせずに統合的なソリューションを構築できる。

計画では、次の四半期以降の作業見通しも含めるが、時期が先になるほど、作業の焦点が変わる可能性があるため確度は下がる。そのため、翌四半期以降のロードマップについては中程度の確度にとどめ、6か月を超える先については柔軟に変更可能な仮置きレベルの項目だけが記されることもある。

リーダーたちが今後数か月の間に新たな優先事項を見出し、大まかに計画していた作業を後回しにすることもある。このような柔軟な計画運用を機能させるには、統一されたデザイン戦略に向けて取り組むデザインリーダーが効果的なコミュニケーションを通じて運用を適切に管理することが不可欠である。

「完了」という状態はない

最高水準の顧客中心の企業でありつづけるための取り組みに終わりはない。テクノロジーは進化しつづけ、顧客の期待も高まりつづけているからだ。つまり、企業はCX運用を継続的に見直し、課題を乗り越え、まだ確立されていない、あるいは発展途上にある領域においてもベストプラクティスを再現しなければならない。この進化を実現するには、試行と反復、一貫性、忍耐という3つの柱に注力する必要がある。

ジャーニーマネジメントの成熟に至るまでの決まった道筋は存在しない。ジャーニー中心の運用体制を確立することは、全体像の一部に過ぎない。特に組織が大規模で複雑な場合には、この取り組みを全社に拡大し、実現するためには、さらに多くの取り組みが求められる。

変革は、たとえ経営陣の幅広い支援があっても、企業全体に一様に起こるものではない。ほとんどの企業では、成功は一部の領域にとどまる。特定の事業部門や地域部門が変革を先導する一方、他の部門は後れを取ることもある。つまり、組織の規模にかかわらず、カスタマーエクスペリエンスのために、試行を重ね、専門性を育てていく姿勢が求められるのだ。

得られた教訓は失敗ではなく、改善の機会だといえる。最も成功しているチームは、将来の取り組みを計画するときと同じ厳密さで、過去の取り組みを振り返っているのである。

さらに詳しくは

我々のレポート『Architecting a Journey Management Practice』は、ジャーニー中心のデザイン実践を確立するための指針となるガイドである。このレポートには、運用モデルや戦略フレームワークに加え、実際の企業がそれを達成するためにデザインの運用方法を見直した方法を説明する2つの詳細なケーススタディが含まれている。