“Theory of User Engineering”出版

ユーザ工学についてもっとアピールすることが必要だろうと考え執筆した、“Theory of User Engineering”が2016年の12月に刊行となった。僕にとっては英語で初の単著となった記念すべき書籍ではある。

  • 黒須教授
  • 2017年3月22日

どのような本か

ユーザ工学について、僕は1999年に『ユーザ工学入門』を共立出版から出している。その内容は、当時およその内容が分かってきたISO 13407の考え方をベースにし、人間という一般的な表現ではなく、ユーザという形で対象を特定する表現を使って人間中心設計のアプローチを解説したものだった。当時、ユーザビリティについての認識は徐々に広まっていたとはいえ、まだ概説書がなく、その意味での問題喚起という役割を果たしたと考えている。それに対して、ユーザ工学という概念はまだ明確に定義されたものではなかった。

その後、ユーザビリティやUXなど関連したテーマの書籍が多数出版されることになったため、同書は数年前に廃刊とすることにした。ユーザ工学に関係ある著作としては、2013年に『人間中心設計の基礎』を近代科学社から刊行したが、これはISO 13407以降の動向を踏まえ、関連領域をもれなく含めることとし、新たにUXについても言及する内容で、大学や大学院の教科書用として執筆したものだった。そのため、そこには僕自身の考え方を極力含めないようにし、中立的なものとして執筆した。そのため、僕としてはその点での不満が残る結果となっていた。

さらにHCD-Netのおかけである程度認知されるようになった人間中心設計という表現は、そもそも人間とは何をさすのか、どこまでを含めるのかが曖昧なため、やはりユーザ工学についてもっとアピールすることが必要だろうと考えた。ユーザ中心設計でも悪くはないのだけど、僕の考えている話が設計の範囲に限らず、企業における企画から販売、ユーザ支援、回収などのプロセスを含むものだったのでそれは使わなかった。具体的な内容については、この記事の最後で目次をご紹介するのでご覧いただきたい。

出版までの経緯

海外での出版を考えている人もいるかと思うので、参考になればと考えて、出版に至る経緯を簡単に書いておくことにする。

僕はこれまで国外での活動にも力を入れてきた。多数の国際学会に参加し、研究集会に参加し、英語での出版もやってきた。それは、国内より多様な人々と会い、多様な意見を知り、議論をすることが楽しかったからだけど、英語という障壁のためにとかく国内に籠もりがちな日本の人たちの代弁者にもなることの必要性を感じてもいたからだ。さらに輸入偏重型の日本人の気質に穴をあけたい、という気持ちがあったからだ。

そのおかげか、ググってみると、“黒須正明”では27,600件(この数字は、知名度が同等レベルと思われる他の人たちが8,000件とかのレベルになっていることから考えると、検索アルゴリズムが古い版だからかもしれない)であるのに対して、“Masaaki Kurosu”では24,700件がヒットする。

それはともかくとして、ことの始まりは2010年にLiMingというTaylor & Francisの人から、グループ会社のCRC Pressから何か出版するつもりはないか、というメールをもらったことにある。多分僕の国際会議の発表か何かで名前を見つけたのだろう。それで、やるよと気軽に返事をして放置していたのだが、2013年の3月になってCindyという人からLiMingから引き継いだけど、出版するつもりがあるなら、添付した企画書に記入して返信してくれ、と連絡がきた。よくまあきちんと引き継ぎをしてくれたものだと感心したのだけど、その年の10月には企画書のレビュー結果(へー、出版についてもレビューがあるんだ、と驚いた)が送られてきて、いいんじゃないとなり、出版することになった。しかしながら、いつものようにぐずぐすしていて、ようやく10ページほどの原稿を書いたのが2014年の秋になった。けれども出版社は着々と動いているらしく、表紙デザインを決めることになり、候補のなかから現在出版されているものを選ばせてもらった。

