ジャーニーマップ作成の実際:
UX実践者への調査
UX実践者はジャーニーマップの作成方法の標準化に苦労しているが、ジャーニーマップを作るという活動自体が共有ビジョンを作り出すのに不可欠であると考えている。しかし、発見した内容を伝えるのに、知見が極めて重要であるにもかかわらず、それがジャーニーマップに入っていることはまれである。
カスタマージャーニーマップとは、ユーザーが企業とインタラクションする際のニーズや問題点を理解するためのビジュアルのことである。通常、そこには、カスタマージャーニーをマップ化する際の焦点を当てる対象やコンテキストを提供する「レンズ」と呼ばれる部分、ユーザーのエクスペリエンスを描写するエリア、そして、そのカスタマージャーニーの分析から得られた知見のための第三ゾーン、という3つのゾーンがある。カスタマージャーニーマップは企業内のコミュニケーションツールとして有効であり、これによってチームは正しい結果に向かって労力を集中できるようになる。
調査概要と覚えておくべき重要なポイント
「顧客ニーズを理解するためのカスタマージャーニーマップ作成」というセミナーの準備として、48人のユーザーエクスペリエンスの専門家にアンケートをして、企業がどのようにカスタマージャーニーマップ作成を活用しているかを調査した。
参加者には以下のような質問をした:
- カスタマージャーニーマップにどんな要素を通常、入れているか。
- カスタマージャーニーマップを利用していて、もっとも不満を感じる、あるいは役に立たないと思う部分は何か。
- カスタマージャーニーマップを利用していて、もっとも役に立つと思う成果やアウトプット、メリットは何か。
- カスタマージャーニーマップの作成が失敗するのはどんな場合か。
- カスタマージャーニーマップの作成が成功するのはどんな場合か。
今回の回答から得られたもっとも興味深い意見は、カスタマージャーニーマップを簡素化して、知見のエリア(カスタマージャーニーマップ内の、取り組むべき状況や社内の担当、指標が入っているエリア。下の図を参照)を省略すると、企業内でのカスタマージャーニーマップの有効性に深刻な影響が出る、というものである。回答者の大部分は実はこのエリアを省略していた。しかし、彼らは経営陣から賛同してもらえなかったり、フォローアップがあまり得られずに苦労してもいた。
また、カスタマージャーニーマップ作成のメリットと課題、双方のテーマも浮かび上がってきた。カスタマージャーニーマップ作成のメリットとして、共通のビジョンの作成がもっとも多く挙げられていた。一方、課題としてもっとも多く挙げられていたのは、カスタマージャーニーマップの作成に入る前にプロセスや範囲を明確に理解しておくことだった。
Q1:カスタマージャーニーマップにどんな要素を通常、入れているか
この質問への回答で明らかになったのは、ほとんどのUX実践者が、カスタマージャーニーマップに、“ゾーンA:レンズ”と“ゾーンB:エクスペリエンス”の要素を入れていることである。ペルソナとシナリオは参加者の作るカスタマージャーニーマップのほぼ8割で採用されていた。また、回答者によると、ユーザーの行動や思考、感情がマップに入っているのも普通である。しかしながら、データからは、ほとんどの専門家が“ゾーンC:知見”の要素をマップには入れないということも示されている。
カスタマージャーニーマップを、物語を視覚化したものから、変更を実施したり、エクスペリエンスを最適化するためのアクションプランに移行させるためには、知見が極めて重要だ。取り組むべき状況が特定されていないと、カスタマージャーニーマップから行動を起こすことができないし、担当者が明記されていないと、変更の責任が誰にあるかが説明されていないことになるからだ。また、指標が入っていないと、実施される変更で実際にエクスペリエンスが改善されるのかを企業がどうやって測定するのかを知るすべがないといえよう。
Q2:カスタマージャーニーマップ作成の不満な点は何か
この質問に対する回答者の答えから、不満な点について、大きく3つのカテゴリーが浮かび上がってきた。回答者の半分以上(52%)はカスタマージャーニーマップのプロセスや範囲の妥当性に関して不満を感じていた。また、現実を反映したマップを作成すること、経営陣からの賛同を得ることもイライラする点であるとされていることが多かった。
- 範囲とプロセスの理解(52%)
カスタマージャーニーマップ作成に関してもっとも不満を感じることとして参加者が報告していたのは、プロセスや範囲が一貫していなかったり、あいまいなことである。範囲を定義するための制約条件の適切な設定だけでなく、マップの作成手法やプロセスの標準化も難しい、と彼らは感じていた。ある参加者は次のように述べていた。「(プロセスが)あいまいだと、カスタマージャーニーマップが間違った課題に答えるものになりかねません」。
- 現実の世界を反映するデータを入手すること(15%)
