テレビのデジタル化における産業界の利益と利用者の利益

  • 黒須教授
  • 2001年8月13日

4/12に電波法一部改定案が第151回衆議院本会議で可決された。これによると、2011年にはアナログテレビ放送が終了し、テレビ放送はすべてデジタルになる。また2006年までにはすべての地上波放送はデジタル方式での放送を開始し、それから2010年までの間は両方式が併存する過渡的な状態となる。

このニュースは既に新聞やテレビ、週刊誌などでご覧になった方も多いと思う。デジタル化になれば、視聴者は良質な画像を見ることが出来、またインタラクティブなテレビ放送を楽しむことができるといわれているが、本当の思惑は、現在の地上波放送が占有している帯域を別の目的に転用したいという政府機関のねらいと、新しくデジタルチューナやデジタル方式のテレビが売れてビジネスチャンスになるという産業界のねらいとにある、といっていいだろう。

たしかにデジタル化は視聴者にとって全くメリットの無い話ではない。しかし、その移行にともなうコストや機種変更などの手間、そしてユーザビリティの問題については、もっと熱い議論が起きてもいいように思う。

問題は、2011年にアナログ放送を全廃する、というところにある。これが、今後ずっと、あるいは50年は両方式の併存で行く、というのであれば問題はほとんど無いと言ってもいい。要するに、アナログ方式の全廃によって、これまで全国にある1億台とも言われる受像器がそのままでは使いものにならなくなるということ、そしてまた何千万台あるか知らないがビデオだってそのままでは使えなくなるのだろう。いいかえれば、全国のユーザは、代替機種を購入するかチューナーを購入しなければならなくなるわけで、企業側からすればこれはビジネスチャンスかもしれないが、利用者にとってみればお金が無ければテレビを見るな、と言われているに等しい。また機種代替にともなって廃棄処分されるテレビの処分費用(つい先日、消費者が負担することになったばかり)や処理作業も膨大なものになるだろう。

これまでも、こうしたインフラの方式の変更は何回もあった。しかし、基本的には既存の方式は、実勢がほとんど完全に衰えてしまうまでは新方式と併存してきた。VHSとβの競争におけるβ方式の最後も、アナログレコードからCDへの切替も、ある意味では、ユーザが納得してそれを受け入れるのを自然に待つ形になっていた。

しかし、今回は違う。放送というシステムは、ばっさり切替なければ放送局側の維持が大変だ、という議論もわからないではないが、少なくとも5年間は併存期間があるわけで、それを延長することは全く不可能だとは言えないのでは無かろうか。

こうしたインフラの適切さの問題については、ニールセンはシステム受容可能性(system acceptability)という最上位概念の下に、機器自体の実用的受容可能性(practical acceptability)と社会的受容可能性(social acceptability)という二つを区別して言及している。この問題は、まさにこの社会的受容可能性の問題である。本当にユーザが、そして社会がこの極端な変化を受け入れるであろうか。それはある意味ではユーザが、ユーザとしての成熟を達成しているかどうかを試される試練の場であるともいえる。法律が決まってしまったんだからと諦めることなく、もっと声を結集して法律の再改正を望まなければいけないのではないだろうか。

こうした面の他に、それこそインタフェースのユーザビリティの問題もある。昨年から開始されたBSデジタル放送は、放送内容の質が低いとか、評判はいまいちであるが、それ以上にユーザ、特にハイテク弱者の人々や高齢者の人々にとっては、とても操作が難しいものになっているという問題がある。デジタルだというと、すぐに技術者はいろいろな機能を付けたがる。そしてそれがユーザビリティの低下を招くことになる。これまで、さまざまな機器でこうした経緯を体験してきた筈のメーカーがBSデジタルではまた同じ事をやってしまった。同じ事が、今度は本当に全国規模で発生することになるだろう。BSデジタルでのインタラクティブ操作は、私も幾つか試してみたが、応答性も悪く、操作も複雑で、またインタフェースも統一されておらず、使いにくいこと甚だしい代物であった。こうしたことを、近い将来、全国民に強制してしまうと言う意味においても、今回の法改正は悪改正であったと断言したい。