表紙が決まったとなると書かない訳にはいかない。それでタイトルを“Theory of Experience Engineering”として書き出すことにした。経験工学というのはユーザ工学の発展形のようなもので、現在でもその志を捨ててはおらず、2017年の4月に刊行される放送大学の年報に「ユーザ工学と経験工学」という原稿を書いた。ただ、まだ理論的骨格が明確ではなく、そうした方向を目指しているという段階だったので、途中でタイトルを“Theory of User Engineering”に戻してもらった。締め切りを2,3回のばしてもらいつつ、2016年2月にいちおうの原稿を仕上げたのだけど、Cindyから「短い」というきついコメントをいただき、それから遮二無二がんばって、6月にようやく原稿を仕上げた。Cindyという編集者の厳しさは実に印象深いものだった。僕の家庭の事情や健康の問題について同情を示してくれつつも、どうだどうだ、と矢のような催促をくれる。実にビジネスに長けた人だな、という印象を持った。

その後、もうひとつ驚くことがあった。コストの関係からか、印刷部署はフィリピンにあるらしいのだけど、そこの担当者から矢継ぎ早に細かい質問が沢山届いた。実に丁寧に読んでくれていることが分かった。図の番号と本文中の引用番号がずれているとか、これこれの文献はReferencesにはあるものの本文で参照されていないとかの質問だった。ただ、英語については特に英文チェックを頼まず、自分の英文そのままを出してしまったのだけど、これはこういう意味なのかといったような英語についての質問はなかった。このあたりはちょっと謎である。余計な冠詞とかは向こうでさっさと訂正してくれてしまったのだろうか。よくわからない。

そして2016年の12月に刊行となった。ソフトカバーでいいと思っていたのだけどハードカバーとなり、値段が89.95ドルとなってしまった。この値段で売れるのかと思ったけど、amazon.comでの順位はErgonomicsで#479、Human-Computer Interactionで#1372、Health & Safetyで#1907となっている(2017年2月27日、執筆時点)。まあまあの位置かもしれないが、もうそれだけ多くの読者の手に渡ってしまっているのだ。書評がつくのが怖いけれど(^_^;)、どんなコメントが付くのだろう。今年のHCI InternationalのCRC PressのブースでCindyに会ったとき、話をしてみよう。ともかく、僕にとっては英語で初の単著となった記念すべき書籍ではある。

内容

本書の内容を、目次を訳す形で紹介したい。

  1. ユーザ工学とは何か
    ユーザとは誰のことか、ユニバーサルデザインとアクセシビリティ、ユーザの多様性、ユーザ中心設計、ユーザ工学の中心概念
  2. 品質特性に関するユーザビリティとUX
    ユーザビリティの概念、UXの概念、品質特性のモデル、満足感、結論
  3. ユーザと人工物
    人工物の進化、人工物進化学(AET)
  4. ユーザ工学における設計プロセス
    ビジネスプロセスと設計プロセス、よりよいUXのためのビジネスプロセス
  5. ユーザと利用状況の理解
    ユーザと利用状況、ユーザと利用状況に対する基本的アプローチ、利用状況の理解と明確化
  6. 要求事項の明確化
    人工物に関するプラン、人工物の進化プロセスに関する情報、実ユーザに関する情報、実利用環境に関する情報、人間の性質に関する一般的な科学的事実、最新技術に関する情報、様々な制約、注意点
  7. アイデア生成
    デザイン思考、オズボーンのチェックリスト、視覚化の力、現実からの跳躍
  8. デザインによる解決案の生成
    反復的に設計すること、製品のプロトタイピング、サービスのプロトタイピング、設計と評価
  9. ユーザビリティの評価
    デザインを要求事項に照らして評価する、ユーザビリティ評価の方法、インスペクション法、ユーザビリティテスト
  10. UXの評価
    UXの評価とユーザ調査、UX評価の方法、長期的モニタリング
  11. 先端技術とユーザ工学
    インタラクション技術、人工知能、IOT、ロボット
  12. 未来に向けて
    革新的な立ち向かい方、保守的な立ち向かい方