身体的インタラクションと認知的インタラクション

人間は、外界の刺激を単に受容するだけでなく、そこに投映というメカニズムでリアクションを行うことができるわけであり、それは認知的インタラクションと言えるだろう。この考え方は、HCI、つまり、人間とコンピュータのインタラクションを考える時にも重要なものだろう。

これまで僕はインタラクションを説明するときに、それがアクションとリアクションの組合せであるとか、「やり」と「とり」からなるやりとりだと言ってきた。今でもそのこと自体に異議はないのだが、暗黙のうちに何らかの身体的操作、つまり手や足や身体の動作や音声による発話、さらには視線移動や瞬きなどの微細な身体的変化のことを考えていた。

しかし、日本感性工学会の椎塚会長から送っていただいた論文を読み、特にそのなかに「インタラクションのとらえ方を『可視的対象物』に広げる」という表現があり、ちょっと目から鱗的な気持ちになった。

それは僕が主張している経験工学のなかに含まれている感性的特性の投影モデルと関係している。もともと投影や投射(projection)という概念は精神分析学のもので、丸善の心理学辞典(2004)によると「防衛機制の一種。耐えがたい感情、衝動、思考を不当に他者に帰属させること」となっている。ここでは「不当に」といったネガティブな意味合いが強くなっているが、僕が用いている投影という概念は時に投映とも訳されるprojectionのことで、投影法という心理検査法の考え方に近いものである。投影法(投映法)については、平凡社の心理学事典(1981)では、

投映法の刺激素材の条件とは・・多少とも未分化、未組織、不完全、多義性、あいまいさを備え、被検者固有の素質にもとづいた判断や想像(意味づけ)を加えなければ完成されない性質をもつことである。そして、このような刺激を被検者がいかに受けとるか(判断の仕方や連想の内容)、どのようにして反応を形成するか(表現の形式および内容)などの中に、性格傾向や願望や葛藤などが多く反映されることになる。ここでいう投映とは、このような人格の反映を指しており、精神分析用語としての投射(影)より広義に用いられている

と説明されている。比較的最近の2002年に刊行された共立出版の認知科学辞典でも、ほぼ同様の説明がなされている。

僕の考えている投影は、この投映法における投映の概念に近いが、それをもう少し一般化したもので、敢えて定義を試みれば「刺激を認知した時に喚起された情動が、認知対象に対する感情的意味づけを行うこと」と言えるだろう。この説明をするために、暗雲たちこめた写真を提示して、客観的に見ればこれは暗い雲だが、憂鬱な気持ちになっている時であれば不吉さを感じるかもしれない、と書いたり、日の出の写真を提示して、客観的に見ればこれは朝日が昇っている景色だが、ここに希望を感じる人がいるかもしれない、と書いたりした。

先の椎塚氏の「可視的対象物」という考え方を拡大解釈すれば、これらの写真はすべて可視的対象物であり、しかもそこに感情を投映している(することができる)。この点をさらに推し進めると認知的インタラクションという考え方になる。つまり、人間は、外界の刺激を単に受容するだけでなく、そこに投映というメカニズムでリアクションを行うことができるわけであり、それは認知的インタラクションと言えるだろう、ということだ。通常、インタラクションという場面を想定したとき、主体は人間の側にあって、アクションは人間が行い、リアクションは人工物なり他者が行うものと考えられているが、ここではそれが逆転している。

この投映の考え方をさらに拡大すれば、認知的解釈もリアクションの中に含めることができる。こうすると、名画を見て美しいと感じている人も、大好きなメロディを聴いてそこに感情の高ぶりを感じる人も、幾何の問題を解こうとして補助線をどう引こうかと考えている生徒も、また、ポンチ絵を見てその中に意味を読み取ろうとすることも、すべて認知的インタラクションといえるだろう。

要するに身体的変化を伴う身体的インタラクションに限定せず、特に感性や感情の動き(さらには知的な操作)が作用する認知的インタラクションもインタラクションとして考えることができるだろう、ということになる。この考え方は、HCI、つまり、人間とコンピュータのインタラクションを考える時にも重要なものだろう。これまでHCI関連の学会に出されていたインタラクション系の研究は、基本的に身体的インタラクションを伴うものがほとんどだったと思う。しかし、認知的インタラクションという視点を置くことによって、研究の可能性が大きく広がるのではないかと思う。

参考文献

椎塚久雄 (2013) “かわいい感情の構造-製品の中におけるかわいさとインタラクション-” 感性工学、特集「製品と感性工学」、11(2), pp.1-11

公開:2013年12月9日
著者:黒須教授

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