「僕らがつくるんです、自動車業界のiPhoneを」日産自動車が描くデジタルエクスペリエンス

毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計専門家へのインタビュー。2017年は、日産自動車の脇阪善則さんと坂本貴史さんに、自動車メーカーにおけるUX/UIデザインについてお聞きしました。

  • 羽山祥樹
  • 2017年11月20日

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坂本貴史さん(左)と脇阪善則さん(右)

日本のUX業界を切り開いてきたふたり、と言っても過言ではない、脇阪善則さんと坂本貴史さんが、2017年の初夏、そろって日産自動車にジョインしました。UX業界の最先端を走るふたりの目には、何が見えているのでしょうか。(聞き手:HCD-Net 羽山 祥樹)

脇阪 善則 日産自動車株式会社グローバルデザイン本部UX/UIデザイン部 シニアUXデザイナー。前職では、楽天株式会社でスマートフォン事業のユーザーエクスペリエンス(UX)を牽引、業界の先駆者として書籍の執筆など、積極的に行ってきた。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。

坂本 貴史 日産自動車株式会社グローバルデザイン本部UX/UIデザイン部 シニアUXデザイナー。前職では、ネットイヤーグループ株式会社の「UXデザイナーの顔」として、いくつものプロジェクトで実績を残してきた。外部講演も多く、その活躍は幅広く知られている。

自動車メーカーもデジタル体験をデザインする、その面白味

――脇阪さんが、日産自動車にジョインを決めたきっかけは、なんですか。

脇阪:ここ数年で、WebやアプリのUXは、ひととおり落ち着いた感じがあります。

今は、オフラインや、ハードウェアのデジタル化が、いろいろなところで起きています。アパレル、物流、小売といった伝統的な産業でデジタルトランスフォーメーションが進んでいる、というのが、ここ1、2年の動きです。

そんな中で、たまたま、日産自動車がUXデザイナーを募集していて、このポジション見つけました。デジタルエクスペリエンス。自動車もそうなっていく。そこに面白味を感じて、転職を決めました。

UXデザイナーとしては、私がいちばん最初に入社して、ほぼ時を同じくして、坂本さんが入りました。

具体的にかたちのあるもののデザインに関わりたかった

――坂本さんは、どうして転職を決めたのですか。それまでネットイヤーグループの「UXデザイナーの顔」として、たいへんなご活躍でした。

坂本:ネットイヤーは、メガバンクや、大企業のグループ再編のような、大規模なWebサイトの構築。そういう大きな仕事を受けられる会社でした。

時代が動いていくうちに、Webの受託の、ニーズの所在が変わっていきました。iPhoneからのモバイルシフト。クロスチャネル。オムニチャネル。会社の位置づけも、事業戦略の立案など、どんどん上流工程になっていきました。競合会社もコンサルティングファームが多くなった。

Webやアプリの話よりも、ビジネスやマーケティングの課題解決が増えていった。このままいくと、自分は、コンサルタントになると思いました。

ただ、僕は、実体があるものに関わりたかった。具体的にかたちのあるもの。自分がやりたいことを考えたときに、プロダクトをちゃんとつくるほうが興味がある、と思ったんです。

それで、メーカーという選択肢を選びました。

3つの大きなうねり、電気自動車、自動運転、AI

――日産自動車としても、新しい部署をつくって、人材を集めて。そこまでしているのは、何か相当の危機感があるからだと思います。どのような背景があるのでしょうか。

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脇阪善則さん

脇阪:今回、6月に立ち上がった部署は、UX/UIデザイン部というんですけれど。デザイン本部のなかに新しい部をつくるというのは、何十年ぶりからしいですね。

――何十年ぶりかに部ができた!?

