虚業の人間中心設計

第二次産業を対象にして構築されたISO 13407以来の人間中心設計の枠組みを、「もの」を作らない虚業としての第三次産業にもそのまま適用しようとするのは大いに疑問がある。新たな枠組みが作られるべきであろう。

Clark, C.G.が、「経済的進歩の諸条件」(Conditions of Economic Progress 1940)で提唱した、第一次産業、第二次産業、第三次産業という産業の分類は良く知られ、一般的に用いられている。まだ原著が届かないので、ウィキペディアを参照すると、

第一次産業
農業、林業、水産業など。狩猟、採集。
第二次産業
製造業、建設業などの工業生産、加工業。電気、ガス、水道業。
第三次産業
情報通信業、金融業、運輸業、販売業、対人サービス業など。非物質的な生産業、配分業。

となっている。

これに対して、梅棹忠夫は「情報産業論」(1962)において、農業の時代(内胚葉産業の時代)、工業の時代(中胚葉産業の時代)、精神産業の時代(外胚葉産業の時代)というように、その生物学的な意味に関する分類を行っている。つまり、個体発生的にみると、まず動物的存在としての人間において、生命維持活動である食に関係した消化器官系の機能を受け持つ内胚葉の発達に対応する農業が、最初に発達した。ついで、各種の生活物資とエネルギーの生産に係わる筋肉を中心とした中胚葉諸器官の機能に相当する工業の発達時期を経て、脳神経系や感覚器官の機能の拡充に係わる外胚葉に対応した情報産業の発達時期に至り、胚が完成する。産業の発達は、そうした生物の個体の発達と同様の経緯をたどるものである、としたわけである。

これはClarkの分類に原則的に対応しているが、たとえば第三次産業に分類されている運輸業や販売業は、第二次産業に含まれる工業の生産物である商品処理にかかわるものであり、補助的なものであるとし、第三次産業の中核は情報産業のような精神産業にあると考えている。

ちなみに、第一次産業や内胚葉産業、および第二次産業や中胚葉産業は、現実的なモノを生産するものであり、実業とされ、他方、第三次産業や外胚葉産業は、モノではなく情報を扱うものであるため虚業とされている。

さて、ISO 13407以来の人間中心設計の流れをこうした観点から見てみると、それが第二次産業や中胚葉産業に係わるものであったことは明らかである。電気やガスや水道のようなインフラはさておき、いわゆる「ものづくり」というのは第二次産業や中胚葉産業に係わる実業であった。

この点で、ソフトウェア産業は微妙な位置にあるが、その「ものづくり」的な生産プロセスを考えた場合には、パッケージソフトや業務ソフトなどの開発は、第二次産業や中胚葉産業の一部として含めてもいいだろう。また、ISO 13407の人間中心設計の枠組みが建築にも応用できるという意見を、以前、一級建築士の方からいただいたことがあるが、たしかに建築もものづくりであり、第二次産業に含まれるものだから、同じように人間中心設計のフレームワークが適用できると思われる。

ところが、ISO 9241-210になって、人間中心設計の対象にサービスが含まれるようになった。この点については、前回あたりでも批判したが、サービスは虚業であり、情報システムによるサービス(ウェブ系のシステムはソフトウェアといいつつも、こちらに近いと思われる)を含めて第三次産業ないし外胚葉産業に含まれる。

こうした流れをベースにして考えると、第二次産業ないし中胚葉産業を対象にして構築されたISOの人間中心設計の枠組みが、「もの」を作らない虚業としての第三次産業ないし外胚葉産業にもそのまま適用できるかどうかについては大いに疑問がある。

僕の直感的洞察では、新たな枠組みが作られるべきであり、単純にISO 13407以来の人間中心設計の枠組みを無理やり適用しようとするのは間違っていると思われる。特に実業と虚業の設計プロセスが異なる点は、ウェブシステムを含めて、その虚ろなる生産物が、即座に顧客に体感され、直裁的な経験を生み出す点である。さらに、顧客からフィードバックによって随時、変身してゆける点である。いいかえれば、作り手(送り手)と受け手の間の時間的共有ないし準共有という点でもある。また、敢えて顧客と書いたのは、「もの」を使うユーザとはいささか異なる立場にあることを強調したかったからでもある。ここで僕が考えている対象は、梅棹の意図した情報産業と同一とは言えないが、情報の提供(ウェブに典型的に現れている)とサービスの提供とは類似点が多く、また従来のものづくりとは相違点が多い。

こうしたことを考えて、新しい人間中心設計のフレームワークを構築してゆきたい、と思っている。


Original photo by: Cristiano Betta

公開:2013年2月12日
著者:黒須教授

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