サービスの人間中心設計

人間中心設計の対象はモノだけではない。サービスもその対象になる。いや、なるはずだと思うし、そうすべきだと思う。多くのサービスはその中に機器やICTシステムが含まれているが、それらのユーザビリティをモノ単体のユーザビリティとして考えるだけでは不十分だ。やはり全体としてのサービスについての適切なコンセプトがあり、その上で機器やシステムの設計をするべきだ。

たとえば安心感を与えるサービス、楽しみを与えるサービス、安全を与えるサービス、感動を与えるサービス、幸福感を与えるサービスなど、サービスを上位の概念で考えると、これはなかなか捉えがたいものになる。具体的に、どのような形で設計をすれば人間中心設計になるか分からないところがある。もちろんISO13407でもそこまでは言及していない。もともと、コンピュータを利用した対話型システムを対象にした規格だからだ。そんなわけで、少し取り組み方を考えてみたい。もちろん、これこそがサービスの人間中心設計のやり方だ、といえるものではない。あくまでも一つの挑戦である。

こうした漠然とした概念を扱うためには、まず概念規定から試みなければならないだろう。たとえば安心感という概念は状況に依存する。だからいきなり「あなたはどのような時に安心を感じますか」とか「あなたが安心できないのはどんな時ですか」といったような質問をしても的確な答えは得られるはずがない。1日24時間、1週間7日間、1月4週間のなかにどのような出来事や状況が発生し、その時々にどのような気持ちになったかを追いかけねばならない。これは途方に暮れるような難問だ。何かを操作しているわけではないのでログツールで機械的に記録できるようなものではない。やはり十分なラポールをつけて、毎日毎日インフォーマントのところに話をしに行き、いろいろな出来事についての話を聞きながら、それに対する感情評価的発言に注目する、という活動をしなければならないだろう。こうなると正にエスノグラフィーの調査そのものといえる。そうした話の中で感情的評価が込められた発言にであったら、それを見逃さず、遠回しでもいいからじっくりとその状況、それに対する当時の気持ち、そして現在の考えなどを聞き出すようにする。また生活状況の違いによる差異が大きいだろうから、サービス対象となりうる範囲の人々についてはできるだけ多様性を含めるようなサンプリングが必要になる。

この段階が一番苦しいかと思う。しかし、そこである程度、安心感に関連した状況やそのときの気持ちについての情報が得られたら、それを抽象化して概念化する作業に入ることになる。こうした足がかりができれば、少しは着実に検討を進めることができる。

次に、そうした状況に関連した組織や個人を訪問し、その状況に対する現在の対応のあり方について話を聞き、さらに技術的、社会的、制度的、経済的、さまざまな困難さについても話を聞いてゆく。安心感の場合、訪問先としては、病院や施設、警察や消防、ボランティア組織、ケースワーカーなど、さまざまなところが考えられるだろう。

こうしてようやく現状把握ができ、問題点を明確にすることができる。そうしたら、次にその問題点に対する対応の仕方を考えてゆく。このあたりは機器やシステムについての設計プロセスと類似しているだろう。人的サービスもあるだろうし、機器やシステムを利用したサービスもあるだろう。ともかくそれら全体として、どのような形のサービスにすれば、得られた問題点を未然に、もしくは迅速に解決できるかを考えてゆく。

次に試作と評価になるのだが、ここにもまた困難な問題がある。何らかのサービスを試作するというのは現実的には不可能に近い。サービスのプロトタイプというものを実際に構築してみてもその意味は少ないだろう。フルに実装しなければサービスというものは機能しないからだ。しかしフル実装するにはインフラの整備から人員の配置などを含め、莫大な費用と時間がかかる。それは試作とみなすのはリスクが大きすぎる。

そのため、設計はあくまでも概念設計にならざるを得ない。ただ、プロトタイプ技法のうち、シナリオによるプロトタイプは可能だろう。スケッチに描画されたシナリオ、ビデオとして作成されたシナリオ、そうしたシナリオを一つの設計案として作成することになるだろう。

ついで評価になる。実際のサービスではないから、あくまでも仮想評価にしかならない。ただ、そうしたサービスのフィージビリティを評価するときに、スケッチやビデオのようなプロトタイプがあれば、それなりにそのありがたみは評価できるだろう。また、関連組織としては、その現実的な可能性を検討することもできるだろう。あくまでも条件付きではあるが。

このような形でプロトタイプを通して概念設計を評価し、当事者や関係者の意見をもらい、さらに再設計、そして再評価、という形を繰り返してゆくことになるだろう。

これは確実な方法ではない。あくまでも一つの試案である。しかし、人間中心設計が機器やシステムの設計に留まっていたのでは、本当の意味でのQOLを世の中に達成することはできないだろう。幾つかの挑戦的な試みが行われるべきだろう。その結果によってアプローチをブラッシュアップしていけばよい。ともかくは、まず実行してみることだ。漠然と悩んでいても始まらない。

公開:2006年1月10日
著者:黒須教授

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