マイクロソフトの功罪

  • 黒須教授
  • 2001年1月9日

パソコンのOSや基本アプリケーションの領域が今やマイクロソフトに実質的に支配されつつあるいることは、ここで改めて指摘するまでもないだろう。Windowsはもちろんのこと、WordやExcelやOutlook Express, Powerpointなど、特にビジネス向けアプリケーションの基本的な部分は、マイクロソフトの製品がデファクト標準になっている。

そうしたマイクロソフトがユーザビリティの面でも他の企業を凌駕していることは、比較的良く知られている。2万人そこそこの社員の中に100人前後ものユーザビリティ担当者を有していること、本拠地シアトルはもちろんのこと世界各地に多数のユーザビリティラボを保有していることは、ユーザビリティ関係者なら今では誰でも知っていることだろう。

こうしたマイクロソフトの実態は、他の企業にとって、特に米国の動静に敏感な日本企業にとっては、ユーザビリティ活動を活性化する上で、ポジティブな効果を持っていると言って良い。マイクロソフトほどではないにしろ、ユーザビリティ担当者の比率をもっと上げなければいけないとか、マイクロソフトに負けないような立派なユーザビリティラボを作ろう、といった形で、日本企業は強く影響を受けており、その意味では、マイクロソフトにおけるユーザビリティ活動は、プラスの方向の大きな影響力を持っており、日本のユーザビリティ活動の活性化にも大きな貢献をしてきたといえるだろう。

同社は、そうした積極的なユーザビリティ活動の実態を背景にして、自社製品のユーザビリティに自信をもっている。たしかにOSの分野でも、Windowsは95や98になった段階でその使い勝手はかなり向上し、それまで使い勝手の代名詞であったMacintoshに追いついたといえる。

Windowsを利用するまではMSDOSマシンとMacintoshを利用してきた私の場合、既存ファイルの互換性と価格の安さ、アプリケーションの豊富さなどの点で次第にWindowsマシンに比重を移すようになってきた。最初のうちは、スタートメニューという概念になじめなかったり、自分のファイルをMy Documentsという特定のフォルダに入れるように求められることがうるさく感じられたり、デスクトップのアイコンをMacのように自由に配列しながらかつ整頓することができない点に不満を感じたりと、様々な点にぎこちなさを感じたものだった。

しかし、そうした点に慣れてきてしまうと、(まだまだ改善の余地はあるものの)これは結構使えるものだ、という実感を得て、全面的にWindowsに作業環境を移行するようになった。このように、個人的にもマイクロソフトのたどってきた方向性、いいかえればビルゲイツの判断には賛同する面が大きい。

しかし、仔細に検討してみると、同社におけるユーザビリティ活動には大きな問題点が二つあるように思う。一つは、製品戦略に対してユーザビリティ活動が従属している点であり、もう一つは、細かなユーザビリティに対する配慮が欠落している点である。さらに追加するなら、製品ごとのユーザビリティ水準にばらつきが大きい点である。

製品戦略との関係でいえば、Outlook Expressを例にとるなら、デフォルトのメールの形式がテキストではなく、HTMLになっている点を指摘すべきだろう。将来のメールのマルチメディア化を意識した戦略的な設定とは思うが、いかにも時期尚早だったと思う。インターネットの入門書やパソコン誌での使い方指南には、必ずといっていいほど、その設定をテキストに戻す方法が書かれている。これは、ユーザの利用環境の実態を無視した、企業戦略先行型の問題ということができる。ついでにいえば、同じような機能を持ち、名前までも類似したOutlook ExpressとOutlookという二つの製品を提供することでユーザを混乱させている点も、製品戦略上の問題といえるだろう。

細かなユーザビリティに対する配慮の欠落という点で、同じくOutlook Expressを例にとるなら、たとえばメールデータの管理方法を指摘すべきだろう。このデータは、私の利用環境では、C:\Documents and Settings\Masaaki Kurosu\Local Settings\Application Data\Identities\{A91D46FD-4160-4A07-8B05-DB7F513A33AC}\Microsoft\Outlook Express\受信トレイ.dbxという形で保存されている。例えばOSの更新やマシンの入れ替えに伴ってメール環境を移行するためには、受信トレイファイルを移す必要があるが、こうした基本的なファイルをこんなに奥深いところにしまってしまうことには疑問を感じるし、メール環境の移行のための標準的なツールを用意していないところにも基本的なユーザビリティへの配慮の欠如を感じる。

このように、マイクロソフトの製品には、まだまだユーザビリティに関する問題点は多いのだが、同社はすでにパソコンのデファクト標準の地位を確保している。それだけに、今後のさらなる積極的な活動に期待したい。