テレビCMは顧客サービスになっているか

テレビ放送会社が、視聴者とスポンサー、どちらの顧客の方を向いてサービスをしているかとなると、スポンサーとしか思えないようなことが多い。視聴者は、視聴率を構成するエレメントでしかないような気がする。

民放の番組を無料で視聴できるのは、基本的にはスポンサーが民放各社に支払う広告料にもとづいているということは、多くの人がそれなりに理解しているだろう。無料で視聴できる代わりに、視聴者はCMを見させられている。視聴者はそれをやむなしと受け止めているようではある。

このテレビCMは、基本的には視聴者サービスというよりは、それを装ったスポンサーサービスといえるだろう。放送会社には、顧客が二種類ある。一つは視聴者であり、もう一つはスポンサーである。しかし、主にどちらの方を向いてサービスをしているかとなると、スポンサーとしか思えないようなことが多い。視聴者は、視聴率という数値を構成するためのエレメントでしかないような気がする。そんなことでは視聴者から見放されてしまいそうな気もするが、何とかそこそこのラインでテレビ局の経営は今も続いている。

しかしテレビCMについてのロジックというものが明確に設定されているのか、そのあたりも疑問である。そもそも視聴率というもの、これがどの位信用できるものなのだろう。ウィキペディアの視聴率のページには、その問題点が多数列挙してある。それによると、統計的な観点からも、テレビの保有数(ゼロを含む)に対する考え方にも問題はあるようだ。さらに、そもそもテレビが点いていることとテレビを見ていることの違いも考慮されていない。これはアイカメラを使った実験で、視線の停留点は対象を見ている時と解釈してしまう錯誤に似ている。また、複数の家族がいた場合、世帯視聴率では、家族が皆見ているのか、それとも個人的に視聴しているのかの区別もつかない。

そうした問題点がありながらも、マクロに見れば、いわゆる人気番組というものと視聴率とは大まかな相関はあるようで、まあその程度には信用できるものと考えていいのだろう。10%を切ったからどうのこうのというのは、テレビ局サイドのオーバーリアクションというべきだろう。

このような視聴率がCM料金算定の基準になっているようで、そこにはスポンサーとの駆け引きもあるだろうが、詳細は藪の中で良く分からない。ともかくテレビ局は、オーバーリアクションと言われようが、視聴率上昇のためにいろいろと手練手管を駆使することになり、それがウィキペディアでは番組内容への影響としてまとめられている部分となる。特に気になるのは、肝心なところになるとCMが入り、CMを「見ないと」その部分が見られないような編集になっていること、CMの前にCM後の触りを入れて、視聴者の意欲を維持しようとすること、視聴者の興味を引きそうな部分では特に頻繁にCMタイムが挟まれること、などである。これは番組の質的低下にもつながるし、視聴者を番組というニンジンを鼻先にぶら下げられた馬のように扱っているともいえる。これではとても視聴者にサービスを行っているとは言えないだろう。視聴者を愚弄していると言ってもいい。もっとも、そのCMが視聴者にとって楽しみであり、有益だと思われているなら話は別だ。

で、そのCMだが、CMをスポンサーが作っているケースは極く稀だろう。基本的には広告代理店が絡んでくる。最近は視聴者のテレビ離れの影響からか、予算が削られるようになったらしく、低予算で作成したらしいCMも増えてきた。それは端的にCMの質の低下にもつながっているように思う。つまり、見ることが待ち遠しいテレビCMなど、極めて稀にしか存在していないということだろう。以前は、一つの文化と言ってもいい良質なCMもあったが、最近のものはCMタイムはトイレタイムと言ってしまいたくなるようなものが大多数である。広告代理店の顧客はスポンサーであり、スポンサーというのはテレビ局からも広告代理店からもお客さん扱いされているのだろう。

言い換えれば、特に最近は、視聴者へのサービスを意識したCMはほとんど無いと言っても良いだろう。視聴者のひとりとして見ていてもそんな気がする。しかし視聴者の立場では、無料でテレビを見せてもらっているから仕方がないもの、位の意識しかないとすれば、CMの効果というのはどの位あると言えるのだろう。テレビCMの品質については代理店も色々と調査をしているし、そこに被験者として参加したこともあるが、どういうCMの作り方がどのような効果をもたらしているかを真剣に探ることは、もしかしてタブーになっているのではないか、とも思える。さらにいえば、テレビ番組の視聴率はあっても、CMの視聴率というのは分かっていないし、それを追求することもタブーになっているように思う。もちろん現在のような視聴率の調査方法では、テレビが点いているか、視聴者が見ているかは区別できないから、テレビ局も一安心、というところだろうか。

こうしたことを考えていると、テレビCMは、テレビ局と広告代理店がスポンサーに向けたサービス活動であり、視聴者への効果や恩恵などは考えられていないように思えてくる。視聴者に忍耐を強いている現状を、これら三者は強く反省すべきだろう。

最後に追加すると、最近、自動車の自動停止ブレーキのCMのように、細かい文字が沢山書かれた画面が、とても読み切れないほどの短時間だけ提示されることが気になっている。テレビ番組もそうだが、特にテレビCMについては、人間の文字認知速度を考慮して、画面内の文字数と表示時間に関するガイドラインを設定すべきではないか、とも思っている。

公開:2014年1月8日
著者:黒須教授

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