ユーザビリティの概念

先日アメリカに出張した折、インタフェースデザイナのAaron Marcus氏の自宅を訪ねた。カリフォルニア大学のバークレー校の近くにある閑静な自宅には、小じんまりした庭に無花果、プラム、林檎、枇杷、檸檬などが実っていた。Marcus氏は実のなる木が好きだそうで、その点で大いに同感した。歩きながらそれらの実を食べたり、テラスに座ってジンジャービールを飲みながらチップスを食べ、夏の木漏れ日の中でいろいろな話をした。

その中で、彼の関心事の一つであるインタフェースの文化差の話になり、さらに話は何をもって「良いモノ」「良いインタフェース」とするか、というテーマになった。ユーザビリティという概念はその一つである、という点では二人の意見は一致した。そこで私は、ユーザビリティという概念が今とても流行っているが、それがモノにとっての究極の目的をあらわす概念ではなかろう、という問題提起をした。私の問題提起を要約すると次のようなことになる。

まず、語源からしてusabilityはuse+ableであって、使いものになるかならないかに関する概念である。したがって、モノの良さにとって大切な概念ではあるが、ある意味では必要条件であり、決してモノとしての十分条件ではない。Nielsenの考え方に全面的に賛同しているわけではないが、彼がusefulnessという概念をutilityとusabilityの上位概念として位置づけている点には同感でき、私自身もその概念枠を自分なりに改訂して使っている。usefulnessは、use+fullであり、語源的にもモノとしての十分条件といえるだろうからである。その意味では、世の中がusabilityという言葉を使って騒ぎになっているが、本当は別の言葉を使って議論をすべきではないだろうか。ついでに言えばUsability Professionals’ Associationだって名前を変えるべきかもしれない。

ただし、信頼性や保守性や互換性といった概念と並置してusefulnessを位置づけるのが適切かどうかは疑問がある。信頼性や保守性や互換性が高ければ当然usefulであり、その意味ではusefulnessはそれらの概念の上位概念となるべきである。とすれば、utilityやusabilityは信頼性や保守性などと並置されるべき概念といえよう。

とはいいながら、それらの更に上位に位置づけられるpractical acceptabilityという概念の必要性は認められる。Nielsenは、モノそれ自体のもつ良さをpractical acceptabilityと呼び、それを受け入れる社会の側の条件をsocial acceptabilityとし、それらの上位概念としてsystem acceptabilityという概念を位置づけているが、その考え方は理解できる。私はさらに、practicalではない側面として感性的な面を考え、それを(普段は日本語で使っているので、強いて英語にするならば)sensibility acceptabilityとしている。ただ、ここでもacceptabilityという言葉の適切さについては疑問がある。acceptできる、というのは如何にも消極的、受動的ではないか。もっとモノの持つ価値を積極的に認めるような用語を使うべきでは無かろうか。

こんな話をした。Marcus氏は基本的にその考え方に同意した上で、特に文化の観点から、何らかのモノがどの程度usableであるかどうかについては文化による影響が少ないが、それがどの程度usefulであるかどうかは文化による影響が大きい。生活パターンによっては使われないモノもあるし、使われているにしても価値体系によってその位置づけは大きく変化するだろうからである。そして、我々が生活の中で利用しているモノは、そのような意味で自分の生活にとって有意義なものであるかどうかが問題なのであり、インタフェース研究の目的はそこに設定されるべきである、というような話をした。

この点は私も同感であり、特定の価値体系において有意義であることを示す意味でvaluableという概念がトップレベルに来るべきではないか、といったことを話した。その後、話は、Maslowの欲求の階層説におよび、その言い方を使うならインタフェース研究の目標は自己実現状態にある生活ということになるだろう、というような話になった。話がだんだん込み入ってきて、Marcus氏もじっと考え込んでしまい、私もプラムの木を見つめながらいろいろと考えを巡らした。ともかく、こうしたテーマで来年のSIGCHIのパネルセッションを提案しよう、とMarcus氏が言った。それで行こう、と私は応えた。実は昨年も同様のパネルを提案しているのだが、査読で落とされてしまった。だから今回は少し提案の趣向を変えてみようというわけである。その結果がどうなるか、年末の通知が楽しみである。

公開: 2000年9月25日
著者: 黒須教授

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