エスノブームの適切な定着を - 3 僕のやり方1

  • 黒須教授
  • 2011年2月17日

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あくまでもご参考にということで、僕のやり方を要約してご紹介しておきたい。この紙面でご紹介できる範囲ということで、かなり絞った書き方になってしまうが、できるだけ2011年中にと考えつつ、産技大の安藤昌也さんとエスノに関する書籍を近代科学社から刊行する予定でいるので、それが出た折には、是非ご一読いただければ幸いである。

まず焦点課題の設定とリサーチクエスチョンの用意である。研究目的は明らかだから、そこはどうでもいいだろうと思われるかもしれないが、ちょっと待って欲しい。僕の考え方では、「~すること」のレベルに焦点課題を抽象化する。たとえば、ある機器やシステムやサービスの開発や改善が課題になっていると、それをダイレクトに焦点課題にしてしまいやすい。しかし、ここに人工物発達学(ADA)の視点を導入し、それらの機器やシステムやサービスが「どのようなこと」を支援しようとしているのかを考え直し、さらに、その「こと」については、他にどのような人工物があり得るのかを考えてみることが重要だと思っている。それらの人工物のなかで、特定のものが利用された理由を考え、逆にそれ以外のものが利用されなかった理由を考えてみることで、焦点課題を深めることができると思っている。リサーチクエスチョンについては、そうした考察から自然に生まれてくるものもあるし、それ以外の観点を導入することで生まれてくるものもある。基本的に半構造化インタビューが適切だと考えているが、その際には、リサーチクエスチョンは一応書き出しておくものの、インタビューの最中にそれを見たりはしない。できるだけ自然なインタビュー状況を作るには、そうしたことは頭の中に入れておくべきだからだ。インタビューの最後になって、改めて頭のなかを整理して、聞き落としがなかったかを反省する、その程度で良いと思う。

フィールドエントリーについては、ある程度、地域や属性を整理しておく必要がある。理想的には理論的サンプリングを行い、理論的飽和ができるまで調査を継続するのが望ましいが、現実には特に時間的制約のためにそれは無理に近い。だからあらかじめサンプル属性などを考慮して、インフォーマント(サンプル)の確保を行う。この際に幾つかのやり方がある。ひとつは自分の知人を介して、知人の知人というネットワークを利用してインフォーマントを集めるやり方。もうひとつは現地のキーパーソンや組織を見つけて、その紹介で連鎖的にインフォーマントを集めるやり方である。ただ、これはなかなか難しい。そこで容易な手法として、調査会社にインフォーマント紹介を依頼するというやり方が考えられる。ただ、調査会社を利用した場合には、それが調査会社に登録した人たちであり、したがってある程度積極的に調査に協力しようとするモチベーションをもっており、また調査会社との連絡手段としてネットを利用している場合があるという点に注意する必要がある。そうしたバイアスを避けるために、複数のサンプリング法を併用することができれば、それが望ましい。たとえば、調査会社で集めたインフォーマントに、知人を紹介してもらう、などである。

フィールドにでかけたら、いきなりインフォーマントと会うのでなく、レンタカーを借りるなどして、ある程度、その地域をまわり、生活環境に関するおおよその予備知識を得ておくのが望ましい。インフォーマントと会う場所は、現場主義の考え方からすれば、その家庭や職場など、人工物を利用している現場を選ぶのが望ましいが、それが困難な場合には、フォトダイアリーを併用するといい。つまり、人は、自分のテリトリーに他人が入ってくることには抵抗があっても、それを写真に撮ることについては抵抗感が低くなるという傾向がある。そのデジカメデータをUSBメモリなどに入れて持参してもらうことで、喫茶店などでもそれなりの調査を行うことができる。もちろん、その場合には、持ってきてもらった写真を見ながら説明を聞くことを忘れてはならない。

持参する道具としては、ICレコーダが必須である。最近はPCM録音のものも多いが、聞き取れればよいのでMP3のものでも構わない。あとは約束した時間、これは僕の場合、インフォーマントの疲労などを考慮しておおよそ2時間というように設定しているが、それを確認するために、腕時計を外してテーブルに置いている。また写真をUSBメモリやデジカメに入れて持ってきてもらう場合には、それをコピーするためにノートパソコンが必要となる。あと、固有名詞や数字(年代など)がでてきた場合のため、簡単なメモ道具があった方がいい。そうしたことを忘れるのはインフォーマントに対して失礼になるからだ。

残りは次の回にまわすことにする。

(続く)