ネットワークこそがユーザーエクスペリエンス:
Microsoftの「.NET」発表

司法省に対する実に見事な戦略的動き。司法省はブラウザ戦争の最終戦を戦っているという人は多い。今や、司法省は勝利を納めた。そこで、Microsoftはそれを一歩押し進め、提案された懲罰(MicrosoftにWindowsをあきらめさせること)も同様に最終戦だと宣言した。

ユーザの操作とコンピュータを結びつける結合体(nexus)としてのオペレーティングシステムは過去の遺物だ。確かに、それぞれのデバイスは、この先も、あいかわらず何らかのOS上で動作し続けることだろう(Windowsかもしれないし、Linuxかもしれない。あるいはPalmOSやその他の新しいものかもしれない)。だが、ユーザインタラクションのメインは、OSではなく、ネットワークサービスを介したものになるはずだ。ネットワークこそがユーザ体験なのだ

もちろん、「Windowsはあきらめる」なんていう宣言が、公式にMicrosoftから出ることはないだろう。企業がWindows 2000にアップグレードしてくれれば、何十億ドルもの儲けになるのだから。法廷闘争で足踏みしている間、OSから搾り取れるだけのものを搾り取っておき、一方で企業分割の日に備えるというのが彼らの戦略だ。

新しい結合体

1980年代後期から、ハイパーテキスト理論は、ユーザ体験の結合体としてのナビゲーション層の登場を予見していた。伝統的には、この動きはブラウザとオペレーティングシステムの統合という形で現れると見られていた。これによって、リモートにある情報もローカルにあるファイルも、統一的なインターフェイスで扱えるはずだ。あるものが特定のネットワークを介して運ばれてくるからといって、それを特別扱いするというのは確かにバカげた話だった。ブラウザは、独立のアプリケーションとしては滅びるべきである。

あるアプリケーションが、ローカルで動作するクライアント=サーバ環境ではなく、インターネットを介して動作するものだとしても、それだけの理由で標準以下のインターフェイスでユーザを苦しめるなんて非生産的だ。アプリケーション機能のためには、文書のブラウジングよりも、ユーザインターフェイスの方が重要だ。この意味からも、ブラウザには死んでもらわねばならない。

新しく登場するコーディネイティング層は、複数のデバイスにまたがって情報オブジェクトや機能オブジェクトへのアクセスを管理するものになるだろう。ローカルで動作するソフトウェアの時代には、アプリケーションごとにバラバラでスペルチェッカーを装備するなんて、何とバカげたことだろうと文句を言ったものだ。目指していたのは、単一のサービスが複数のデータオブジェクトに適用できるというOpenDocライクな統合形態だ。インターネットなら、この仕組みはもっとうまくいく。

  • スペルチェッカーが利用する辞書は、新しい単語が出現するごとに即座にアップデートできる
  • 必要に応じて、その領域に特定の辞書や、スラング専門辞書へのアクセス権をライセンスできる

Microsoftは、この種のネットワークサービスとして最大のものを提供することを願っているかもしれない。だが、いったん単一の標準インフラが確立してしまえば、他の企業にもサービスを提供する余地は十分にある。英語のスペリングサービスについてはMicrosoftを利用する人が多いかもしれないが、歯科医は専門用語のスペリングチェックを歯科医専門のインターネットサービス企業から受けることだろう。少数言語のためのスペリングサービスについても同様のことが言える。Microsoftは、日本語、フランス語、その他、数多くのメジャーな言語についてサービスを提供するかもしれない。だが、全世界の言語を網羅することはないだろう。たとえ、Microsoftがそれを狙ったところで、例えば、フランス語のスペリングサービスで彼らが勝利を収めるとは、誰も思わないだろう。

データ交換のためのルールに従い、調整作用を持つ結合体に接続することさえできるなら、複数の競合するサービスが、それぞれの機能を謳いながら共存することさえ可能だろう。

新しい結合体は、以下の点を調整する働きを持つ。

  • スペルチェックのような伝統的なソフトウェアサービス
    • このソフトウェアのほとんどは、ローカルデバイスにキャッシュされるだろう。こうしておけば、その機能が必要になるたびに数メガバイトものコードをダウンロードする必要はない
    • ある機能がアップデートされたり、あるいは使われた形跡がなかったりすると、通常のやり方で提示される
  • ファイルシステムに代わる情報の格納形態。複数のデバイスを横断して動作するよりフレキシブルなオブジェクト格納形態(出張先で「あのファイルを持ってくるのを忘れた」なんていうことはなくなる)。
  • ユーザインターフェイス。各ユーザの設定は、インターネットを通じてどこでも利用できる
  • ユーザの身元証明とセキュリティ。ユーザの画面上に表示されるときを除いて、すべてのデータが常時、暗号化されるのが理想だ。
  • 支払いサービス(ナノペイメント。フランス語のスペルチェックを受けるたびに、ページビューに対して小額の課金を受ける。物理的なモノを購入する際には、より多額の課金を受けることになる)
  • ユーザガイダンス。評価管理サービスに加入し、他のウェブサイトにある製品についての推薦を受け、誤解を招くような広告に関しては警告(あるいは完全に除去)してもらう。
  • 限度を越えた量の電子メールをはじめ、その他の妨害からユーザの時間を守る

