説得的デザイン:
新しい「捕獲学」の本
B.J. Fogg の新著 Persuasive Technology の書評。同書では、説得力のあるデザインを実現する上で役立つ原則が紹介されているが、詳細なデザインガイドラインはほとんど見られない。その例外が、ウェブサイトの信頼性向上についてのセクションだ。
テクノロジーや仕事に関して、新しい学問分野を確立したり、考え方を根本的に変えるような本はめったにない。B.J. Fogg 博士の新しい本、Persuasive Technology: Using Computers to Change What We Think and Do は、このすべてに当てはまる。この本を私が強くお薦めする理由は、ふたつある。
- この本から得られるかけがえのないデザイン上のアドバイスが、ビジネスの拡大に役立つ
- 新しい一連の情報操作の存在を、子どもに教えなくてはならない
人間工学の漸進的変化
人間工学は、非常に確立した専門分野であり、基礎となる文献も整っていて、その内容は何十年も変わっていない。この分野の基本原則と実践スキルをいったん身に付けたら、その後にどんな新技術が現われようと、これを応用できるのである。人間工学は人間行動に関係している。ホモサピエンスには、18ヶ月ごとに能力が変わるというムーアの法則のようなものはない。
人間工学の原則が非常にしっかりしたものだったせいで、この分野の良書は、1980年代後半から1990年代初期に書かれたものが多い。同じ時期に、ユーザビリティ研究者たちは、それまでアカデミックだった研究分野を具体化し、実用化した。大きな節目がふたつある。
- 1975~1983年: 軍用のデザイン問題が重視された初期を受けて、人間工学の焦点はヒューマン-コンピュータインタラクションに移行した。
- 1989~1994年:それ以前の煩雑な方法論に対して、ディスカウントユーザビリティ工学が勝利をおさめた。また、ユーザビリティインスペクション法が、ユーザビリティツールキットの一要素として体系化された。
1994~2000年にかけてのウェブユーザビリティの進展は、実践的には莫大な影響力を持っていたが、理論面ではそれほど新味がなかった。すでに知っている手法を使ってウェブサイトをテストし、初期の「キラーデザイン」を支配していた数多くの愚行を詳細に記録したのである。
説得的インタラクション
10 年の間、HCI の面ではほとんど理論的な進歩のないまま、暗闇の中で、反ユーザ的なデザインと闘って(部分的には征服して)きた。Fogg 博士は今、「捕獲学」(captology)に関する業績でもって、この分野の次なる開拓地を切り開いた。すなわち、説得のためのテクノロジーとしてコンピュータをみる考え方である。
説得それ自体には、もちろん新しさはない。キケロの雄弁術から現代のテレビコマーシャルまで、伝達者は、ずっと聴衆を説得しようとしてきた。ウェブサイトやその他のコンピュータ化されたデザインが違うのは、一方通行的なレトリックを乗り越え、インタラクティブになったことだ。ほとんどの人にとっては、行動をともなうものの方が魅力があるので、受動的にメッセージを受け取っている場合よりも、注目度や説得力が大きくなる可能性がある。
Fogg 博士は長年「捕獲学」を研究していて、説得的デザインに関する数多くの興味深い事例を提示している。その対象はウェブサイトと情報機器の双方にわたっている。この本にはまた、説得の原則が数多く含まれている。これは、デザインの説得力を高める方法をシステム的に考える上で役立つ。ほとんどの場合、これらの原則は規範的なデザインガイドラインとして利用できるほど詳細なものではない。また、すべての原則が、あらゆるデザイン問題に適用できるわけでもない。この本の助言に少しあいまいなところがあるのは無理もない。というのも、捕獲学の分野が、まだ開拓の初期段階でしかないからだ。
