ユーザビリティやUXとアカデミア

HCIの国際会議に対して求めるものが、アカデミアの人と産業側の人で大きく異なっているのではないか。そして現在の国際会議はアカデミア側のニーズを満たすことに偏っているのではないか。

 HCIの領域は、古典的な言い方をすれば、コンピュータ系の技術者とユーザビリティ系の関係者、それにデザイナから構成されているといえるだろう。最近では、マーケティングとの境界が曖昧になったり、各領域の相互乗り入れが盛んになったりして、実態を明確に区分することは難しくなっているが…。ただ、そこにアカデミックな研究活動の重要性をどのように捉えるかという視点を導入すると、結構明解な区分が可能になる。

 最近、APCHIに関連したワークショップに何回か出席したが、出席者の多くは技術系であり、かつ大学の研究者だった。彼らが特に問題にしていたのは、アカデミアにおける権威性であり、その権威のもとに自分の業績が認められることだった。業績を公的に認知してもらうことは、彼らの昇進や転職の際に必須な要件だからである。

 そのため、彼らは自分の論文や国際会議での発表がElsevierのSCOPUSやThomsonのWeb of Scienceのようなデータベースに登録されることをとても重視している。これらのデータベースはサイテーション・インデックスともいわれていて、一般に利用できるGoogle Scholarも同様の機能を持っている。要するに、まずは公的に自分の発表が登録され、それに対する引用関係が計測され検索可能になれば、自分の発表の意義の大きさを他人に確認してもらえることになる、という訳だ。

 一方、日本の大学では、業績のカウントは単純に数で行われる傾向がある。特に複数の分野が関係する学部や研究科での業績については、どの学会に権威があり、どのジャーナルの採択率が厳しいかといったことをお互い熟知することが難しいのも事実である。その結果、あまり有名ではない国際会議に発表してみたり、紀要かどうか判別しにくいところに論文を出してみたりすることが起きてくる。また、関係者の名前を著者欄にずらずら並べてみたり、類似の内容でとにかく数多く発表をしようとするようなことが起きてしまうことにもなる。

 しかし、アジアや太平洋地域の他の国々では日本よりも事情は厳しいようだ。昇進や転職の際に、日本におけるような「一本釣り」ということはまず無いというし、アカデミアで生きてゆくには自分の業績を公的な基準で確認できるようにしておくことが絶対に必要なことのようである。そのため、インパクトファクターという指標にもとづいて、引用される頻度が高いと判定された国際会議や雑誌に掲載されることが重視される。ただ、インパクトファクターには、たとえば狭い領域のなかで相互に引用することが多発すると、自然に高い値になってしまう傾向もあり、本当にその会議や雑誌が有意義で重要なことを反映しているかどうかについては疑問の声もある。

 ともかく、アジア太平洋地域の研究者と話をしていると、彼らのあまりの拘り方にいささか辟易する程である。しかし、当然のことだが、そういう考え方をしている研究者たちは、データベースに登録されないような国際会議や雑誌には投稿しようという気持ちが起きない訳である。だから参加者を多く集めたいと考える国際会議の主催者は、サイテーション・インデックスへの登録を重視することになる。

 しかし、こうした傾向はあくまでアカデミアで生きていこうとする人たちの考え方であり、また特に技術系の分野の人たちの考え方であることに注意しなければならない。

 たとえばユーザビリティやUXの分野で活動している人たちの多くはアカデミアではなくインダストリー、つまり産業界の人たちである。企業に勤めていても、ある年齢になったら大学に出よう、という考え方の人たちは、アカデミアの人たちと競うことになるので、同様の基準で自分の業績を積み上げて行くことも必要になるが、実戦活動をしながら企業で生きていこうとする人たちにとっては、上記のアカデミックポイントはあまり意味がないだろう。こうした人々にとっては、国際会議に参加することのメリットは、その「権威ある会議」で発表できるかどうかということよりも、様々な人に会って、色々な活動のやり方を聞き、議論できるという点にある筈だ。またデザイナにとっては、自分の作品やコンセプトをより多くの人に伝え、その人たちのフィードバックを得ることにあるのだと思う。

 要するに、HCIを構成する3つの古典的分野のうち、学会や雑誌の権威性に拘る人々の多くは技術系であり、アカデミアの人たちだけであり、ユーザビリティやUX、そしてデザインをやっている人たちとは考え方が違っているわけである。それにも係わらず、国際会議の主催者が会議の権威性を高めようと努力するとしたら、それは「国際会議のユーザのニーズ」の一部しか把握せず、それを拡大してしまっていることになる。また現在の国際会議では論文発表が重視されているが、それはアカデミアの発想からくるものでしかなく、ユーザビリティやUXの関係者にとってはたとえばワークショップのような形式が、またデザイナにとってはデザイン展示のような形式が望ましいものとも考えられる。そうだとすれば、論文発表を中心に据えてワークショップや技術展示などを周辺的なイベントと位置づけている現在の国際会議の作り方は根本から見直す必要があるといえる。もちろん、会議の成否は財務的な成功にも関係しているから、それぞれの分野からどれだけの人数が集まるかによって、会議の構造が影響されることになるともいえるのだが。

公開:2012年5月9日
著者:黒須教授

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