ユーザーの業務を深く理解することからはじめる「お客さまの視点に立つ」新規プロダクトのデザイン

〜弥生株式会社の新規SaaSプロダクト開発における、人間中心設計のアプローチ〜

毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計専門家・スペシャリスト認定者へのインタビュー。2024年は、弥生株式会社のSaaSプロダクトのデザイナー、権藤友子さんにお話を伺いました。

  • 人間中心設計推進機構 HCD専門資格認定センター
  • 2024年11月12日

弥生株式会社でSaaSプロダクトのデザイナーとして働く、権藤友子さんは、2023年に入社してから、新規プロダクトの立ち上げに携わっています。

チームのプロダクトオーナーやエンジニアと協力しながら、HCD(人間中心設計)の手法を取り入れ、新規プロダクトの設計を進めています。弥生株式会社の「お客さまの視点に立つ」という行動指針に基づき、ユーザーに寄り添うことを重視した設計に取り組んでいるといいます。実際にどのように取り組んでいるか、権藤さんにお話を伺いました。

弥生株式会社のプロダクトデザイナー、長島さん(左)、権藤さん(中央)、飯塚さん(右)

新規プロダクトの、潜在的なユーザーの姿を探っていく

新規プロダクトの構想段階の初期メンバーとして、権藤さんはプロダクトチームに加わりました。

まずはじめに行ったことは、プロダクトオーナーが行っていた、調査結果の読み込みです。業種ごとの市場規模や、オンライン/オフライン利用率などの統計データを参考に、潜在的なユーザー層を推定しました。データが不足する場合は、社内の調査部門の調査結果も参考にしたといいます。

これらの定量的なデータから、プロダクトオーナーと協力し、簡易的なペルソナを作成しました。ここからターゲットの属性を明確に定め、事業者インタビューを計画しました。属性には、対象者の規模、業種、継続年数、業務内容など細かい基準を設定しました。

今回の新規プロダクトは、新しいセグメントのユーザーが対象だったため、リサーチ会社の協力を仰ぎ、想定するユーザーに近い属性を持つ事業者をリクルーティングしました。コストや時間の観点から、10人程度の候補を集めたといいます。

「どういった人に来てほしいか、まず内部で固めておくのが重要です。ど真ん中であろう属性に近い人を狙って、リクルーティングしています。」と権藤さんは条件の重要性について語ります。「新しく使う人と、現在継続して使っている人の使いやすさは少し違います。慣れている人のバイアスがかかったり、慣れているからこその使い方もあります。」と、既存ユーザーと新規ユーザーの特性の違いを意識しています。

弥生株式会社のプロダクトデザイナー、長島さん(左)、権藤さん(中央)、飯塚さん(右)

仮説を持ちつつも、観察は「弟子になったような気持ちで」

事業者インタビューでは、仮説を持ちながらも「弟子になったような気持ちで」現場の実際の業務を紐解いて行きました。調査計画の段階で、必ず明らかにする項目を設定していたといいます。「インタビューの成功には事前準備が重要」だと権藤さんは強調します。

「答えに誘導したいわけではなく、実際にどのように仕事をされているのか、仮説が明らかになる情報に近づけるよう意識して質問しています。実際の業務の背景を知り、足りない情報を補強していくのが目的です。」

インタビューの調査設計は主導したものの、実際のインタビューは他の担当者に任せ、権藤さんは記録と観察に徹しました。「インタビューをリードする専門家の役割を信頼している」と権藤さん。インタビュー中にはチャットツールを活用し、深掘りしたいポイントをリアルタイムにインタビュアーに補完しました。

自身がインタビュアーを担当してしまうと、引き出すことに精一杯になってしまうことに気づいたといいます。それからは、全体を俯瞰し、不足した情報を引き出す質問を補えるよう、このような体制をとっています。

視点に偏りのないように、分析に様々な立場の人々を巻き込む

インタビューで得られた情報は、KA法(調査データを分解・カード化・マップ化する手法)を用いて分析しました。視点に偏りのないように、プロダクトオーナーをはじめ、社内の様々な立場の人々を巻き込みました。気になった点を付箋に書き出し、全体を俯瞰しながら抽象的な共通点を見つけていきます。当初立てた仮説が実際のユーザーの現実に沿うものか、確認していきました。

「複数のインタビューの情報を組み合わせていくと、共通した仕事の流れが自然と浮かんできます。実際に仮説として考えていたユーザーのペインや要求の差も見えてきます。」

ユーザーの仕事の流れを可視化するため、業務フロー図を作成しました。ペルソナとして設定したユーザーが、どういった流れで業務を行うのか、仕事を始めてから終わるまでの一連のタスクのフローをまとめます。このとき、ペルソナが自社内の異なる職種の担当者とどのように業務で関わり、どう影響し合うのかを整理しました。これにより、どのタイミングでユーザーの要求が発生するのかを明らかにしました。

整理された業務フローのイメージ

続いて、プロダクトオーナーと協力しながら、ユーザーの要求を具体的な機能に落とし込み、達成したい内容と開発する機能を俯瞰して確認できるようにしました。社内では「UX(ユーザーエクスペリエンス)マップ」と読んでいます。サービスブループリントをカスタマイズしたような構成の図だそう。

UXマップをもとに、アジャイル開発で扱えるサイズの要求として落とし込んでいきます。この段階で、実現可能性をエンジニアと協議します。合わせて、画面遷移図やユーザーフロー図、ワイヤーフレームを用いて、画面の遷移やレイアウトを設計していきました。「構造、骨格の段階で認識を合わせておくと、そのあとの工程がスムーズです」と権藤さん。このように、チームとしてユーザーとサービスの要求を明確にしながら進めています。