データを収集して、ユーザーのゴールやニーズを単に表面的に捉えたものではなく、ユーザーの現実を実際に反映したマップにするというプロセスに回答者は苦労していた。さらに、利害関係者の思い込みがマップ上の「データ」ポイントに変わってしまわないようにすることが課題であると考えていた。
- 周囲から賛同を得ること(15%)
カスタマージャーニーマップの作成プロセスに利害関係者をコミットさせるのは容易ではない、と参加者は答えていた。カスタマージャーニーマップの作成には、領域や部門の違いを超えて、一緒に作業することが特に求められるからである。
Q3:カスタマージャーニーマップ作成のメリットは何か
回答者の答えは主に5つのエリアに集まっていたが、中でも、カスタマージャーニーマップを作成する活動が個人や部門を超えた共通のゴールやビジョンを作り出す、という考えに回答者の答えの約3分の1が集中していた。
- 共通のゴールとビジョンを作成する(32%)
回答の32%で、カスタマージャーニーマップを作成する活動によって、共通のビジョンやゴールを中心にして利害関係者が連携できるようになると思っている、と参加者は報告していた。ある参加者は次のように言っていた。「最大のメリットは、部門間のコンセンサスが高まり、ユーザーのニーズを満たす(そして、満足させる)方法についてのビジョンを共有できるようになることです」。
- 隠れていた真実を明らかにできる(24%)
驚くことではないが、カスタマージャーニーマップを作成する活動によって、未知の隠れていた真実や知見が明らかになることもよくある、と参加者は主張していた。カスタマージャーニーマップによって、「誰も考えていなかった状況が明らかになることはよくあります」とある参加者は言っていた。「やりとりが発見できます…我々が過去、考えたことがなかったようなものがです」と述べていた参加者もいた。
- 共同作業を促進する(18%)
他のチームや周りの人たちと共同で作成するときに、カスタマージャーニーマップのおかげで、利害関係者が同じ立場で考えられるようになり、グループ間の共同作業がやりやすくなる、と参加者は高く評価していた。チームで団結して、特定の顧客に集中するだけで、隠喩的な意味での(あるいは実際の)部門間の壁を乗り越えやすくなるということだ。
- 顧客に集中できるようになる(18%)
回答の中には、カスタマージャーニーマップによって、チームが顧客に集中できるようになり、彼らのニーズに合ったデザインをしやすくなる、ということを示唆するものもあった。カスタマージャーニーマップによって、「ユーザーがどのように感じ、何をもっとも必要としているかをチームが理解しやすくなります」と、ある参加者は述べていた。
- 個人的つながりを築く(12%)
テーマとして浮かび上がってきたメリットのうちの目立ちにくいものの1つに、カスタマージャーニーマップ作成によって、一人一人が毎日の仕事の影響を確認できるようになる、というものがある。何人かの参加者は、カスタマージャーニーを視覚化するだけで、社内の人間がそのカスタマージャーニーと個人的に関われるようになると感じていた。というのも、自分たちがどう取り組めば、大きな意味でのカスタマーエクスペリエンス内に良い点、悪い点が生まれるのか、ということを彼らは理解することができたからである。
Q4:カスタマージャーニーマップの作成が失敗するのはどんな場合か
今回の専門家調査から得られるもっとも重要な知見は、「カスタマージャーニーマップの作成が失敗するのはどんな場合か」という質問への回答ではないだろうか。回答者は、カスタマージャーニーマップづくりに取り組んだのに成果が出なかったときのストーリーを書いてくれたのだが、マップが共有されなかったことや、合意が生まれなかったこと、マップが現実にもとづいていなかったこと、前もって定義された焦点がなかったこと、がその理由とされていた。浮かび上がってきた失敗の主なシナリオは以下の4つである:
- 焦点が絞れていない場合(36%)
カスタマージャーニーマップがもっとも失敗しやすいのは、目的が前もって明確に定義されていない場合とされた。こうした制約条件の定義がないと、カスタマージャーニーマップが一般的かつ散漫になりすぎてしまう、と参加者は言っていた。
- 現実にもとづいていない場合(25%)
先述したように、現実を反映するマップを作るのに必要となるデータの入手に専門家たちは苦労していることが多い。予想や思い込みによって作られていて、ユーザー調査による検証がされていないマップは関心を引き寄せられない、ということが回答では強調されていた。
- シェアされなかったり、活用されない場合(21%)
成功するカスタマージャーニーマップを生み出せるかどうかは、発見した内容が社内に広まるかどうかが鍵となる。知見がうまく伝わらなければ、そのアウトプットは「使う人のいない、単なるきれいなマップ」になってしまう、というのが、ある参加者の言葉である。
- 信頼や賛同がない場合(11%)
