エスノグラフィをビジネスに応用する際の注意点

エスノグラフィック調査におけるインフォーマントの数は、焦点課題のサイズに比例する。少数サンプルの情報から一般化した結論を導くのは間違ったアプローチというべきだろう。

エスノグラフィックアプローチはHCD関係者にとって、すでに馴染みのある手法になったかもしれない。ただ、エスノグラフィック調査をやるのはいいけれど、ビジネス的な応用場面では時間の制約があるから、一般的には少数サンプルで情報を得ることになるので、そこから強引に一般化した結論を導こうとするのは、間違ったアプローチというべきだろう。

サンプル数の少ないエスノグラフィ調査の注意点

マリノウスキーもレヴィストロースも、トロブリアンド島やブラジルというフィールドに長期滞在していたから、サンプル数からいえば相当数の情報を集めたことになる。それであのような性行動や親族構造に関する一般化や理論化を行っているわけだ。

そうした観点からすれば、質的調査法は少数サンプル(インフォーマント)しか使いませんので、などという言い訳をいって澄ました顔をしていることはできない。もちろん必要なインフォーマントの数は、調査の目的、というか、調査結果をどのように利用しようとしているかによって異なるが、企業的な立場から言えばマスマーケットを目指すことが多いわけだから、やはりインフォーマントの数が少ないと問題になる。

言い換えれば、エスノグラフィ調査をビジネス目的で実施する際には、かなりの程度、属性や焦点を絞り込んでおかないと強引さだけが鼻につく結果となってしまうだろう。たとえば焦点を「若い世代に」と設定するような程度ではまだ広すぎる。理論的サンプリングをする際にも焦点課題と属性との関係を考えて、そのなかでの理論的飽和を考えるべきであり、何とはなしに「現在、人々に受け入れられる情報機器のあり方を調査します」などという設定をしてもバイアスが強くかかりすぎた分析しか行えないだろう。「震災被災者の」といった設定も考えてみれば広すぎる話だ。そのテーマについてまとめるには少なくとも数十人規模のインタビュー調査は必要になるだろう。いや百人は軽く越すことになるかもしれない。

エスノグラフィック調査のおもしろさは個別事例にそれなりのマイクロロジックが見いだせるところにある。その結果はとても了解性が高く、なるほど、とうなづくことも多いだろう。しかし、そうした了解体験をすることが調査の目的ではない。個性記述的なイディオグラフィックな研究であればもちろんそれでも結構なのだが、ビジネス的な目的では基本的に法則定立的なノモセティックなアプローチを取ることになるわけで、個別事例を的確に把握できたからといって、それで完了するものではない。インフォーマントの数は焦点のサイズに比例すると考えるべきで、数人から十人程度のインフォーマントで済むエスノグラフィックな調査は、かなり焦点を限定したマイクロエスノグラフィに限られるのだと考えておくべきだろう。

データ収集前の準備や、結果のまとめ方にも問題あり

このあたり、どうも最近はすごく誤解されてしまっているような気がしてならない。これはワークショップの流行とも関係しているように思う。短時間、せいぜいが1日か2日のセッションでデータ分析をしたりするけれど、そもそものデータ収集にどれだけの時間を割いているのか、またその前の焦点設定やそれと関連したインフォーマントの属性に関する検討にどれだけの時間を割いているのかが問題だ。ビジネス関係者が時間に追われていて、簡易な手法に魅力を感じることは分かるが、やっても意味のないエスノグラフィック調査であれば、せっかくの貴重な時間を無駄にしていることになる。

さらに指摘しておくべきことは、多数のインフォーマントから情報を得たときの結果のまとめ方、つまりコンソリデーションのやり方が十分に確立していない点である。文脈におけるデザイン手法を提唱したHoltzblattの講習会にでた時も、そのあたりは直感によってササッとやってしまう感じだったのだが、そこに直感をあまり入れすぎることは、せっかくのエスノグラフィックなデータを無視した強引な仮説構築が入り込んでしまう可能性につながってしまう。このコンソリデーションについて最適な手法がまだ知られていないということが、ビジネス的な目的でエスノグラフィック調査を実施する場合の最大の課題ということができる。この点については、川喜多二郎のKJ法の本にもどって、改めておさらいをするべきかもしれない。

Original image by: Jon Ingram

公開:2013年9月11日
著者:黒須教授

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