ユーザビリティと使いやすさ
ISO20282の関連で、ユーザビリティと使いやすさという二つの概念の関係について改めて考えてみた。ユーザビリティというのは包括的な概念で、ISO13407やISO9241、それにCIFなどでは、効果性(effectiveness)と効率性(efficiency)、それに満足感(satisfaction)を含むものとされている。
ところで、この概念規定について、SERCOのNigel Bevanさんに歴史的背景を確認したところ、1988年2月にロンドンで開催されたISO TC159/SC4/WG5 Usability Assurance Subgroupのミーティングにさかのぼることができることが分かった。そこでは、「長い議論の末、次のような作業定義が合意された。製品のユーザビリティは、特定のユーザが特定の環境で特定の目標を効果的、効率的、心地よくかつ受けいれやすいやり方で達成できる程度のことをいう。」と記録されている。この三番目は現在の満足感という表現と違っているようだが、彼に更に質したところ、満足感というのは「不快さを感じず、製品の利用に対して肯定的な態度を持てること」を意味しており、それは「心地よくかつ受け入れやすいやり方」と同じ意味である、との解釈が示された。(2001.6 personal communication with Nigel)
こうした広い意味でのユーザビリティ概念の場合、いわゆる使いやすさ(ease of operation)という概念は含まれていると考えてもいいだろう。したがって、ISO20282で用いられているease of operationという目標概念は、基本的にはISO13407やISO9241におけるユーザビリティと本質的に異なるものではない、といえる。
しかし、同じくユーザビリティという言葉を使っていても、ユーザビリティテストという手法は、こうしたユーザビリティの諸側面を全体的に調べるものではない、という点に注意しておく必要がある。
ユーザビリティテストは、古くから使用されてきた手法であるが、計算機やその応用機器・システムの評価が活発になることにつれて、認知心理学の問題解決という領域で使われてきたプロトコル解析の手法を応用することでさらに発展してきたものである。最近ではむしろそうした意味合いで使われることの方が多い。その実施にあたっては、ユーザの犯すエラーや立ち往生といった行動に注目する。つまり、認知的な問題点を主対象とする手法であり、そこでは必ずしもハードウェア的な使いやすさについての問題は検出されない。
このように、ユーザビリティテストはユーザビリティの中のある側面だけを重点的に調べる手法であり、使いやすさ(特にハードウェア的な)については調べきれないこともあることになる。ユーザビリティテストをベースにしたCIFという調達用文書規格は、確かにソフトウェアだけを当面の対象としているだけあって、その意味では合目的的である。しかし、CIFでは、テストで調査する目的がISO13407などと同じユーザビリティの概念であると宣言してあるわけで、その点では拡大解釈をしていることになる。
ハードウェア的な使いやすさとは、たとえば電話機の受話器の重量バランスの問題や、キーボードのキーサイズのような問題である。後者は入力速度に関係するから、効率性という指標で測定できるものであるが、前者は強いて言えば満足感という指標に対応するものである。この意味では、CIFをそのままの形でハードウェア製品の使いやすさに関して適用することは困難であると考えられる。
また、ISO20282では、課題を遂行できた人の比率を指標にしようという議論がなされているが、これではユーザビリティテストと同じ発想であり、CIFがハードウェア製品に適用できないと同様の意味で、ハードウェア製品に対しては適合しない規格になってしまう可能性がある。ISO20282の場合には、日用品ということでハードウェア製品を含めて評価しようとしているわけだから、この点はCIF以上に大きな問題といえるだろう。
このように、ユーザビリティの概念と使いやすさの問題は、概念的に包含関係があるにしても、それを測定する手法によっては、使いやすさを測定することが困難であることに留意しなければ、適切な基準の設定には至らないことに注意する必要があろう。