ペルソナのジャーニー

要求に対する設計の妥当性の検証がいちばんの肝

ワイヤーフレームが固まった後にUIデザインを行い、プロトタイプを作成します。このプロトタイプを用いてユーザビリティテストを行い、ユーザーが実際に使用した際の妥当性を検証します。

「要求に対する設計の妥当性を実際に検証し、問題点を発見し改善につなげることがHCDの肝だと思っています」と権藤さんは語ります。

ユーザビリティテストでは、いくら準備をしても「この文言に気付きにくかったかもしれない」「こうすれば迷わせなかったのでは」といった改善点が見つかると権藤さん。全ての検証を外部ユーザーと実施するのは時間の制約があるため、社内のメンバーにシナリオとタスクを伝え疑似ユーザーになってもらって確認することも多いといいます。

プロダクトのイメージ

ユーザビリティテストの対象者は事業者インタビュー同様、想定するユーザー像の属性に基づいてリクルーティングし、より的確なフィードバックが得られるよう注意を払っています。

ユーザビリティテスト実施時には、対象者の業務の流れなどを事前にヒアリングすることで、文脈の理解が深まるようにしています。「お客さまの目線をできるだけ身に付けるためです」と権藤さん。インタビュー結果はチームへ共有し、メンバーがユーザーの困難さや要望を理解できるようにしています。

テストで発見された課題点は、機能性や信頼性を満たすことを重視し、優先順位を決定しました。他職種のメンバーと共に、客観的な視点で課題解決に取り組んでいるとのこと。「この段階で、クリティカルな問題は全て解決したいと考えています」と権藤さんは語ります。

アジャイルチームは、学際的なスキル・視点を含むデザインチーム

ユーザビリティテストは2回の大きなサイクルで行いました。それぞれ外部の想定ユーザーと、社内の模擬ユーザーでのテストを組み合わせて改善を重ねています。

権藤さんのチームはアジャイル開発を採用しており、全体的な体験を考慮しつつ、開発の進行に合わせて柔軟に調整を行いながらデザインを適用しているといいます。開発はユーザー業務の主要なかたまりで区切り、少しずつ検証しながら進めており、テストで見つかった特に重大な問題は即時修正します。サービス全体の流れを評価できるよう、テスト結果を常にチームにフィードバックしながら、開発を進めています。

「アジャイルチームには、それぞれ専門性がある人が集まっています。人間中心設計の6つの原則の『学際的なスキル・視点を含むデザインチーム』に似ていると感じています。プロダクトオーナーやエンジニア、問い合わせに対応するカスタマーサポートの方にも、大きな打ち合わせには必ず参加していただきます。」と権藤さんは語ります。

入社して間もないにも関わらず、権藤さんが新規プロダクトでHCDプロセスを活用できた背景には、「お客さまの視点に立つ」という行動指針に基づき、「事業者に直接意見を聞くことが重要だ」という機運が高まっていたからではないかと権藤さんは語ります。

弥生株式会社のプロダクトデザイナー、長島さん(左)、権藤さん(中央)、飯塚さん(右)

「お客さまの視点に立つ」デザインのための説得力

権藤さんは、弥生株式会社の「お客さまの視点に立つ」という行動指針を実践するため、人間中心設計のアプローチが適切だと考えていました。しかし、入社したばかりでは発言の信頼性に欠けると感じていたため、「お客さまの視点でデザインを行う」ことに説得力を持たせるため、資格受験に踏み切ったといいます。

権藤さんは、これまでのキャリアでEC分野を中心に、ユーザー視点を重視しPDCAを回しながらサービスの設計に携わってきました。前職にもHCD資格の保持者がいたため、権藤さんにとっては仕事に関連している資格として捉えやすかったといいます。

資格の受験を通してこれまでの経験を棚卸しし、理解を深める良い機会になりました。「あの時はこうだった」と振り返り、より良い方法を学ぶことができたそう。資格の認定を得たことで、多少なりとも信頼性を示せるようになったことも、仕事の進め方に影響していると感じています。自信がつき、「HCDの手法で仕事を進めていると言いやすくなった」と権藤さんは語ります。実務経験がある場合は受験すると良いと権藤さん。まだ経験が足りないと感じる場合も、今後どのスキルを高めるべきかの参考になるといいます。

権藤さんは「直感的に使えるデザイン」を目指すことを大切にし、「どのようにすれば自然に使ってもらえるか」を徹底的に考えているといいます。リテラシーや文脈が異なるユーザーには、使ってもらうことで初めて気付くことも多いため、「自分が良いと思うデザイン」ではなく、ユーザーの評価を大切にしています。「ユーザーが『主人公』であることを意識して、ユーザーの声に耳を傾け続ける姿勢を持ちつづけたい」と権藤さんは語ります。

弥生株式会社のプロダクトデザイナー、長島さん(左)、権藤さん(中央)、飯塚さん(右)

※文中に記載されている所属・肩書は、取材当時のものです。

人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験

あなたも「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」にチャレンジしてみませんか?

人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約2,200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考に関わる資格です。

人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度

受験申込
2024年11月1日(金)~11月21日(木) 16:59締切
主催
特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
応募要領
https://www.hcdnet.org/certified/apply/apply.html

資格認定制度について
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