品質属性としての感性や情動性

  • 黒須教授
  • 2008年6月9日

人間中心設計推進機構(HCD-Net)が発足して以来、総会と併催してきたフォーラムも今年度で4回目となった。今回は6/26(木)の14:00-18:00、東京工業大学の大岡山キャンパスを会場として開催される。そのテーマは「満足感の向上を目指して?HCDの挑戦?」というものであり、基調講演には、ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長の高野登氏の講演が予定されている。

そこで今回のUser Engineering Lectureでは満足感や感性、情動性といったものについて考えてみることにする。これらは昔から関心を持たれてきたテーマであり、製造業においては「感動」をうむモノ作りが目標とされてきた。そのために感性工学や魅力工学といった分野が生まれ、色々なアプローチが提案されてきた。これまでもQOLやCSといった概念との関連で注目されてきたが、特に近年は、Norman, D.A.やJordan, P.などが感性や情動に関連した側面の重要性を唱えたことから改めて脚光を浴びることになった。ユーザビリティ関係者の間では、ユーザビリティと感動とはどのように関係するか、感動を生むユーザビリティはどうしたら実現できるか、といった話題が議論されることもある。

そこで、まず品質属性という概念を見直してみたい。さまざまな品質属性は、設計された段階で評価されうるもの、製造された段階で評価されうるもの、利用されてはじめて評価されうるもの、が区別される。互換性などは設計された段階で決定されてしまう属性であり、その段階で善し悪しを評価することができる。また、機能性や性能は製造された段階で決定され、そこで評価することができる。しかし、信頼性や安全性、使用性(狭義のユーザビリティ)といった属性は、利用されてはじめて評価されうるものであり、設計や製造の段階で、あらかじめその水準を決定することはできない。もちろん予測することは可能だが、予測はあくまでも予測である。感性的な側面や情動に関連した側面は、これらも使用性と同様に利用されてはじめて評価されうる品質属性と位置づけることができる。

ここで注意しなければならないのは、これらの属性は原則として相互に独立な概念だという点である。Jordanは機能性、ユーザビリティ、感性という階層構造を想定しているが、これは必ずしも順序構造を意味しているのではなく、したがってユーザビリティが充足されなければ感性を云々できないということではない。ただ、まず機能がなければ機器やシステムは意味がないし、それが使いやすくなければ駄目だし、それから使って心地よくなければ駄目だ、という程度の弱い順序結合はあるだろう。

相互に独立だと考えるといろいろな状況が考えられる。一般にコストは安いに越したことはないが、得られる感性的満足感の質と程度によってはコストを顧みない消費者もいるだろう。もちろん低いコストで高い満足が得られれば良いといえるのだが、時にはコストの高さが満足感に影響を与えていることもある。それを支払える余力を自覚することで、そうした自分自身に対して満足感を感じるという構造だ。そうした場合には、品質属性間の相互独立性という原則が少し破られて、相互依存性がでてくることになる。

感性や情動、満足感といった概念について、時間軸を導入する必要もあるだろう。一目惚れという言葉があるように、人間はちょっと見の印象に強く影響されることがある。それも感性である。しかし、ある程度なじんで愛着がわいてくる段階になってから「いいなあ」と思うようなこともある。時間の長さで表現するのは難しいが、ともかく実際にその人工物を使い始めてある程度の時間がたった段階のことである。さらに糟糠の妻に対する愛情のような気持ちもあるだろう。その気持ちは結婚して一週間や一ヶ月たった時点での気持ちとは全く異質なものと思われる。このように、感性や情動、満足感という概念を時間軸という面で捉えようとすると、そこに幾つかの質的に異なる段階があることが分かる。

ユーザビリティと感性や情動、満足感との関係も時間軸によって影響されるといえる。ユーザビリティにも短期的ユーザビリティと長期的ユーザビリティがあるように、これらの主観的品質評価指標においては時間軸による変質が考えられる。短期的に評価の高かったものが長期的に高い評価を得るとは限らないし、その逆もしかりである。さらに、以前書いたように、ユーザビリティ(有効さと効率)は満足感を左右する要因の一つでもある。

このような関係性があるため、基本的に、ユーザビリティの不足を感性や情動面で補うことは困難だし、その逆も然り、ということになる。両者の間に完全な独立性はないにしても、基本的には独立な概念として扱い、両面での努力を続ける必要があるということだ。