空港ターミナルと大規模建築物のユーザビリティ

先日、マレーシアのクチンに出張した折、経由地のクアラルンプールに到着する前に機内で空港案内のビデオが流された。それを見て、ちょっと嫌な予感がした。そのビデオは他の空港と同様、どのような手続きがあり、空港内をどのように進んでゆけばいいかを説明しているのだが、分かりやすさよりもドラマ的な演出が目立ってしまっていたからだ。私は、こうしたビデオは観光案内とは違うので、分かりやすさという機能的側面を最優先すべきだと思っている。

案の定、ビデオのせいというわけではないが、ターミナルの中で迷ってしまった。到着ゲートに入ってから、確認のため、ビデオで乗り継ぎ便のゲートを調べた。A5だそうだ。それからTransferの表示にしたがって歩いていったが、途中でTransferの文字が見つからなくなり、反対にAゲートへの案内表示が出てきた。あれっ、マレーシアでは到着地でimmigrationをしないのかな、と不審に思いながらも、A5をさがしてAゲートの方に歩いていった。A2があった。その向こうにはA4がみえる。しかし、その次はA6だ。偶数番号しかなくてA5がない。しかも人がほとんどいない。さすがにおかしいと思い、カウンターで聞くと、下の階にあるという。案内されたエスカレータで下に行くと、やはりそこにはimmigrationがあった。security checkとcustomとを経て、ようやくA5ゲートに到着することができた。流行しているSAASの影響で旅客が少なく、人の流れがあまりはっきりしていなかったのも原因だろうが、サイン表示の不適切さと構造的な分かりにくさが今回の迷子の原因だったといえる。

空港ターミナルのような大規模な公共建造物では、分かりやすさが大切である。そのためには、(1)可能な限りフラットな動線にすること、(2)曲がり角は直角にすること、(3)目立ったランドマークを設定すること、(4)分かりやすく一貫したサイン表示を行うこと、などが必要となる。以下、少し説明をしよう。

フラットな動線ということは、フロア間の移動をなくすことである。人間は、メンタルモデルとして立体的な構造を管理することが苦手である。対象化できるような三次元物体なら相当複雑にならない限り問題はないが、自分がその中に取り込まれているような三次元環境の場合は別である。フロアを移動した場合、以前のフロアと同様のモデルをそこに適用しようとする傾向があるが、それが構造的に「裏切られる」ような場合、以前のフロアで保持していた方向定位の感覚が失われてしまう。成田空港では、immigrationを終えて、baggage claimとcustomに行くときにフロアを一段降りることになっているが、immigrationを出たところで、新しいフロアが見渡せる。したがって、これは認知的負荷が低い良いデザインといえる。以前のサンフランシスコ空港では、immigrationを終えてからフロアを一段上がって乗り継ぎへのチェックインをするようになっていたが、サイン表示が貧弱なこともあり、はじめの頃は迷いに迷った。

曲がり角を直角にすることは、デザインする側としては面白くないだろう。しかし、レストランなどの案内地図で街路を直交して描いてしまうことが多いように、人間の頭の中では直交モデルが保持しやすいモデルである。反対に、斜め方向に曲がった時、それを「その角度で」頭の中に保持しておくことはとても難しい。早稲田大学の図書館で下に降りてゆくときの階段は45度の角度で設置されている。そのため、何回か曲がりながら下に降りてゆくと上のフロアでどこに相当する位置にいるのかが分からなくなる。もちろん新しい環境を「それなりに」受け入れてしまえば問題は少なくなるのだが、環境全体としての立体的認知モデルを作ろうとすると困難が生じるのだ。それは一種の不快感を生じる。

ランドマークの重要性は都市の場合でも建築物の場合でも同じである。それが座標軸の原点を構成することになるからだ。札幌市の場合、街路の番号はテレビ塔を原点として付けられていて、それを理解すると、ランドマークと実地図との対応が頭に入りやすいのだが、札幌駅というランドマークを原点として認知しようとすると苦労させられることになる。またランドマークは当然のことながら類似したものが複数あってはならない。ランドマークとの相対的関係によって現在位置を確認するためには、ランドマークはユニークであり、常に確認が可能でなければならない。

サイン表示については、見やすいところに、目立ったデザインで表示されなければならないが、首尾一貫性も重要である。日本の道路にあるブルーの案内標識で、東京と表示されていたのに、いつのまにか東京が消えて近くの都市、たとえば小金井とか三鷹などと表示されてしまうと地方のドライバーが混乱してしまうように、「その場所」に着くまでは、表示は一貫してなされるべきである。

このような点に配慮して、空港ターミナルなどの大規模な公共建築物は設計されるべきなのだが、ユーザビリティを専門とする私の目から見ると、どうも建築家の皆さんはデザイン的な演出の方に力を入れてしまう傾向があるようだ。クアラルンプール空港での私の経験は、私が特に方向音痴であったせいかもしれないが、設計の問題も大きかったように思う。

余談になるが、クアラルンプールからクチン空港に着いたとき、またimmigrationカウンターがあって、入国申請書を再度書かされたのには驚いた。頭の中ではすっかりマレーシア入国モードになっていたので、この国特有の事情と理解するのには頭の切り替えが必要だった。

公開: 2003年7月7日
著者: 黒須教授

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