5年後のパソコン環境<前編>

10年、30年というオーダーになると将来予測というのはかなり難しい。10年、30年先の技術開発の状態を考えるためには、まず10年前、30年前に技術がどうであったかを考えてみるとよいだろう。10年前、1993年というと私が日立のデザイン研究所に移ってから5年目、また30年前、1973年というと私が早稲田の大学院の博士課程に入学した年。そのころの技術や教育環境がどのようなものであり、現在とどういう点でどのように変化しているかを考えてみれば、それを外挿する形で将来予測がある程度できるのではないか、と考えた。

1973年となると記憶が不確かではあるが、電卓の大型のものがあったくらい、計算というと計算機センターにいってプログラムという訳のわからないものを使わせていただいて何やらドーッと計算結果がでてくるもの、といった状況だった。卒論の時にはタイガーの手回し計算機を使ったが、このころにはさすがにそれはお払い箱になっていたように思う。心理学専攻ということで多少は数値データを扱ってはいたが、文学部でもあったし、コンピュータというのは身近なものではなかった。携帯電話もデジカメもなく、固定電話と銀塩写真の時代だった。マイクロプロセッサとしては8008が1972年に開発されてはいたが、それによって生活環境や研究環境が劇的に変化するということは想像するのが困難だった。また、ARPANETのスタートが1969年だし、TCP/IPが提案されたのが1974年だから、インターネットの概念はまだ一部の専門家のものであり、一般の人間には想像の域を超えていたように思う。

1993年というと、私は日立のデザイン研究所でインタフェースの研究に従事してはいたが、まだ人間工学や認知工学の知見を使っていろいろな試行錯誤をしていた時期。認知的インタフェースという本を上梓したのが1991年だから、いわば文理融合的なHCI研究が立ち上がった時期といってもいいだろう。世界では、マイクロソフトとIBMの契約関係が切れて、MSDOS6.2とPCDOS6.1/6.3が独自の製品としてリリースされるようになった時期であり、またWindows3.1がリリースされた翌年でもあった。Windows95が出てくる2年前ということになる。かなり今日の状態を予見できそうな時期ではあったが、インターネットのこれだけの普及、パソコンのオフィスや一般家庭への普及がこれほどのものになると予測することも難しかった。

こうした次第で、30年先のことを予想するのはきわめて困難、10年後でもなかなか難しい、というのが正直な印象だ。そんな理由から前回の携帯電話の将来像については5年先ということで予測をしてみた。

さて5年後のパソコン環境として考えるべき要因は沢山ある。しかし、OSについては、現在のOSをベースにして考える限り、すでに今でも機能的には飽和しており、あとは信頼性の向上、起動・終了などの処理の高速化、メッセージ表示や諸手続き(特にネット環境関連)の簡単化、などが課題であろうと思っている。マイクロソフトなどはさらに新しいコンセプトを導入しようとしているが、私としてはもっと足下をしっかり固めてほしいと思っている。これがどちらの方向に行くかは諸般の事情に左右されるだろうから正確な予想は困難だ。5年後でも、ユーザは分かりにくいメッセージと手続きに苦労し続けているかもしれない。

アプリケーションについても、現在はすでに考えられる限りのことがほとんどアプリケーションソフトとして実装されているように思う。それらの内容的・質的な向上は期待できるだろうが、コンセプト的には大きな変化は起きないように思っている。

変化があるとしたらデスクトップパソコンという機械の位置づけかもしれない。もちろんそれは大型高機能のノート型のパソコンであってもいいのだが、多様な周辺機器の装着による多機能化ということを考えると、やはりある程度の大きさの筐体は必要だろうと考えている。

テレビとパソコンの関係がどのようになるかということについては、数年以上前から関係者の話題にはなっていた。現在ハードディスクやDVDへの記録が普及し、パソコンとテレビの融合関係は進んできたようにも見えるが、私自身はテレビというのは視聴環境を作るモノであり、大画面、立体音響という方向には進むが、対話型機能についてはそれほど進展しないように思っている。対話操作についてはやはりパソコンの方が上だからだ。文書作成に100インチの大画面が必要とも思えない。

パソコン用のディスプレイという意味でいえば、ツインディスプレイ、ないし横長大画面のディスプレイの開発は望ましいだろう。とはいえ、その上限としてはせいぜい4:3画面でいえば29インチ程度ではないだろうか。それは長年の歴史の中で人間が作ってきた机の上面サイズに近い。人間の視野範囲を考えると、それ以上大きな画面は必要ないように思う。

その意味では、広義の仕事をする環境としてのパソコンはそれなりの明確な位置づけを確立すると考えている。家庭内サーバといった役割を果たすようになるという考え方もあるが、どれだけのことを家庭内サーバでコントロールする必要があるのかを考えると疑問に思う。メーカは様々な家電機器などの制御に使えることをうたってはいるが、それが本当に使いものになるのか、ユーザが便利と思うかは、少々疑問である。まして、今のような設定の難しさが残っているようでは爆発的な普及は難しいだろう。

公開:2004年1月5日
著者:黒須教授

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