ISO 13407のこれから

  • 黒須教授
  • 2000年11月13日

前回は、ISO13407の翻訳プロセスについて紹介したが、今回は、JIS化にともなうこれからの展開について考えてみたい。

ISO13407が通産省から各工業会に提示されたのは1998年の10月だったが、それ以来、翌年の春頃まで、この規格が何なのかということで、各企業に情報が行き交っていた。私のところにも、そうした情報の一部が回ってきたが、それはコピーのコピーのそのまたコピーという具合で、いろいろな方がいろいろな方向にいろいろな意味合いで情報発信をし情報収集の努力をされているという状況が良くわかった。当時のニュアンスは、ISO9000の二の舞になるのではないか、という所謂黒船論が主体だったように思う。

その後、1999年から2000年にかけては、良い意味でのユーザビリティ意識が企業の間に芽生えてきたように思える。もちろん、慈善事業的な意味合いでユーザビリティに力をいれましょう、ということではなく、他企業がユーザビリティを頑張っているから、ここで力を入れないと遅れをとる、という競争意識があったり、あるいはユーザビリティという利用品質に力をいれるべき時代になってきたのだ、という時代認識があったりしたように思う。

残念ながら、いまだにユーザ自身の間には、ユーザビリティという品質を享受することが自分たちの権利である、という意識は芽生えていないように思うが、ものを作る側がまず率先してそうした意識を持つようになれば、いずれユーザ側にも同じような意識が育ってゆき、それが良い意味で相互に作用しあっていくのではないかと考えられる。

ともかく、昨年から今年にかけての各企業の取り組みには、まだかなりの温度差はあるものの、力を入れている企業の入れ方には、従来のあり方と対比すると相当の違いが見受けられる。率先して認証を取ろうとしている企業もあれば、認証には少し時間はかかるもののまず社内の組織改革をしてしまおうとする企業、社内にユーザビリティの施設を構築しようとする企業など、さまざまな形でユーザビリティへの取り組みが行われるようになった。

認証についても、ドイツのTUV Rheinlandが率先して活動を開始しようとしており、また日本でもHQLにおいて認証活動のための準備が進められている。ただし、TUVにおける状況は、今年中にソフトウェア関連の認証をまず一つだすだろう、というようなところで、本格的な認証活動が開始されるにはあと半年くらいは時間がかかるとは思われる。また、そのころにはHQLの認証活動もスタートを切っているのではないかと予想される。

このように、ISO13407を巡る動きは、特に日本においては急速な立ち上がりを見せてきたわけだが、こうした動向は、ユーザビリティすなわち利用品質という品質の管理をきちんとしようしているという意味では、品質管理を得意とする日本企業にとって有利なものだともいえる。これまでユーザビリティに関わってきた者としては、これをきっかけにして、本当にユーザビリティ活動が日本に根付いて欲しいと考えている。

ただ、一点気になっているのは、ユーザビリティは利用品質であり、品質管理の一貫として捉えることが可能ではあるのだが、そのアプローチが従来の品質管理とは異なっている点である。これまでの品質管理のように、定量的な管理が可能であれば、従来の活動の延長として取り込むことも容易であろうが、ユーザビリティの場合には、ユーザビリティテスティングにしても、ユーザ分析の各種の手法にしても、定性的なデータを扱うことが多い。

アメリカで検討されているCIFのように、ユーザビリティテストの結果を定量的に扱おうとする動きもあるが、ユーザビリティの活動は定量的な計測だけで終わるものではない。評価の結果にもとづいて反復的にデザインをしなおし、それをまた評価する、といったサイクルが必要になる。そのサイクルの中では、従来の品質管理とは異なる技術分野、すなわち認知心理学やインタラクションデザインといったような分野の技術を利用しなければならない。技術が異なると言うことは、そうした技術を持った人材を育てるか、どこからか引っ張ってこなければならない。

このように、ユーザビリティの問題は、従来の品質管理の延長として考えるには難しい面があり、結局のところ、ユーザビリティを軸とした社内機構の改革や新しい人材の登用や育成など、企業全体の方向転換が必要とされることになる。ISO13407は、実は、そうした企業変革のためのきっかけを提起しているものなのである。