さらに少数の回答者からは、カスタマージャーニーマップ作成の意図は顧客エクスペリエンスにある弱点を明らかにして取り除くことなので、クライアントやチームメンバーの中にはそうした弱点が露呈するのを恐れている人がいる、という指摘があった。また、参加者の中には、カスタマージャーニーマップの作成とは、会社全体からサポートされるべき活動であり、この取り組みを率いるチームだけでサポートするものではない、と感じている人もいた。
Q5:カスタマージャーニーマップの作成が成功するのはどんな場合か
想像がつくと思うが、この質問に対する参加者の回答は、前の質問、「カスタマージャーニーマップの作成が失敗するのはどんな場合か」の回答のほぼ反対となっている。たとえば、マップは明確なゴールやシナリオを焦点にするだけではなく、共同作業によって作られ、作成後はメンバー以外の人ともシェアされなければならない、と参加者は言っていた。
また、カスタマージャーニーマップはその後の行動につながっていく必要があるが、さらに重要なのは、測定可能な成果をあげることである、ということを強調する専門家もいた。こうした結果は、取り組むべき状況や社内の担当、指標といった知見がカスタマージャーニーマップからよく外されている、という今回の調査結果の意味をますます重大なものにするものだ。浮かび上がってきた成功の主なシナリオは以下の4つである:
- 共同作業で作られ、シェアされる場合(37%)
ほぼ4割の参加者が、カスタマージャーニーマップはチームで作られ、継続的にシェアされ、たくさんのメンバーで進められることで成功につながる、と強く感じていた。ある回答者は次のように述べている: カスタマージャーニーマップがうまくいくのは、「組織の上から下まで、そして、製品開発から販売、マーケティングまで、その全員が貢献していて、参加していると感じる場合」である。周りを巻き込むことで、合意が生まれやすくなり、発見した内容が多くの人に知られて、理解してもらえるようになるからだ。
- 次の行動に繋がる場合(27%)
重要なポイントがこの質問に対する約3分の1の回答によって指摘された。それは、カスタマージャーニーマップは実際にデザイン決定のための情報として利用されなければ、成功とはいえない、というものだ。マップが提供する知見にもとづいて、何らかの行動が起こされた場合にのみ、マップは本当に有益なツールとなる、と言っていた参加者が何人もいた。
- 焦点が絞られている場合(13%)
浮上してきたテーマとしてはより小さいものだが、カスタマージャーニーマップは焦点がないとうまくいかない。目的やゴールは明確に定義する必要があり、マップが複雑になりすぎないように、1つの重要なシナリオに集中するのが一番である、と参加者は考えていた。
- 成果をあげられる場合(13%)
一部の参加者の意見ではあるが、最後のシナリオは、カスタマージャーニーマップの成果は測定可能であるべきで、顧客のエクスペリエンスを改善し、その結果、ROIによって実証されるものでなければならない、というものだ。この調査結果はほとんどのマップに指標や取り組むべき状況が入っていない、ということの意味をますます重大なものにする。
結論
次の行動につながり、成果をあげることがカスタマージャーニーマップに強く求められている以上、取り組むべき状況や社内の担当、指標のような知見をカスタマージャーニーマップに含めることが不可欠だ。それにもかかわらず、こうした要素がマップから省略されていることは驚くほど多いのである。
変化を促し、製品の成果につながりやすいマップを作成するために、あなた方のマップは以下の条件を確実に満たすようにするといいだろう:
- 焦点が絞られている。カスタマージャーニーマップ作成プロセスの開始前に、自分たちのビジネスゴールをまとめて、文書化しよう。そして、カスタマージャーニーマップの制約条件を設定するために、シナリオと出演者を絞り込み、明確に定義しよう。
- チームで活動しよう。カスタマージャーニーマップの実際の作成活動に利害関係者を引き入れることで、プロセスの初期から合意を生み出せるようになるし、多様な視点を知識リソースとしてしっかり活用できるようにもなる。カスタマージャーニーマップ作成後もチームでの活動はやめてはならない。カスタマージャーニーマップをチーム外の人とシェアし、以前から活動に参加している利害関係者を活用して、物語を売り込んでもらって、ビジョンについてのコンセンサスをさらに広げていこう。
- 事実ベースである。カスタマージャーニーマップはデータをもとにしよう。カスタマージャーニーマップにある物語は必ずしも1つ1つデータポイントにマッピングできるわけではないが、そのデータがどこから来ていて、このストーリーがどうやって作られたのかを、いつでも説明できるようにしておくべきである。
焦点が絞られていて、チーム活動によって作られ、事実をあらわしているカスタマージャーニーマップは、次の行動につながり、成果をあげることができるものになるだろう。
有効なカスタマージャーニーマップ作成について、さらに詳しくは、我々のトレーニングコース「顧客ニーズを理解するためのカスタマージャーニーマップ作成」にて。