エンジニアからUXデザイナーへ、「デザインスプリント」で開けたUXデザインの成功体験
毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計専門家・スペシャリスト認定者へのインタビュー。2023年は、株式会社サイバーエージェントAI事業本部DX Design室のUXデザイナー、佐竹裕行さんにお話を伺いました。
佐竹さんがエンジニアからUXデザイナーに転身するきっかけとなった、自社事業で「デザインスプリント」に取り組んだプロジェクトを紹介いただきました。
注釈:「デザインスプリント」(The Design Sprint)とは
Google Ventures(元GV)が開発した、アイデアの設計、試作、テストを重ねて事業における重要課題に応える5日間(40時間)のプロセス。https://www.gv.com/sprint/
デザインスプリントによって見えてきた光明
――現在はどのようなお仕事を担当されているのですか?
佐竹:入社して10年ほどになります。元々フロントエンドエンジニアとして働いていましたが、現在はAI事業本部のDX部門でUXデザイナーと名乗っています。
ここは新しい部署で、今まで培った新規サービスの立ち上げのノウハウをクライアント企業向けに提供するDX(デジタルトランスフォーメーション)サービスを担当しています。DXを進める上で、顧客体験を作ることはとても大事なことです。顧客企業の課題をDXで解決することをミッションに、プロダクトマネージャー半分、UXデザイナー半分といった割合で業務を担当しています。
――HCD(人間中心デザイン)を実践した経験を教えてください。
佐竹:当時は、メディア事業部に在籍していており、「Ameba Ownd」というウェブサイトが作成できる新規事業を担当していました。フロントエンドエンジニア兼プロジェクトマネージャーのようなポジションで働いていました。
サービスをリリースしてから約2年が経過したところで、ユーザーの定着率が低下し、アクティブユーザー数も減少していました。さまざまな施策を試みましたが、全部空振りが続いて、チームも縮小している状態でした。どんどんプロダクトの状況が悪くなっていく状態があって…。そこでたまたま、プロジェクトマネージャーが不在な状況があったので、やるしかないと僕がやることになったんです。
そんな時に、ちょうどジェイク・ナップの『SPRINT』の日本語訳が発売されました。著者が来日する機会にイベントに参加し、なんとなくこの手法でやれそうな気がしたんです。まずチームと、われわれはもう何を作っていいか全然分かりませんよね、という認識合わせをしました。それで「デザインスプリント」を手法として取り入れてみて、一回やりましょうと始めたのがきっかけでした。
ユーザーのメンタルモデルとのギャップを発見できた
――やってみてどうでしたか?
佐竹:最初は、何が正しいか分からない状態であるため、本に書かれている通りに愚直に進めました。メンバーの時間も取られるし、実際に実装するべきではないか?という意見もありましたが、初回のスプリントのユーザーテストを終えたとき、メンバーの中で気づきがありました。やみくもに進めるのではなく、プロトタイプを作ってテストすることで、すぐに分かることがあることに気づいたんです。
「Ameba Ownd」は、ウェブサイトの作成サービスです。ブログ記事も一緒に、サイトのデザインと同じインターフェースで作成できるコンセプトでしたが、ユーザーにとってこの概念が難しかったことが分かりました。ウェブサイトのページとブログ記事の明確なメンタルモデルがないと、違いが説明できないんです。この問題に気づいたことが重要でした。一番の課題だったので、デザインスプリントを何周もして、最終的にうまく使ってもらえるようになりました。
――「デザインスプリント」は具体的にどのような流れで進めるのですか?
