感性投影説 ユーザビリティと感性

最近、ユーザビリティの世界で感性が話題にのぼることが多い。Norman, D.A.のEmotional Designの影響もあるだろうが、それ以前からJordan, P.はpleasureの重要性を強調してきた。さらにISO9241-11やISO13407ではsatisfactionが重視されており、感情ないし感性の側面が利用者にとって重要であること、そしてユーザビリティというものが客観的に測定できる面だけでなく主観的な面も持っていることが、多くの人々によって強調されてきた。僕自身も日立のデザイン研究所にいた1990年代から、操作性、認知性、快適性という三つの側面がインタフェースデザインで重要であると強調してきた。

しかし、この感性という概念はなかなか捉えどころがない。時にはコンピュータをぬいぐるみの姿にすることを語る人がいるし、時にはMozartの創作の秘密に関連づけて語ろうとする人がいる、また時には冬場に中古車のエンジンが一発でかかる嬉しさのことを語る人がいる。感性工学に関する研究でも、その定義はさておいて、という出だしのものが多い。目標概念の定義をせずに本文を語りだすなんていうことは、普通の研究領域では許容されないことだが、このあたりに、感性研究の特殊性と難しさがあるといえるだろう。

感性が語られるとき、対象となる人工物の特性として話をしている場合と、受け手となる人間の側のプロセスとして話をしている場合とが混同されてしまっていることが多い。基本的には後者のように、人間の側で起こっているなにものかのことだと思うのだが、感性のある製品を、などという場合には前者ということになるだろう。この点については、僕は感性品質と感性体験という概念を区別する必要があると考えている。要するに刺激としての感性品質があって、それが反応としての感性体験を引き起こすという、行動主義のS-Rの図式、つまり刺激と反応という図式と同じである。

ところで、こうして感性品質と感性特性を区別した場合、はたして感性品質という品質特性はいかなるものなのか、ということが問題になる。こういう時、iPhoneの格好良さを引き合いに出す人もいる。あの形状、色彩、材質、そしてインタラクションの目新しさはたしかに格好良さや斬新さを演出しており、それが感性品質だ、ということはできるだろう。

しかし、人間の情報処理の仕組みを考えてみると、感性品質はまず形態や色彩、材質感などの側面について知覚され、その後にその品質を評価する認知プロセスがくる。インタラクションについても、認知プロセスによって理解され、その後にその評価が行われると考えるべきだろう。いいかえれば、感性品質というものがあるとしても、それを直接認知するプロセスがあるのかどうかはわからない。むしろ、ユーザビリティの善し悪しや信頼性の善し悪しなど、多様な品質特性を評価する認知プロセスがあり、その結果が時に感情プロセスとの関係において感性体験を引き起こす、と考えるのが自然だろう。

こうして考えた時、品質特性というものは、人間の認知プロセスの結果、頭の中で再構成される概念であるといえる。ユーザビリティしかり、信頼性しかり、そして感性品質しかり、である。ただ、感性品質の場合にやっかいなのは、それが直感的に見ただけでも感性体験を引き起こすように感じられるため、対象である人工物に内在しているように思える点である。いいかえれば形態や色彩のように、人工物の属性として存在しているように感じられてしまうという点である。

こうした考え方に対して、僕は感性品質の投影説というものを考えている。投影というのは英語でprojection、すなわちプロジェクタのprojectと同類である。心理学のテストで投影法というカテゴリーがあり、TATとかRorschachなどのテストがある。これらは曖昧な刺激を与え、そこに人間が与える解釈によって、人間の内的な葛藤や動機などを探ろうとする手法である。いいかえれば投影法では、人間が外界の刺激に対して投影した内容から人間の内側を探ろうとしている、ということになる。

どうも感性には、これと同じメカニズムが働いているように思えるのだ。すなわち、人間の感じた感性体験を、対象となる人工物に投影することによって、「そこ」に感じられる特性のことを感性品質と呼んでいるのではないのだろうか、ということだ。

感性体験が、対応する感性品質によって引き起こされるのではないとすると、それは多様な経験の集積によって生み出される情報と感情価(valence)の組み合わせがもたらした結果といえる。そうしたものが対象物に投影されていると考えられる。もしそうだとすると、感性体験を引き起こすためには、多様な品質特性に対応した経験が関係していることになる。

ここでユーザビリティと感性がつながる。つまり、ユーザビリティという品質特性が優れた水準のものであれば、それによって引き起こされる経験の質も高いものとなり、それが他のポジティブな経験と連携すれば、感性体験もポジティブになり、対象物にそれが投影される結果、対象物は魅力的な品質を持っている、と認知されることになる。

そんなメカニズムなど、どうでもいい、という人もいるだろう。しかし、このメカニズムを想定すると、ユーザビリティが結果的には(ひとつの要因としてではあるものの)感性を高めることにつながるということ、少なくともそれを低めることにはならないということになる。これは我々ユーザビリティ関係者にとって重要なことではないだろうか。

公開:2009年9月25日
著者:黒須教授

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