脇阪:そうですね。日刊工業新聞にも、自動車のコネクテッド化をするための特化した部をデザインセンターのなかにつくりました、と出ました。

コネクテッドだけじゃなくて、自動運転とか、電気自動車とか、いろいろな大きな潮流が来る中で、やっぱりデジタルエクスペリエンスの比重は高まってきます。ソフトウェアや、インターフェースをつくっていかなければならない。

もちろんこれまでも、ユーザーニーズを調査した商品企画や車体やHMIに関する人間工学はずっとやってきているんです。どういうクルマが売れるか、どういう機能をつければ商品性が高まるかといったことを考えた商品企画や、クルマの操作部や表示部の操作性や視認性、運転中の身体負荷の検証や改善といった人間工学は脈々とやっていました。

ただ、コネクテッドだとか、スマートフォンや、人工知能(AI)となってきたときに、そもそも、そこにボタンという物理的なものがあるのが正解なのかすらもわからない。ボタンのないインタラクションを考えたほうがいいかもしれない。

それは、デジタルのエクスペリエンスのなかで考えていかなければならないことです。機能からではなくて、サービスやユーザーからはじめて、かたちをつくらなきゃいけない。そういう潮流のなかにいます。この部署ができたのも、そういう意図からです。

――「デジタルエクスペリエンス」というワードを繰り返されています。具体的にはどういうものを想定しているんですか。

脇阪:たとえば、単純に言うと、今までの変化では、メーターがデジタルになり、カーナビでいろいろなことができるようになり、通信機能が増えて、Bluetooth が利用できるようになった。iPhoneをつなげば、CarPlayが出てくる。徐々にデジタルな部分が増えてきています。

今後、さらに大きなうねりの下にデジタル化が進んで、ネットワークにつながっていくと、ユーザーが利用できるコンテンツや機能が増えユーザー体験も変わってきますし、スマートフォンなどのほかのデバイスとの同期や連携も進んでいくでしょう。その全体のエクスペリエンスをもって、「デジタルエクスペリエンス」と呼んでいます。

坂本:ここでいう大きなうねりは、電気自動車、自動運転、AIの3つだと思います。

新型車の開発は数年かかります。だから、今、次のものを開発するとなると、必然的に、自動運転やAIについて、考えざるを得ない。しかも、誰も利用したことがないものだから、今までの考えかたでは通じない。

脇阪:たとえば、今でも、電気自動車とガソリン車では、やはり体験が少し異なります。充電もあるし、気にする情報も異なる。今だと、まだ航続距離の問題もある。それらを考えると、伝統的なコンポーネントのかたちも、やはり変わります。その先で、完全な自動運転となると、そもそも誰も体験したことがない。

今でこそ、自動運転レベル1やレベル2の機能を搭載したクルマは世の中に出ています。ですが、こうした機能のUXを調査するのは状況再現や安全性の観点から考えると簡単ではありません。では、体験できないものの体験を、どうやって設計するかを考えなければなりません(自動運転レベルとは、政府で定めている自動運転車のレベルのこと。人間が操作する「0レベル」から、完全な自動運転の「5レベル」まで6段階で定義されています)。

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坂本貴史さん(左)と脇阪善則さん(右)

クルマもスマホと同じようになるのかもしれない

脇阪:コネクテッドは、スマートフォンとの連携もあります。クルマもスマホと同じようにインターネットにつながるようになるのかもしれないとも思います。

――「スマホと同じように」とは、どういう意味ですか。

脇阪:もともと固定電話はスタンドアロンでした。ガラケーもほぼスタンドアロン。カメラやミュージックプレーヤーも入っていて、ネットも使えたけど、PCと一緒にシームレスにサービスを使うことはできなかった。

それがスマートフォンになったら、ガラッと変わってしまい、一つのサービスを複数のデバイスで連続的に使えるようになりました。色々なタッチッポイントでサービスを利用することが前提になっている。それと同じことがクルマで起きると思っています。

――そこにAIもかかわってくるイメージですか。

坂本:完全な自動運転でいうと、最終的には、ハンドルがいらなくなる世界が来るわけです。

ということは、運転が、クルマを運転するという体験ではなくなる。人によっては、単なる移動になるわけです。そうすると、今まで運転していたから使えなかった時間で、別のことができるようになる。そんな状況、今まで考えたことないですよね。モビリティーの再定義になると思うんです。

――考えることもできなかったですね。ハンドルが目の前にある状況では、思いつきもしない。

坂本:そのときに、脳、ブレーンになるのはAIだと思っています。

たとえば今、クルマを所有するという概念も、カーシェアリングの台頭によって変わってきつつありますよね。カーシェアリングで乗るクルマが変わっても、ブレーンとつながっていればパーソナルな情報を引き継ぐことができます。クルマは変わっても、自分は変わらない。モビリティーのうえでのパーソナル空間。移動しても変わらない空間。

