設計品質と利用品質(前編)

人工物の品質特性を、設計品質と利用品質、客観的品質と主観的品質という2つの軸で直交する4領域に分けた。すると、UI/UXという言い方が、製品品質についてUI、利用品質についてUXという形できれいに整理されることにも気がついた。

  • 黒須教授
  • 2015年9月24日

HCI International 2015での議論

今回のタイトルに関連したエッセイは、(最近では「UXの、3つのキーポイント」など)これまでに何回か書いたことがあるが、どうやら話が僕のなかで収束してきたように思うので、その総集編としてここに書くことにする。

2015年8月にLos AngelsでHCI International 2015が開かれ、そこで僕は“Usability – It’s Still Very Important”というセッションを組織し、イギリスのNigel Bevanの参加を求めた。彼はISO 9241-11の改訂版の作業に取りかかっており、テーマ的に最適な人物と思えたからだ。また、ISO/IEC 25010の概念モデルの議論でも積極的に発言し、ISO 9241-11の概念モデルを利用品質の中に含めさせたことでも知られている。彼は“ISO 9241-11 Revised: What Have We Learnt About Usability Since 1998?” (Nigel Bevan, James Carter, and Susan Harker)という発表をしてくれた。僕は、今回の話のベースになる“Usability, Quality in Use and the Model of Quality Characteristics”という発表を行った。

このセッションは、8:00からという朝早い時間帯であったが、タイトルの重要性のせいか50人ほどの聴衆が集まってくれた。その中にはLoughborough大学のMartin Maguireもいて、セッション終了後、翌朝なんと7:00からGer Joyceを含めた4名で一時間ほど臨時の追加討議を行うことになった。全員が会場のホテルに泊まっていたからこそ可能なことだった。

こうしたケースは僕の学会経験のなかでも初めてのことで、いいかえれば、それだけのインパクトを与えることができたという意味で嬉しくも思われた。さらにこの体験は、15分の発表と2、3分の質疑という通常の学会発表の形式では、内容がちょっと頭に入る程度でしか無く、きちんと議論をするためにはさらに1時間近い時間が必要だったということも意味している。しかし、それでもまだ議論は収束せず、帰国した後、メールベースで議論を継続しているほどである。こうした点で、学会という場のあり方についても考えさせられる体験だった。

概念モデルの概要

今回の整理作業の結果、品質特性を、設計品質と利用品質という軸と、客観的品質と主観的品質という軸とで直交する四つの領域に分けることにした。設計品質というのはISO/IEC 25010でいう製品品質であり、僕はこれまで人工物品質と呼んでいたのだが、結局、それは設計の段階で問題になる品質ではないかという気づきから呼び方を変えることにした。すると、これまで僕のなかでは多少否定的に受け止められていたUI/UXという言い方が、製品品質についてUI、利用品質についてUXという形できれいに整理されることにも気がついた。

また、名前のついていない矢印で四つの領域をつないでいたが、それはNigel Bevanが最近主張している知覚された(perceived)品質という考え方と同じであることが分かり、矢印に「知覚」というラベルを付けることにした。

以上が主な変更点である。

設計品質と利用品質

左側に「設計品質」、右側に「利用品質」がある。設計品質には「ユーザビリティ」が、また、利用品質には「満足感」が含まれている。

まず、設計品質と利用品質を区別する必要があると考えた。設計品質は、前述したようにISO/IEC 25010では製品品質と呼ばれていたものだが、その規格がソフトウェアに関するものであることを考慮すると、その考え方を一般化するには人工物品質と呼ぶのが適当だろうと考えていた。ただ、右側を利用品質、つまり、「利用『する時に問題になる』品質」、と呼ぶのであれば、対応付けを明確にする意味で、「設計『する時に問題になる』品質」と呼んだ方がいいと思われた。一方は設計開発サイドにおける品質であり、他方はそれを利用するサイドにおける品質、ということである。

そこに含まれる品質群には大きな変更はない。つまりユーザビリティは設計品質に含まれ、満足感は利用品質に含まれるという形になる。

客観的品質と主観的品質

上部に「客観的品質」、下部に「主観的品質」がある。客観的品質には「ユーザビリティ」が、また、主観的品質には「満足感」が含まれている。

この区別については以前の考えから大きな変更はない。そして、ユーザビリティは客観的品質であり、満足感は主観的品質となる。ただ、客観や主観という言い方にこだわる必要はなく、もっとわかりやすく言えば、外的に(時間や計測値として)測定可能か、内的(心理的)に測定するしかないか、という違いと考えた方がいいかもしれない。つまり、外的品質と内的品質、あるいは物理的品質と心理的品質という言い方も考えられるのだが、今回は客観的と主観的という言い方を継承することにした。ここはまだちょっと揺れている。

四つの品質特性領域とUI/UX

これら二つの区別を組み合わせると、四つの品質特性領域ができる。

左側に「UI」、右側に「UX」がある。UIの上部(左上)に「客観的設計品質」、下部(左下)に「主観的設計品質」がある。UXの上部(右上)に「客観的利用品質」、下部(右下)に「主観的利用品質」がある。

二つの次元の組み合わせにより、客観的製品品質、主観的製品品質、客観的利用品質、主観的利用品質という四つの品質特性群ができあがる。前二者は設計品質であるのでUI設計において重要になるものであり、後二者は利用品質であるのでUXを構成するものとなる。なお、UXにはこうしたモノやコトの品質の他に、ユーザの特性や利用状況が関係してくる。

また、客観的設計品質は客観的利用品質に、主観的設計品質は主観的利用品質に影響を与えることが想定されるため、太い矢印を書いているが、この他にも客観的製品品質や客観的利用品質から主観的利用品質に流れる矢印があり、それがNigel Bevanのいう知覚という概念に対応する。

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