日本におけるHCI研究の特異性
日本におけるHCI研究の特徴は、インタフェース技術関連が多い一方で、社会関連のものが圧倒的に欠落している点だ。日本の研究者は、もっと自分の周辺を見渡し、生活や社会における課題発掘に力を入れて行くべきではないか、と思われる。
Parisで開催されたACM SIGCHI 2013に出張してきた。この学会は、HCIに関連した学会では世界のトップクラスと言われている。もっともそれは採択率が低いことから言われているような傾向もあり、即ち、重要な発表ばかりであるということにはならない。採択されやすかった論文、たとえば新規性が高く、英語がきちんとしていて、データ処理がきちんとしており、考察が論理的であれば、採択される可能性は高くなるわけで、特に新規性については、それイコール重要性ということにはならないから注意は必要である。
ともかく、そのプログラムを使って簡単な集計調査を行ってみた。つまり、まず日本人が発表者に含まれているものについて、そのセッションタイトルをまとめ、セッションタイトルをカテゴリー化して、その傾向を見た。次いで、日本人が発表者に含まれていないセッションタイトルをカテゴリー化して、その傾向を前者と比較した。カテゴリーとしては、任意のものだが、技術、デザイン、人間、評価、教育、ゲーム、社会というものを設定した。論文の内容をきちんと全て読んで書いた訳ではないので、結構誤って分類してしまったものもあるかとは思うが、大凡の傾向は明らかにできたように思う。
インタフェース技術関連が多い、日本のHCI研究
その結果、やはり予想どおり、日本人が発表者に含まれているものは、インタフェース技術関連が多いことが確認された。具体的には、技術系セッションとして、enhancing access, 3D user interfaces, multitouch and gesture, flexible displays, smart tools smart work, reflecting on phones, video communication, sensing touch, displays everywhere, touch interaction, haptics, design for developmentなどがあった。筆者は、日本のHCIの技術系の研究が、新しいガジェットの開発に集中しており、必ずしも実際にどのような場面でどのような人々にとって有効なのかが確認されておらず、悪く言えば研究者の自己満足のためのものになっているような気がしていたが、どうもそうした傾向が裏付けられたように思った。
なお、技術展示のコーナーでは、日本人の発表は見つけられなかったが、基本的にアートやエンターテイメントのコーナーとなっており、日本で多く研究されているものは、こうした形での具体化が基本になるのではなかろうか、という気もした。その他、デザインではtemporal design, design lessonsというセッション、人間としてはmental health, nature and nurture, visual perception、評価としてevaluation methodsなどが含まれていた。
社会関連の研究の欠落
次に、日本人が発表者に含まれていないもの、つまり日本のHCI関係者にとってはまだ新規な領域といえるものを見てみると、たしかに技術系のものもあってgaze, language and translation, large and public displays, interacting around devices, gesture studies, manipulating video, full-body interaction, novel programming, tactile experiences, studying digital artifactsなどなどのセッションがあった。
しかし、(編注: 日本のHCI研究に)特徴的だったのは、圧倒的に社会関連のものが欠落している点だった。社会に分類したセッションには、managing social media, interaction in the wild, crowdsourcing people power, crowd work and online communication, crowds and activism, design for the home, social creativity, sustainable energy, public displays, ethics in HCI, developing the world, collaborative creation, social tagging, crime and conflicts, consent and privacy, sustainabilityなどが含まれており、SNS関連だけでなく、犯罪やプライバシー、サステイナビリティなどの領域も含まれていた。
その他、ゲームについてはexploring games, game designというセッションがあり、人間についてはtechologies for life, learning, tables and floors, impairment and rehabilitation, clinical settings, communicating health, aesthetics and the web, passwords and errors, food and health、narrative and mentality, autism, spirit and mindなどが含まれていた。人間の中には健康に関連したものが結構あり、ユニバーサルデザイン関係のものも多かった。ユニバーサルデザインは日本でも活発な筈だが、関係する人たちはSIGCHIには発表しない傾向があるようだ。
SNS関連だけでなく、犯罪やサステイナビリティなどを含む社会に関連した発表や、人間関係でも健康や障害に関連した発表が多いという傾向は、ICTがあらゆる生活場面に入りこんでいる現在、ある意味で当然の広がりと言えるのだが、残念ながら国内のHISでもこうした発表はまだ少ない。しかし、こうした問題は、日本人あるいは日本社会にとって無縁のテーマではないので、今後の活発な研究が望まれるものである。
欠落の原因
こうした状況になっている原因は、私見では、各応用領域の研究者がHCIとの関連性を意識せずに研究しており、またHCI研究者もそうした応用領域があることを知らずに研究していることがあると思う。特に米国あたりでは、HCI関係者の人数も多く、それぞれが貪欲にテーマ探しをしていることから、そのようなコラボレーションが生まれているのではないか、対して、日本ではまだまだHCIは少数派だし、しかも情報系の研究領域と思い込まれていることが作用した結果、そうしたコラボレーションが生まれにくいのではないかと思われる。
また、もう一つ考えられるのは、MITメディアラボの影響だ。Machine Architecture Groupと呼ばれていた時代のビデオやMedia Labとなってからのビデオは、国内で相当数コピーされたりして出回った。吉成真由美やStewart Brandの紹介本も出回り、何より当時の所長のNicholas Negroponteの旺盛なPR活動もあって、1990年前後、日本人のメディアラボ詣では習慣化していた。先方も日本をターゲットの一つとしていたようで、特に日本への影響が強い結果となった。僕もその一人として3回も訪問したことがある。そこで提示されたデモンストレーションの数々はインタフェースの未来を予見させるものが多く、それらが日本人のHCI研究に強い影響を与えたことは間違いない。もちろん、SIGCHIの大会で展示されたデモンストレーションや、それらを収録したビデオも日本人に影響したはずだ。こうしたことがあって、日本のHCI研究が、新規な発明を志向することを重点化するようになったといえるだろう。
その意味で、日本におけるHCI研究者は、これまでのアプローチにこだわらず、もっと自由な発想をもって自分の周辺を見渡し、生活や社会の諸相における課題発掘に力を入れて行くべきではないか、と思われる。
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Original image by: David Mellis
黒須教授のユーザ工学講義「日本におけるHCI研究の特異性」 http://t.co/D1NPMdKp3D 日本におけるHCI研究の特徴は、社会関連のものが圧倒的に欠落している点だ。日本の研究者は、もっと自分の周辺を見渡し、生活や社会における課題発掘に力を入れて行くべきではないか。
— U-Site編集部 (@UsabilityJp) June 16, 2013