ユーザビリティとエクスペリエンス

最近、ユーザビリティという言葉に代わってユーザエクスペリエンスとかカスタマーエクスペリエンスという言葉が使われるようになってきた。エクスペリエンス、つまり経験というわけだが、ユーザや顧客に良い経験を味わってもらおうという趣旨で、それを機器やシステムの開発目標として設定しているようである。

すでに何回か書いているように、ユーザビリティという言葉にはいろいろなとらえ方があり、その意味は定義の仕方によって狭くも広くもなる。どうせ広い意味でつかうのなら、いっそのことユーザや顧客の経験の総体を指してしまえばいいのではないか、といったところがこの言葉の使われ始めた理由ではないかと思う。

ただ、経験という言葉だけでは惨めな経験、不愉快な経験など、ネガティブな経験も含まれてしまう。そのように、どのような経験を目指して使われているのかが不明瞭である、という点で私はこの言葉に不満をもっている。ポジティブな意味合いであれば何でもいいのだ、と言われるかもしれないが、それでは言葉の使い方として無責任である。やはりきちんと概念定義をしてから使うべきだろう。仮にそれが満足できる経験ということであれば、ISO9241-11で定義されたユーザビリティの下位概念に満足が含まれているから、それだけだとすると、むしろユーザビリティよりも狭い意味になってしまう。豊かな経験、と取ったとしても、数量的に、あるいは時間的に豊富な経験をすればそれがいいのだろうか。時にはゆったりとすることも必要だろうし、楽しさ強迫神経症になるのはかえって不幸なことではないかと考えられる。

概念として適切かどうかという問題もあるが、その使われ方にも気になる点がある。いわゆるマーケティング分野の人たちは、言葉を新しく作りすぎる。新語が多いという点では、コンピュータや通信の世界も負けてはいないが、経営学やマーケティングの分野というのは新語が嵐のように飛び交う世界である。ちょっと時間がたつと古くさくなったということで、新しい造語が使われるようになる。しかし、その内包がそれほど新しいのかというとそうでもないように思う。ちょっとした概念の拡張や変更であれば、既存の言葉に修飾をつければ済みそうなものなのだが、どうもそうしたやり方は好まれていないようである。もちろん新しい言葉を全く生み出さない分野というのは、結果的に停滞していると見なされても仕方のない面はあるが、逆に言葉が新しいからといって活性化しているとは限らない。

さらに奥深いところでは、本当に経験のレベルだけでいいのだろうか、という疑問がある。経験という概念は時間的には比較的短いものだと思う。ネガティブであっても、ポジティブであっても、ある瞬間、ある時期に経験したことがらは、時間の経過とともに薄れてゆく。もちろん、そうした経験を与える人工物との接触が継続的であれば、そのたびにポジティブな経験をし、それを積み重ねることが大切なのだ、という言い方もできる。しかし、その意味では、経験もユーザビリティも同じである。ユーザビリティに代えて、その上位概念を提唱するなら、そうした経験の集積全体を指しているような概念を使うべきではないだろうか。

私はそうした概念の一つがQOL(Quality of Life)だと思っている。人生は経験の集積であり、またその他の精神活動や肉体活動、社会活動などの全体的集積のプロセスであり、結果である。それが高い品質をもてるように人工物をデザインすることが究極の目標であるように思っているわけだ。ユーザビリティの上位概念として、ISO9126で提唱されているQuality in(of) Useという概念が使われることもあるが、そのQOUはQOLの一部であると言ってもいいだろう。さらに、最近の議論の中で、ユーザビリティという概念は、ISO9126では「たまたま」QOUの下位概念に位置づけられているが、それは狭義のユーザビリティであって、広義のユーザビリティはQOUと同じである、という意見もある。私はそうした立場を取る一人だが、その意味からすると、ユーザビリティはQOLの重要な部分を構成する概念であって、経験という概念はやはりその時間的な側面を強調したさらに部分的な概念である、というように思えてならない。

あるいは、両者の間には、ユーザビリティの結果として経験が生じているという関係がある、ともいえるだろう。ユーザビリティは人工物の属性であり、経験はその結果として人間に感じられるものであるということだ。しかるにユーザビリティを推進する立場は人間中心であり、ユーザビリティを享受する人間の側に視点をおいている。他方、経験という言葉を使う人々は、それを「与える」側、つまりものやサービスを提供する側に視点を置いている。このようにややこしい関係になってはいるが、私は人工物と人間の関係を考える時には、やはりそれを利用する人間の側に視点を置くべきだと考えている。

そうした幾つかの理由から、私はこれからもユーザビリティという言葉を使いつづけることにするだろう。

公開:2002年12月16日
著者:黒須教授

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