たとえば、クルマで運転をしながら音楽を聴く、という考えかたではない。音楽を聴いているときに移動している、という感覚。運転という概念ではなくなってくる。主従が逆というのか。

そのときにコネクテッドはベースだし、接続されるブレーンになるのはAIです。

僕が、日産自動車に入った決め手として、先ほどの話に加えるならば、インタラクションとして空間全体をコントロールできるのは、自動車だけだと思ったんですよ。ひとつの世界観をぜんぶコントロールできる。

新しいモビリティーの再定義のなかで、その空間をコントロールできる立ち位置としてのメーカー。すごく面白い。

脇阪:自動車というのはモビリティーなんですよね。自動車というデバイスをつくっているけれども、どこに魅力を感じているのかといったら、そのモビリティーとして捉えられるようになったことだと思います。今までだと、そういう考えができなかった。自動車は自動車でも、モビリティーとしての概念が変わっていく。面白さと期待がある。

よく言われるじゃないですか。クルマにとって、今は100年に一度の転換期だ、って。クルマとの接し方、クルマの位置づけが変わってしまう。

実際にプロトタイプをつくってみるのが大事

――モビリティーの再定義。自動運転のような、まだ誰も体験したことのない体験を設計する。具体的には、そのアプローチはどのようにしているのですか。

脇阪:まずは、今までやってきたUXデザイン、人間中心設計の手法を試してみるところから始めています。やはり、実際にプロトタイプをつくってユーザーと検証してみるのが大事です。

でも、そのままポンと当てはまるわけではない。やはり工夫は必要です。Webでは、手軽にプロトタイピングをするツールはありますが、自動車には、そういうツールありません。たとえば、モニター以外のちょっとしたスイッチ類や、モニターが複数ある、という状況を、どうプロトタイプにするか。考えなければなりません。

自動運転や、コネクテッドカーの体験を、プロトタイプでどう表現して、検証するのかも考えなければいけません。

ユーザーの世界を理解する行為は、どの業界でも変わらない

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坂本貴史さん

坂本:今まで培ってきた経験は、自動車業界でも通じる、ということを感じています。仕事の内容は、あまり変わっていないと思っている、実は。

初期仮説のプロダクトをつくる。そのプロダクトの対象がWebではなく、車内のインタラクションだ、という話です。ユーザー体験を中心に設計を進めて、最終的にできあがるものはクルマの中のインターフェース、インタラクション、そういったものすべてです。まさに、UXを設計している。

人間中心設計、UXデザイン。呼び名はなんであれ、していることは、ユーザーを取り巻く世界を理解する、そのうえで設計する。そういう、根本的な行為です。それは、業界が変わっても変わらない。

脇阪:そうですね。僕にも、既視感があります。

坂本:根本的な部分というのは、どの業界に行っても必要だよね、ということは、人間中心設計やUXデザインにかかわる人たちに、いちばん言いたい。

転職して感じたのは、環境が変わらないと、何が根本的なことであるか、それを自覚しづらいということです。人間中心設計やUXデザインの根本的なところは、環境が変わってみても、やはりそれが必要になる。僕は業界が変わって、それまでの経験が活きるということを感じた。だからこそ、根本的な行為は重要だと、みんなに伝えていきたいですね。

自動車業界のiPhoneをつくっていく

――最後に、おふたりの、自動車というモビリティーが変化していくことへの期待感。それをわかりやすく表現すると、どうなりますか。

坂本:Webの黎明期に似ています。何ができそうかまだわからない。でも、何か変わりそう。

脇阪:モバイルUXの黎明期とも近い感じがします。スマートフォンが出てきてWebのマルチデバイス対応やネイティブアプリの開発が始まったときですね。

坂本:僕のなかでは、テスラはSymbianにあたると思っているんです。Symbianというのは、iPhoneの一世代前の、いわゆるフィーチャーフォンのOSですね。

つまり、これからiPhoneが来る。自動車業界のiPhoneが。それを誰がつくるのか。僕らがつくるんです。僕らが、これから自動車業界のiPhoneをつくっていく。そのわくわく感があります。

――ありがとうございました。

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坂本貴史さん(左)と脇阪善則さん(右)

取材・文:HCD-Net 羽山 祥樹(写真は、日産自動車株式会社から提供されたものです)

※文中に記載されている所属・肩書は、取材当時のものです。

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