5年後の携帯機器<後編>

  • 黒須教授
  • 2003年12月22日

現在携帯機器はある種の試行錯誤の時期に入っているように思うが、近い将来、携帯電話をベースに一種の機能てんこ盛り状態になると考えられる。すでに現在の時点で、携帯電話は、機種にもよるが、電話端末、メール端末、デジカメ、ゲーム機、オーディオ端末、モバイルビジネス端末、それにGPS端末といった機能を持つようになっている。近い将来、携帯電話には、400万画素程度のデジカメと動画カメラが付くようになるだろう。それに加えて1-2GB程度のメモリカードを利用して、ボイスレコーダ機能や音楽プレーヤ機能も搭載されるようになるだろう。スポーツ観戦中にクローズアップ画面を見るというような時のためにテレビ機能が付くようになるかもしれない。またSUICAのような電子マネー機能も部分的には携帯電話に統合される可能性がある。このように携帯電話は将来の生活において個人的情報通信環境の中心的位置を占めるようになるだろう。また、それだけ大切なものであるから、落とした時のために生体認証の技術が使われるようにもなるだろう。

このような状況になると、機種変更の考え方も変化せざるを得ないだろう。現在は、1-2年に一度機種変更をすることが当たり前のようになっているが、前述のように多機能なものになれば、価格も上昇し、そうそう頻繁に機種変更することは難しくなるだろう。もっとも現在の機種変更がカメラなどの機能追加によって動機づけられていることを考えられると、付加機能の範囲が落ち着き、性能的にも実用的に飽和する水準になれば、それほど頻繁な機種変更は必要なくなる可能性はある。また、場合によっては本体を二つのモジュールに分割して、特定の機能については以前の機種のものを付け替え、性能的に変化した部分だけを交換する、という部分機種変更のようなパターンが生じるかもしれない。

ともかくこうなると、専用デジカメは大型で2,000万画素程度の一眼レフだけが残ることになり、DVカメラも大型の高性能機種だけが生き残るようになるだろう。反対に、普及型のデジカメやDVカメラは携帯電話に吸収されることになるだろう。ユーザは現在のように複数の携帯機器を持ち歩く不便さから解放されるわけだ。

GPS機能の利用法としては、まず地図データとリンクして駅や店舗、知人の住居などへのルートガイドを行うことが考えられるが、入力インタフェースの制約のために、地名や施設名称の選択には音声入力が用いられる可能性が高いだろう。もっとも音声の認識技術の水準は未だに実用レベルの一歩手前にとどまっているので、このあたりは何ともいえない。また、地図データをすべて携帯電話に入れておくのは当分は無理だろうから、サイトからダウンロードすることになるが、データ転送速度の向上も期待できるから、それほど大きな問題にはならないだろう。

GPSのもう一つの大きな使い方として本人の位置確認が考えられる。老人や子供の徘徊対策としての使い方は家族の保護という考え方から容認されるようになるだろう。また、営業マンや出張者の所在確認という機能は、勤務時間中にはプライバシーは制約されても仕方ないわけで、業務管理者としてはそうした機能を望むようになるだろう。もちろん、すべての生活者のすべての位置確認を常時行うというような管理国家に通じるような事態は生じないと思われる。現在、ユビキタス情報社会という概念のもとに、極端なものでは生体にタグを埋め込んでしまうという考え方も出てきているが、研究者はもっと生活のあり方を考えるべきだと思う。利便性とプライバシー保護とのバランスを考えなければ、どんな技術も決して普及することはないだろう。

このように、現在搭載されはじめている機能はそれぞれが本格的なものになり、後はそれらの機能を使って何をするか、というアプリケーションやサービスが課題になるとも考えられている。しかし私は、基本的には、それらの多数の機能は無理に統合的に使わせようとしなくても、多数の機能がそれなりの水準で一体化されたという魅力だけでユーザを引きつけることができると考えている。こうした多機能な携帯型情報通信機器によるアプリケーションのイメージとしては、たとえば、町で見かけたものをカメラ取りして位置情報とあわせてサーバに送り、それを自治体が行政改善の目的に使ったり、ユーザ同士の情報交換に使うといったアプリも考えられるが、爆発的な普及という意味では今一歩かという気がしている。私はi-modeが携帯電話の魅力としてその普及の牽引役になったのは、あの時代と状況だったからだ、と思っている。無理矢理に機能統合的なユビキタス時代を引きずり出そうとしても巧くいくものではないと考えている。現実の未来というものは、それほど夢に満ちたものでもないだろう、ということだ。

むしろ問題はそれらの多数の機能をあの小さな筐体の中に軽量で実装する技術と、長時間の利用に耐える軽量バッテリーの開発、そしてそれらの機能を小さな筐体の表面で、分かりやすく、かつ効率的に操作できる入力インタフェースにあると考える。入力についていえば、現在市販されている複合携帯機器では多数の機能をトラックボールとメニュー画面といった組み合わせで選択するようになっているものが多いが、それは使うことはできるが使いやすくはないインタフェースだ。そのあたりの革新的な技術開発こそが今もっとも求められているもののように思う。