例を挙げよう。この本の原則のひとつに、個々のユーザの状況にあわせてより特定した情報を提供する情報カスタマイズ原則がある。例えば、減税推進のウェブサイトなら、提案中の新しい税法で金額的にどれくらい得になるのかをユーザが計算できるようにしておく。一般的な用語で減税を語るよりも、こちらの方が説得力は高い。個別の話題の方が一般的な話題より強いせいもあるが、データ入力をともなうことでユーザ個人を巻き込むことにも関係している。
同様に、金融系ウェブサイトなら原因と結果のシミュレート原則を使って、退職後に備えたユーザの貯蓄意欲を高められるだろう。シミュレーションは象徴的な場合も、現実的な場合もある。例えば、毎月の投資額による違いを、ユーザの資産総額の曲線で表してもいいし、「退職後のハワイ旅行で泊まれるホテルの高級度」で表してもいい。
ウェブの信頼性: 同書でもっとも有益な部分
この本でもっとも即効性のある部分は、信頼性に関するセクションである。ここでは、51のデザイン要素がウェブサイトの信頼性に与える影響を、順位付けしてリストしてある。もっとも有害な 4 つの要素は:
- リンク切れ( 7 ポイントの信頼性指標で -1.3)
- ほとんど更新していないコンテンツ(-1.7)
- 信頼性に欠けるサイトへのリンク(-1.8)
- コンテンツと見分けのつかない広告(-2.1)
4 つのもっとも有害なデザイン要素のうち、ふたつまでがリンクの失敗に起因していることに注意して欲しい。公式のリンク戦略すらない企業がほとんどだろう。だが、リンクはウェブの基礎である。一考の価値は十分にある。よいリンクは、外部からのものであっても、外部へのものであっても、いずれも、まずいリンクが下げるのと同じくらい、信頼性を向上させる。
Fogg 博士の結論の多くは、これとは独立した調査によってその内容が確認されていて、信頼性は非常に高い。一例として、リンクの重要性は、ウェブ上での読み方に関する私たちの調査でも確認されている。
また、Fogg の主な信頼性ガイドラインのひとつに、実世界感覚の原則がある。サイトの背後にいる人物や組織を明らかにした方が、ウェブサイトの信頼性は向上する。この原則は、私たちのeコマースサイトのユーザビリティテストでも確認されている。例えば、コーヒーのサイトなら、その会社でコーヒーを焙煎している人の写真が入っている方が、購入につながる確率が高い。専用の機器を見れば、その企業が実際にコーヒーを扱っていることが確信できるし、注文すれば商品を送ってくれると信じる気持ちにもなるのである。
今、注目が集まっているのはウェブでの説得力だが、身の回りの環境とより密接に統合されるようになれば、説得力あるデザインは、さらに大きな影響力を持つようになるだろう。この傾向ははっきりしていて、ネット上のインタラクションの中心、あるいは主要なビューポイントとして、私たちは PC を除外するまでになっている。
Fogg は、モバイルのための捕獲学の可能性も強調している。これによって、タイミングよく指示を与える kairos 原則を促進できる。他の状況型デザインに与える影響も大きいだろう。例えば、インタラクティブなレストランメニューなら、健康的な品目を示す小さなハートマークの代わりに、見ている人の食事嗜好に合わせてふさわしい品目を強調することができるだろう。個人の食事の嗜好がどれほど複雑であろうと、コンピュータならうまくさばける。このため、今までなら、自分の知っているわずかな品目にしか手を出さなかった食事客も、少しは冒険してみようという気持ちになるだろう。
説得的テクノロジーは倫理的か?
