ユーザビリティは古くさくなったのか

ユーザビリティとマーケティングは、ある程度の距離感を保つようにする必要があるのかもしれない。企業側のスタンスにたつマーケティングと、ユーザ側のスタンスにたつユーザビリティ活動とは、むしろ対極的な位置づけのものであることを再認識する必要がある...

 最近、「ユーザビリティ活動をしています、と言うと、何か一時代前の活動をしているようで、最新の活動をやっていないように聞こえてしまうのが気になっている」といった声を耳にする。世の中に、たとえばUXというような新しいキーワードが普及してくると、それ以前に注目を集めていた言葉が古くさく感じられ、さらにその意味もないように感じられてしまう、という傾向は、ひとつの流行現象としては理解できる。

 ユニバーサルデザインもそうした埃を被ってしまった言葉である。一昔前は、何につけてもユニバーサルデザインという言葉が連呼され、どこがユニバーサルデザインなのか分からないものまでそう呼ばれていた。ユニバーサルデザインの場合には、その盛りが強かっただけに、その分、それが凋落してしまったかのように響いてしまうことがある。

 人間という動物は、新規性を求める。それは時には純粋な好奇心であり、時には慣れてしまったものに対する飽きであり、時には新しいものが何か知らないものを提供してくれるのではないかという期待によって生じる。純粋な好奇心は、その実体が把握できたと感じられた時に弱くなる。飽きは、それを長期間利用しつづけたことによって生じてくるもので、その反動が新しいものに対する期待につながる、といえる。だから年がら年中与えられた環境に暮らし、同じ餌を食べている動物園や水族館の生き物に対しては、良く飽きずに生きていられるなあ、まあレベルの低い動物たちだからそれでもいいんだろう、と考えたりする。たしかに数々の生物種のなかで、人間ほど新規性を追求したがる生き物はいないだろうし、それがまた人類の進歩を生み出してきたとも考えられる。

 ただ、飽きという心理現象と、そのモノの価値や必要性とは別であることを十分に理解する必要がある。市場に出回っている商品は、マーケティング関係者の「努力」によって次々と新しいものになってゆく。野菜や果物でも、新種を開発し、それが市場に出回ってくる。しかし、それは本質的な価値を高めることにつながっているのかどうか、逆に、単に消費者の新規性欲求を刺激しているのではないかという点に注意しなければならない。商品の本質的な価値というのは、良く考えると不可解な部分もあり、人間が新規性を求める動物である以上、ある面では新規性は本質的な価値の部分であるともいえる。

 新規性には、駆逐型と拡張型がある。駆逐型の新規性は、新しいものが従来のものに取って変わるパターンで、いま述べた市場における商品の新規性はだいたいにおいてこの種類である。拡張型の新規性は、従来あるものに新しいものが積み上げられ、全体としての拡張が行われて行くものである。

 アカデミアの分野でも新規性は重要とされていて、新規性は論文審査や学会審査において重要なポイントになっている。ただ、多くの場合、新規性は拡張型であり、従来の知見を土台にして、そこに新たな視座を構築する、といったパターンのものが多い。従来のパラダイムをひっくりかえしてパラダイム変換を起こすような研究は、そう滅多にでてくるものではない。

 反面、デザインやアートやマーケティングの分野では駆逐型の新規性が特に、また常に重視されている。デザインやアートの世界では在来のものを転覆させるような新しさそのものに価値があると考えられがちだし、マーケティングでは製品やサービスに駆逐型の新規性を付与し、市場を開拓できるようなアプローチに価値があると考えられている。

 ここにユーザビリティやユニバーサルデザインからUXへ移行してきた理由がある。なお、ここでいうUXは、筆者が従来から指摘しているような独立変数から従属変数へのパラダイムシフトというようなものではなく、流行語としてのUXへの追随傾向のことである。さて、ユーザビリティやユニバーサルデザインという考え方は、本来は拡張型の新規性として機能重視、技術中心的な製造業のなかに登場したものである。いいかえれば、ユーザビリティやユニバーサルデザインは、機能性を否定するものではないし、技術の重要性も認識していた。しかし、ユーザビリティやユニバーサルデザインがマーケティング分野との融合によって、マーケティングアプローチの「ひとつにすぎない」ものとみなされた結果、「古くなってしまった」ものと考えられて駆逐され、人々の関心がUXというキーワードに移ろったのだといえる。しかし、その実態は、ユーザビリティやユニバーサルデザインという基盤の上に、従属変数としてのUXをも重視しなければならない、と考えられるようになってきたもので、ユーザビリティやユニバーサルデザインは、たしかに時期的には既にある程度の時間を経てきてはいるものの、別に古くなったからいらないもの、という訳では決してない。

 こうしたことから考えると、ユーザビリティとマーケティングの接近は、ある点では効果的であったかもしれないが、両者の性質の違いや目標の違いを再認識すると、ある程度の距離感を保つようにする必要があるのかもしれない。特に、HCDという表現がUCDという表現を追放してしまった感のある日本では(その責任の一端は、人間中心設計推進機構のネーミングにもあるが)、企業側のスタンスにたつマーケティングと、ユーザ側のスタンスにたつユーザビリティ活動とは、むしろ対極的な位置づけのものであることを再認識する必要があるだろう。

公開: 2012年6月25日
著者: 黒須教授

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