佐竹:「デザインスプリント」は5日間で1スプリントという流れになっています。
1日目は、現在の状況を把握するためにカスタマージャーニーマップを作成します。このマップの中には様々な問題点や課題がたくさん出てきます。事業部長や事業の数字に詳しいマーケティング担当者を呼んで、このプロジェクトはどこの数字が課題なのか、他のプロジェクトではどのような取り組みを行っているかといった情報をインプットしてもらいました。
これらの課題の中から、チームで今回取り組む「スプリントクエスチョン」を決定します。ドット投票という方法を使って、メンバーがそれぞれ1票ずつ投じて、最終的に1つに絞ります。最初の段階は、会員登録や、オンボーディングの流れに関する課題や、目に見えるところの課題が多かったです。
2日目は発散フェーズで、他社事例を調査し、アイデアや改善案を考えます。この時、「アイデアスケッチ」という手法を取り入れました。これは、絵の巧さではなく、アイデアの質を絵から読み取れるようにする手法で、ペンの太さや描き方などのルールがあります。アイデアをたくさん出したら、「スプリントクエスチョン」で設定した課題に対して、どのアイデアが最も効果が出るか、リスクとリターンの4象限で整理します。ここでのポイントは、ハイリスク・ハイリターンを選択することです。ローリスク・ハイリターンならばすぐ実装に取り組めば良いし、ローリスク・ローリターンならば、実行しない選択ができます。
3日目にプロトタイプを作成します。共同編集できることも、すごく大事でした。ちょうどSketchやProttといったプロトタイプ作成のツールが出揃ってきたタイミングでもあり、チームで一緒に作ることを重視していました。
4日目と5日目は、ユーザーテストを行い、プロトタイプを試す段階に進みます。弊社は、社員数が多いので、このスケールメリットを活かして、プロダクトに触れたことがない社員をリクルーティングしました。当初は社内ツールで呼びかけていましたが、最終的にはラウンジで休憩している社員に声をかけて、ちょっと話を聞く簡単なインタビューを行う形を取りました。当時は外部にユーザーテストを委託する予算もなかったので、プロジェクトの進行スピードを上げるためにこの方法で実施しました。
5日目に、このまま実装へ進むかブラッシュアップするか、それとも課題設定へ戻るか検討するポイントがあります。毎回振り返りを行い、次にどのステップへ進むかを決定します。
私の解釈では「デザインスプリント」は、さまざまなUXデザインや人間中心設計の手法を圧縮したフレームワークです。いつインタビューするか、どうやってユーザーテストを行うか、1週間のプログラムになっているんです。それから、要所要所でHCDの本を読んだりして、知識がだんだん深まっていきました。最初にデザインスプリントをやって、浅く広く理解して、ポイントを深めていくと点と線がつながっていきました。インタビューやユーザーテストとかもどんどんできるようになって、いろんなものがつながっているというアハ体験がめちゃくちゃありました。
難しい状況でも文脈を補足できれば自然なテストができる
――「デザインスプリント」を何度も繰り返した結果、プロダクトはどうなりましたか?
佐竹:何度もテストを繰り返すことで、プロトタイプが充実してきました。インタビューの方法も工夫しました。はじめは「サイトを作ってみて下さい」と言ってテストを行っていましたが、それだと対象者は「Ameba Ownd」でサイトを作るモチベーションがわからないので、テストの方向性が定まりませんでした。そこで、「あなたの友達が、今度お花屋さんを始めようとしました。このサイトを使いたいと思っていますが、操作方法がわからないので、代わりに作ってみて下さい。」といったシナリオを用意することで、誘導せずに自然に使ってもらえる流れができました。難しい状況でも、コンテキストを作ることでテストができるという引き出しができました。
そうやって半年ぐらい続けていると、サービスの定着率が改善し始めました。こうやって仮説と検証を繰り返していけば、どんどんよくなっていくんだというのが分かって、いろんな指標を改善していきました。これが成功体験になっています。
コロナ禍を経て最近は、リクルーティングやユーザーインタビューもオンラインで済むようになってきました。オンラインで実施するメリットは、リードタイムが短い点です。エッジケースのユーザーもいらっしゃるので、特定の購入行動をするような方にも出会えるようになりました。
――UXデザインに関わるうえで、大切にしていることを教えてください。
佐竹:自分を疑ってかかることを一番大事にしています。完全にユーザーを理解したということは絶対起こらないので、ユーザーになった気持ちにならないようにしています。なれた気持ちになると間違うので。そういうバイアスは絶対かかってしまうので、どうやってそれに打ち勝つか、大事にしてるところです。だからメソッドを使うんです。結構科学的というか、論理的にアプローチをかけないといけないんだというのが、体験設計の命題だと思っています。
必要な実務経験を満たしているか不安でも、チャレンジする意味がある
――「HCD-Net認定 スペシャリスト」を受験していかがでしたか?
佐竹:「人間中心設計専門家」の実務経験は5年とありましたが、私は兼務のことが多かったため、5年経っていないな…と最初は思っていました。認定試験の「受験者説明会」に参加してみたところ、自分でも挑戦できそうだと感じ、専門家の認定にチャレンジしてみました。言語化されていない成果物をどうやって言語化するかが、一番難しかった点でした。
組織的な活動が書けなかったので、最終的には専門家ではなくスペシャリストの認定になりました。その後UXデザイナーも採用して、育成プログラムや社内試験の設計もしたので、次は専門家にチャレンジできると思います。
現在はクライアントワークが主なため、お客様に説明する際、分かりやすい肩書きを持つことがメリットと感じています。プロジェクトの状況把握の際にも、どういうときにどのメソッドを利用すべきかという点も十分に網羅していると思います。
――これから受験される方たちにメッセージをお願いします。
佐竹:プロダクトデザインやIT周辺知識は、繋がっていることが多いです。ものを作るという意味では、エンジニア、デザイナー、ビジネスも実は同じものを見ているため、かなり関連していると思っています。やってみると既に「人間中心設計」に取り組んでいる例も多くありますので、入りやすい方向からチャレンジしてみると良いと思います。
――ありがとうございました!
※文中に記載されている所属・肩書は、取材当時のものです。
人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験
あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか?
人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約2,200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考に関わる資格です。
人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度
- 受験申込
- 2024年11月1日(金)~11月21日(木) 16:59締切
- 主催
- 特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
- 応募要領
- https://www.hcdnet.org/certified/apply/apply.html
人間中心設計推進機構のサイトへ移動します