ある程度、これは無意味な疑問である。この本が世に出た今、このガイドラインを取り入れて、ウェブサイト、その他のインタラクティブテクノロジーに反映する企業が出てくるのは間違いない。まず、そうなるだろう。この点で、Fogg の新著にはひとつ大きな利点がある。すなわち、インタラクティブ説得の存在を知って憂慮する保護者の役に立ち、その対処法を子どもたちに教えることだ。非インタラクティブな宣伝映画やテレビコマーシャルの説得力については、昔からよく知られている。他のメディアと同じように、インタラクティブ説得は、それに対する両親の好き嫌いで解決する問題ではない。あるものはあるのだから、対処しなくてはならない。
説得的テクノロジーとして、明らかに倫理上問題のない場合がある。ユーザが、自ら説得を望んだ場合だ。いいとわかっていても、その目標を達成する意志がないものは多い。インタラクティブシステムなら、進捗状況を監視して、動機付けを与えることができる。
現在の例でいうと、FitLinxxのウェブサイトがそうだ。あちこちのヘルスクラブの運動機器とネットワークでつながっていて、どれくらいの重さのウエイトを持ち上げたか、各ワークアウトでどれだけカロリーが消費できたかを追跡できる。物理的世界とオンライン世界を統合する好例になっているだけでなく、FitLinxx は説得的テクノロジーをうまく利用した例にもなっている。自分の進捗を管理し、目標値と比較するという単純な行為が、さらに運動しようというやる気を引き出してくれる。
同様に、コンピュータ的手段(およびヘルスクラブへのネットワーク)で現実化されたハリーポッター風のしゃべる冷蔵庫があれば、例えばこんなことをいうだろう「今日 3 つめのスナックです。昨日の運動量では、ここまで食べてはいけません」。この(絶妙のタイミングでの)お小言が、ダイエット継続の上で役に立つかもしれない。
倫理的グレーゾーン
これ以外では、善意にもとづいて他者の意思決定を代行する説得的テクノロジーの用途は、それほど明快でない。だが、倫理的に認められるケースは数多いだろう。例えば、両親や医者が、糖尿病の子どもに食事モニター機器を与え、症状の悪化を防ぐような食事を動機付けることができるだろう。
病気の子どもの健康回復に役立てるのは、もちろん倫理的に認められたことだ。だが、同じよう両親が善意にもとづいて、両親のイデオロギーを吹き込むぬいぐるみの恐竜を与えたとしらどうだろう。「部屋を片付けなさい」とか「いっしょに遊ぶのは楽しいよ」くらいならいいだろう。だが、ある種の短絡的態度につながることだったら?
うそにもとづいた説得は、明らかに非倫理的である。現在のウェブでの実例を挙げるなら、特定のウェブサイトへ誘導しようとしてダイアログボックスにみせかけたバナー広告がそうだ。こうした広告は、特定の行動を促す。だが、ユーザはその行動のメリットを確信してそうするのではない。まったく別のことをやろうとしてそうなっただけなのだ。
自主的な依頼があれば倫理的、ウソにもとづいたものなら非倫理的。このふたつの基準の間に位置する大多数の説得的デザインは、グレーゾーンだ。デザインに埋め込まれた価値にもとづいた説得が倫理性かどうか、判断するのは難しい。この価値が共有されていれば、認められるだろう。そうでないなら、認められないだろう。
倫理に関する数章で、Fogg 博士は、私がここで挙げた数少ない問題よりも、もっと深い分析を行っている。だが、私のみるところ、その大部分には彼も答えを出していない。
通常、ユーザビリティにはそれほど倫理的なジレンマが関わってくることがない。ウェブサイトを使いやすくすれば、企業にとっても、顧客にとってもメリットがある。よって、従来のユーザビリティプロジェクトでは、それほど悩みのタネになるようなことはなかった。当然、説得的デザインはもっと複雑だ。倫理面に決着がつくまでには、まだ何冊もの本や、事例研究が必要になるだろう。当面は、目の離せない問題であることは確かだ。
書籍情報
B.J. Fogg, Persuasive Technology: Using Computers to Change What We Think and Do, Morgan Kaufmann Publishers, 2003; ISBN 1-55860-643-2.
邦訳: B.J.フォッグ著、高良理・安藤知華訳、実験心理学が教える 人を動かすテクノロジ、日経BP社、2005;ISBN 4822282465
2003年3月3日