ユーザとは???
TC159のSC4にUsability Ad Hocグループが設置され、ユーザビリティに安全性(safety)を含めるか、利用する(use)と相互作用をする(interact with)という意味の違い、ユーザの定義をどうするかどうかなど、幾つかの根本的なテーマが議論されています。
2010年の夏にTC159のSC4にUsability Ad Hocグループが設置され、ISO 9210への関連規格の統合にともなって、関連する概念を見直そうという活動を行っています。メンバーは随意参加ですが、現在は、イギリスのNigel Bevan, Susan Harker, Jonathan Earthyなど、アメリカのJames Williams、ドイツのTomas Geis、そしてSC4の日本メンバーの一部です。
このAd Hocグループでは、ユーザビリティに安全性(safety)を含めるか、目標(goal)という言葉よりは規定された結果(specified outcome)とか意図された結果(intended outcome)という言い方の方が明確な表現といえるか、利用する(use)と相互作用をする(interact with)という意味の違い、ユーザの定義をどうするかどうかなど、幾つかの根本的なテーマが議論されています。
その背景には、情報処理に関わるJTC1と人間工学に関わるTC159との積年の非融和的関係が影響しているように思います。
JTC1というのは、Joint Technical Committee 1 for Information Technologyのことで、ISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)の合同技術委員会で、アメリカのANSIが事務局になっています。TC159というのは、ISOのTechnical Committee 159で、日本では日本人間工学会が事務局となっています。ご存じの方も多いでしょうが、ユーザビリティ(使用性)の定義がISO/IEC 9126とISO 9241で異なっているのもこのように、違った母体によって審議されてきたという経緯が関係しています。なお、Nigel Bevanは両方をバックにして考えているようで、しばしばJTC1の考え方をTC159の考え方に導入しようとするような発言をしており、それが議論をホットなものにしています。
たとえば安全性との関係については、伝統的に人間工学を背景とするTC159ではそれをユーザビリティから除外して考えてきた(そのため、日本の関係者には安全性を除外して考えようとする人が多いようです)のですが、Nigel Bevanはそれを入れることにこだわっているようですが、James Williamsや私は、Usabilityの中に安全性だけを含めるのではなく、安全性を含む他の品質特性(信頼性や互換性など)との関係、さらにはUXとの関係を総合的に考えるべきだという意見を呈示しています。またUXとの関係で、満足感(satisfaction)や快適性(pleasure)についても議論のなかに入ってきています。
さて、現在ホットなのがユーザ(user)、操作者(operator)、受益者(beneficiary)をどのように区別し、また定義するかということです。これまでTC159では、ISO 9241-11:1998では
user (ISO 9241-11:1998) – individual interacting with the system
と定義しており、ISO 13407:1999でも同じ定義を使ってきました。しかし、ISO 9241-110では、
user (ISO 9241-110:2006) – person who interacts with the interactive system
と変わっており、一方、ISO9241-210では、
user (ISO 9241-210:2010) – person who interacts with the product
と定義しています。ただし、usabilityの定義のなかでは、ISO 13407ではその対象をa productとしておきながら、ISO 9241-210では、a product, system or serviceというように変えています。つまり、usabilityの定義とuserの定義における対象が同じ規格の中で違っていること、さらにその他の規格間でも違っていることが問題となったのです。ちなみに他の規格ではISO 9241-110のinteractive systemのところを変えて、
user (ISO/DIS 28803:2009) – person who interacts with the product, service or environment
としてみたり
user (ISO 26800) – person who interacts with a system, product or service (ISO 9241- 110:2008, 3.8, modified)
としています。
さらに操作者という概念はISO 1503のように
operator (various TC 159 standards) – person or persons given the task of installing, operating, adjusting, maintaining, cleaning, repairing or transporting machinery (EN 292-1)
となっています。given the taskという点で、どちらかというと受動的に指示にしたがって対象を取り扱う人、というニュアンスです。
要するに、とても混乱した状態になっているのです。
これを整理するためにNigel Bevanが提案したのは、ISO 25010にある定義(ISO/IEC15939:2007)を援用することで、そこでは
user: individual or group that benefits from a system during its utilization
としておいて、さらに
direct user: person who interacts with the product
primary user: person who interacts with the system to achieve the primary goals.
secondary user: person who provide support for a system
indirect user: person who receives output from a system, but does not interact with the system
のように、まず直接ユーザと間接ユーザを区別しておき、さらに前者を一次ユーザと二次ユーザに分けるという考え方が呈示されています。
これに対して、James Williamsは、間接ユーザに関わるのはユーザビリティではなくサービスであると主張しています。彼の考え方ですと、MRIを操作する検査技師も検査結果を使って診断をする医師もユーザですが、診断される患者は受益者であることになります。
私自身は、たとえば、自分で検温のために体温計を咥えている患者と、検温のために看護師に体温計を口に入れられた患者を区別することは、見かけ上は全く同じでも能動性という点で違っていると主張できるとは思いますが、それと同じような観点からユーザと受益者を厳密に区別することは困難で、むしろISO25010のように、すべてをユーザとしてしまった方がいいように思っています。今後の動静については、また機会を改めてご報告します。