同調圧力とCM
同調圧力は、多数意見なるものを示すことで一般の人々の意見をそちらの方向に捻じ曲げようという形でマーケティング分野で利用されている。この典型例が「パーセンテージ圧力」と筆者が呼ぶ広告である。
同調圧力
いちおう辞書的な定義を上げておこう。“HRペディア”によると、
「同調圧力」とは集団の中で起こる心理的な圧力で、少数意見を持つ人に対し、多数意見に合わせるよう暗黙のうちにプレッシャーを与えることをいいます。会社生活で言えば、会議中に多数派とは違う意見を言えない雰囲気があったり、多くの人が残業をしているために残業を断れなかったりするケース。同調圧力とは、他の多数派と同じ行動をとることを期待されている状況下で発生するものなのです。一般的にはネガティブな文脈で使われますが、適度な同調圧力は「協調」とも捉えることができ、業務効率を高めるなどのメリットもあります。
ということである。
ここでは少数意見対多数意見という設定になっているが、多数意見なるものを強烈に示すことによって、一般の人々の意見をそちらの方向に捻じ曲げてしまおうという形でマーケティングの分野ではよく利用されている。そもそも新製品は市場に出たばかりであり、多数のユーザがそれを利用したり、いいと思っているとは限らない状況である。そこで、あえて多数のユーザがそれを高く評価しているという情報を与えることで、一般ユーザに、ああ自分たちはまだ情報を良く知らない少数派なんだ、多数派の意見を参考にしていくのがいいんじゃないかな、という判断をひき起こす…こういった形で同調圧力のメカニズムが利用されることが結構多い。
CMへの適用
この同調圧力のメカニズムを典型的な形で使っているのが「パーセンテージ圧力」と筆者が呼んでいる広告である。

図1は、しわ改善クリームの資生堂のELIXIRのものだが、画面中央に「使い続けたい 91%」と大きく表示されており、これを見た人は「9割以上の人が使い続けたいと言っているなら、私も試してみなきゃ」と思うだろう、と広告主は考えている。ただ、注意深い人は、そもそも91%ったって、母数はどんな人たちなんだろう、サンプリングが偏っていたら信じてしまうのは危険じゃないか、と思うことだろう。
それに対しても広告主は手をうっており、画面下部には、「*自社調べ 2023年12月8日~12月14日 エリクシール レチノパワー リンクルクリームの使用感調査において、40代後半~60代前半の女性100名を対象とし、サンプル品使用直後に「今後も使い続けたいと思う」に「そう思う」「ややそう思う」と答えた回答者の割合(回答は4段階評価)。」という注釈が細かい字で短時間表示されてはいる。
しかし、もちろんこの部分に気づかない人もいるだろうし、読もうと思っても小さすぎるし時間も足りない。要するに、一応社会的責任は果たしていますよ、という企業側の免罪符的な表現なのだ。
ただし、心理学を勉強したことがある人なら、どのような手順で調査が行われたのかが気になるだろうし、調査主体がメーカーであるかどうかについてブラインドで(社名を隠して)やっているかが気になるだろう。また4段階評価ということは「どちらでもない」という選択肢が含まれない強制選択なので、ちょっと企業に気をつかってしまって「ややそう思う」と答えた人も、「そう思う」と同等に扱われてしまっていることに疑問を抱くかもしれない。また、91%がポジティブな反応をしたのに対し、残り9%はネガティブな反応をしたわけで、それらの人々がどのような点についてネガティブな評価をしたのかが気になるだろう。
しかし、そうした思いも、一瞬のうちに画面表示が切り替わることから、「91%もの人が」という記憶しか残らないだろうことを考えると、やはりちょっとズルいな、という気持ちにならないでもない。
もう一つの例が図2である。これはライオンのクリニカPRO歯ブラシ アラームハンドルという商品のCMである。

商品の直接の評価ではなく、商品の効果についての間接的なエビデンスとなる情報なのだが、「電動ハブラシによる力の入れすぎは歯ぐき下がりにつながると思う」という意見について、歯科衛生士の88%がそう思うと回答したという内容になっている。
詳しい情報としては「*当社調べ 調査人数:歯科衛生士100名」と画面下部に書かれている。この意見も短時間しか表示されないが、「力をいれすぎるのは良くないことなのか」「歯ぐき下がりになるのは良くないことなのか」「電動ハブラシだからそういうことが起きるのか」といった疑問が湧いてくる可能性はあるものの、短時間でサッと表示が切り替わってしまうために、ともかく88%の歯科衛生士がこのCMの主張に賛同しているのだ、という印象しか残らないだろう。
これまた、ちょっとズルい手口と思えてしまう。筆者などは、常に裏側が気になるので、88%の残りの12%の歯科衛生士はどんな意見を持っているのだろう、というようなことが気になってしまうのだが。
パーセンテージ圧力の使い方
それでは、こうしたパーセンテージ広告はどうあるべきなのだろう。どういう表示の仕方がいいのだろう。
筆者の意見はシンプルなもので、パーセンテージ広告は少なくともテレビCMではやめるべきだ、というものだ。数値表示を素朴に信じ込んでしまうような態度を醸成することは好ましくないからだ。数字の根拠を追求しようとする姿勢を断念させてしまうような時間的制約と表示の細かさは、たんなる免罪符としての性格を浮き彫りにしている。じっくりと文面を読むことができるウェブ広告ならまだしも、テレビCMで使うべき手法ではない、というのが筆者の意見である。