ISO 20282というユーザビリティ規格の案
ISO13407は、人間中心設計プロセスを確立することによって、コンピュータを用いた対話型製品のユーザビリティを向上させることを目的としているが、昨年からそれとは別の規格化の動きが活発になってきた。それがISO20282という新しい規格案である。
この規格案についての動向が日本で最初に一般に公開されるのは、2001年7月のINTERACT2001という国際学会におけるNigel Bevan氏のパネル討論になるだろう。ここでは、それに先んじて、そのさわりの部分を紹介しておくことにしたい。
この規格案が対象としているのは、ISO13407とはちがって、日用品(everyday product)である。この企画案でいう日用品とは、特別な技術や訓練なしに使用されるようなハードウェアと定義されている。もちろん、まだ審議の途中なので、こうした定義なども議論の展開につれて変わる可能性があるが、ISO13407がハードウェアとソフトウェアからなる対話型システムを対象にしているのに対して、鍋釜や文房具、自転車などの日用品を意識しているという点がこの企画案の特徴である。しかし、そうはいいながらも、審議に参加している人からは、テレビなどの情報家電品を意識している面が強いという指摘もあり、このあたりは今後の議論の展開を注目したい。ISO13407を補完する形になれば好ましいと思うが、対象機機に重複する部分がでてくるようだと、そこについては二重規格の形になってしまうため、いろいろと問題もでてくることになるだろう。
ユーザビリティという概念については、効果性、効率性、満足度からなるというISO13407と同じ考え方をしている。これが根底から違った定義になっていると、二つの規格をどのように捉えたらよいか、混乱が生じる可能性があるが、その問題はひとまず回避されたといっていいだろう。ただし、ここでは効果性をeasy to operateとしており、それを「ユーザーが、目標を達成する際に正確さと完全さに費やした資源」と定義しているISO13407とはちょっとニュアンスが異なっている。さらに、このease-of-operationについて、「その製品の機能を使ってその製品について想定されている目標を手助け無しに上首尾に達成できたユーザのパーセンテージ」というように定義してある点は、現在議論の的になっている部分でもある。
たとえば、タスクを達成する、という考え方はCIFなどに見られるようにユーザビリティテスティング的な観点に近いものである。もちろん、機器が複雑になってくれば、そうした側面は大変重要ではあるが、それだけでease-of-operationを規定してしまっていいものかどうか、疑問の余地がある。つまり、ハードウェア製品には、身体適合性というような、従来から人間工学がとりあげてきた観点が必須であり、それはタスクの達成ということに関係はしていても、直接、それを指標にして評価できるものとは限らない。
また、ease-of-operationについて、どのようなユーザを想定するのかも明確になっていない。いわゆるユニバーサルデザインの観点との関係がどのようになるのかが明示されていない。universal user profileという言い方が使われているが、それがユニバーサルデザインとどのような関係になるのかが現時点でははっきりしていない。
さらに、パーセンテージを指標にするとなると、どの程度の母数を用いるのか、また前項の問題にも関係するが、サンプルとしてどのようなユーザを用いるのかが重要なポイントになる。比率を問題にするならば、ある程度大きなサンプルサイズが必要とされるが、その点について定量的な基準は明示されていない。たとえばCIFでは8人以上のユーザを用いてユーザビリティテストを行うように規定されているが、その結果から課題を達成できた人のパーセンテージを算出するようにしている点については、いまだに議論があり、12人とか20人とか、様々な意見が出されているのが現状である。心理学の分野では、比率を使う場合には、30人から40人の被験者を使うことが暗黙の了解となっているが、個々の製品についてこれだけのユーザを、しかも適切な層別サンプリングを行って集めることは、開発サイドにとって大きな負担となるであろう。そもそもパーセンテージを指標にすることが本当に必要なことなのかどうかを含めて、この点は更に議論されねばならない。
このように、まだ、議論が進行中の規格案ではあるが、ISO13407がすべての製品を対象にしていないことを考えると、こうした規格が審議されることには大きな意義がある。国内では、愛知みずほ大学の加藤象二郎先生を主査として、JENC/ISO/SC1/WG4で活発な議論がされている。人間生活工学研究センターが事務局を担当していることもあり、この規格案に対しては日本は深い関わりを持っている。今後の展開にぜひ注目してゆきたい。