1996年のAlertbox「インターネットデスクトップ」、あるいは1999年のAlertbox「ユーザ支援のためのインターネットアーキテクチャ」で、私が書いたことにそっくりだ。申し分ない

ウェブサイトへの影響

短期的には何も変わらない。古いソフトウェアは当分なくならない。ウェブユーザは保守的だから、2002年に出荷が始まったとしても、大多数のユーザが新しいサービスに移行するには数年かかるだろう。

長期的変化は大きい。ウェブサイトは、それ自体にユーザの目を引き付けることを主眼にすべきではないだろう。ネットワークそのものがユーザ体験なのだから、各サイトは独自のデザインを抑えて、他との調和を考えるべきだ。このことについては、次回のコラムでくわしく触れたい。ウェブデザインの終焉

各サイトがそれぞれ独自に完全なユーザ体験を提供するのではなく、各サイトは全ユーザ体験の一部となるコンポーネントを提供し、新しい結合体がこれらをコーディネイトするようになるだろう。高度にターゲットを絞ったサービスにとっては、これは大きなチャンスになるだろう。プラットフォームを定義するのはMicrosoftかもしれない。だが、必要となるサービスのうちで、彼らが提供できるのはほんの一部だ。

あらゆる経験を通じて言えることだが、いったん標準プラットフォームが決まってしまえば、そこには1000もの花が咲く。完全にからみあったウェブが現実のものとなり、今日のような点対点のサイトに取って代わった暁には、あなたはどんなサービスが提供できるだろうか?のうちに、考えておくことだ。

同時に、あなたのサイトを増強するために、他のサイトで提供されているサービスと密な連携を取ることも考慮しよう。もはや、あらゆることを自分でやる必要はない。

私的なミニネットワークを構築しようとしているサイトは、冬の時代を迎えることになるだろう。

  • 新しい結合体サービスは、どこへ行こうとプライバシーとセキュリティを保証し、ゼロクリックでのショッピングを可能にしてくれるだろう。そう考えると、ショッピングネットワークたらんとするAmazonの試みは、先が見えている。
  • 情報サービスのネットワークたらんとするYahooの試みは、望みがあるかもしれない(なぜなら、彼らはウェブでもっとも究極的にデザインされたミニマル的サービスだからだ)。だが、Yahooの相対的な重要性は、次第に低下していくだろう。専門サービスへのナビゲーションが今より簡単になり、継続的なユーザ体験の中に組み込まれるようになるからだ(同時に、専門サービスが集金するのも楽になるだろう)。
  • インスタントメッセージシステムを囲い込もうとするAOLの試みは、先が見えている。他の結合体サービスとうまく併用できる統合的アプローチが勝利するからだ。

この新しい手法を使えば、複数のオンラインソースを組み合わせた統合化サービスが簡単に構築できるようになる。これは、「Eビジネス構築屋」にとって青天の霹靂だろう。モノリシックなシステムの構築スキルにどの程度頼っているかにもよるが、AndersenやIBMなどは特に影響が大きいだろう。

さらにくわしく知りたい方へ

  • 発表要旨 (ZDNetの報道記事)。
  • Microsoft公式の.NETホワイトペーパー。マーケティング用のたわごとが多いわりには、詳細ははっきりせず、実のある洞察もまったくないつまらない文書。間違いもある(「マルチ-モデル」ユーザインターフェイスなどと書いているが、正しくは「マルチ-モーダル」である)。
  • 新戦略についてのBill Gatesのレクチャー。まだましだ。読んでおもしろいし、洞察力のある分析もある。2000年6月に行われたこのBillの講演を聴いた報道陣は、まるで1994年のEric Schmidt [NovellのCEO] の講演を聴いているかのようなデジャヴを感じたといっている。私に関する限り、それは別にかまわない。「アナリスト」の看板は掲げていても、昨日今日、この業界に参入したような新参者の言うことを聞くよりは、Ericが1994年に行った基調講演を再読した方が、よほど多くを学べるというものだ。

    Billの講演の中には、新しいこともたくさん含まれている。いくつかつまみ食いすると、例えば、Microsoftでは、新しい戦略の各側面を担当するために8つの部署があてられているとか、Bill自らユーザ体験チームの指揮にあたることにしたとか。Bill Gatesがユーザビリティ専門家として優れているなどと思ったことは一度もないが、業界の中でユーザビリティがもつ意味がいかに大きくなってきたかを理解しているという点では、彼を認めてやるべきだろう。Steve Jobsと比べてみればいい。彼はここのところ、見た目のデザインの上っ面にばかり力を入れている。

  • Microsoftの発表についてのDave Winerの報告。ソフト開発者による分析。彼自身、さらに綿密に統合化されたウェブサービスのための製品を開発している。

2000年6月25日