「プロダクトオーナーの想い」を引き出す、新規事業を生み出すためのUXデザイン

毎年恒例、HCD-Net認定 人間中心設計専門家/スペシャリストへのインタビュー。2020年は、新規事業の創出支援をしている株式会社メンバーズの酒井 裕紀さんにお話を聞きました。

  • 羽山祥樹、森川裕美
  • 2020年11月24日

酒井 裕紀さん

株式会社メンバーズでサービスデザイナーとして活躍する酒井 裕紀さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)は、ユーザーエクスペリエンス(UX)デザインや人間中心設計、デザイン思考を用いて、新規事業の創出支援をしている。

新しいビジネスを生み出すには、起業家と伴走しながら、ときには既存のUXデザインの枠組みを大きく飛び越えたアプローチや技量が必要になる。

どのように進めているのか、酒井 裕紀さんに聞いた。(以下、敬称略)

UXデザインのプロセスを進めるなかで、事業のアイデアが明らかになる

――酒井さんは、どのようなお仕事をされているのですか。

クライアントの新規事業の創出支援を、UXデザインや人間中心設計、デザイン思考の技術を用いてしています。新規事業のアイデアを持っている人たちが、そのアイデアを実現するお手伝いです。

ユーザー調査やそこから得られたインサイトをもとに、どのようなサービスを設計したらユーザーに価値を感じてもらえるのか、クライアントと一緒に考えていきます。

「新規事業をつくる」となると、「どれだけ儲かるのか」ということを求められます。ただ、儲かることは「ユーザーにどれだけ価値を感じてもらえるか」とイコールだと思っています。ユーザーに使ってもらえなければ、事業は成り立ちません。

「ユーザーに価値がある」ということを、UXデザインによってなるべく確かなかたちで確認する。「ユーザーに使ってもらえる」という確信が持てるものをつくれるようにします。

私の部署は「プロトタイプデザインユニット」という名前です。新規事業という、いままでないものをつくろうとしているので、その新しいサービスの価値はわかりづらい。だから、まずはカタチにしてみる。体験できるようにして、ユーザーに聞いてみる。そうすると、良いところ悪いところがわかる。私たちは「カタチにする」ことを大切にしています。

――新規事業の創出支援というのは、どのようにするのですか。

クライアントのなかで、ビジネスコンテストをしていて、毎年、数案が選ばれます。

起案者、プロダクトオーナーと呼んでいるのですが、「こういう新規事業をやりたい」というアイデアを持っています。ただ、はじめはプロダクトオーナーもイメージがそれほど固まっていません。そこで、誰にどんなふうにサービスをするのか、一緒に具体化していきます。

スタートとなるアイデアとして「Aというニーズのある人をターゲットに、Bというサービスをしたらいい」という仮説があります。その仮説が本当に正しいのか、確かめていきます。

ターゲットに近い人にインタビューをします。プロダクトオーナーには、インタビューも聞いてもらいますし、分析も一緒にします。プロダクトオーナーが考えていた課題と、ユーザーが本当に思っている課題が一致しているのか、探っていきます。

コンセプトができたら、カスタマージャーニーマップをつくっていきます。そうやって見つけた「キーとなる体験」を中心にしてプロトタイプにして評価します。

このプロセスをとおして、どんなユーザーにどのようなサービスの価値を提供すればいいのか、どんどん明確になっていきます。

酒井 裕紀さん

「プロダクトオーナーの想い」をすべての指針として大切にする

――何もないところからサービスを生み出していくにあたり、どんなところを大切にしていますか。

プロダクトオーナーの想い、ビジョンを大切にしています。なぜこのサービスをやろうと思ったのか。かならずプロダクトオーナー自身の経験や、実現したい世界がある。それを指針にして進めることです。

プロダクトオーナーの想いがないと、サービスを新しく立ち上げることはできません。立ち上げたあとも、事業として大きくしていくには、自分が本当にやりたかったことから外れていってしまうと、うまくいきません。

想いから、サービスのコンセプトに落とし込んでいく。さらにコンセプトから、ユーザー体験と、それを実現する手段へとブレイクダウンしていく。想いから具体的な手段まで一貫性がないと、プロダクトオーナーがやりたいことと外れてしまいますし、ユーザーにも価値が伝わらない。

――プロダクトオーナーの想いがすべての基礎になるのですね。

そうです。

もうひとつ、メンバーズに求められているところは、ユーザー視点を場にもたらすことだと考えています。新規事業のアイデアがユーザーにとって価値があるのか、ユーザーが本当は何を求めているのか。それを見出して、サービスに反映できるようにしています。

プロダクトオーナーから「この前に調査したユーザーは好感触だったから、もうリサーチしなくても大丈夫ではないか」と言われることもあります。プロダクトオーナーが想いに前のめりになると、それはそれで、インタビューのユーザーの発言から自分に都合のいいところだけ拾ってしまったりする。そこは私たちの役割として「違います、ちゃんと検証しましょう」としっかり伝えます。嫌な顔をされても、言わなくてはいけない。

――酒井さんはUXデザイナーですが、真っ先に挙げたのが「ユーザーの目線」より「プロダクトオーナーの想い」でした。興味深いです。

新規事業のアイデアの状態では、よりどころが「プロダクトオーナーの想い」しかありません。プロダクトオーナーが何をしたいのか。それで向かうべき方向性が決まります。

想いがないと、ユーザー調査をするにもどんな人に話しを聞けばいいのか、何を明らかにすればいいのか、それすらまとまりません。

ビジネスコンテストを通過した時点での想いは、そんなに強くないものです。なんなら、恥ずかしいとか、本当にできるのかとか、夢みたいなことをみんなからどう思われるのだろう。自信があまりない状態です。

プロダクトオーナーがどうしてそのサービスをやりたいと思ったのか、そのサービスでどう社会や世界が変わっていくのか。まず、きちんと話しをして、掘り下げます。

プロダクトオーナーが何を実現したいのかは、サービスの企画書にはあんまり出てこなかったりするんですね。アイデアを中心に書かれているためです。

そもそもなんでこれをやりたいと思ったか、どうしてこれがいいサービスだと自分は思うのか。対話をしながら深めていきます。「こういう世界をつくっていくためにこの事業をやっていくのだ」というところを見えるカタチにする。プロダクトオーナーの想いにちゃんと共感をしながら、私たちも理解をしていく。それが最初のステップです。

酒井 裕紀さん

言葉にすることで、想いが見えるカタチになる

――「想いを見えるカタチにする」とは、どうやるのですか。

言葉にすることです。

ワンセンテンスでもいいので、プロダクトオーナーが実現したい世界をいったん言葉にして、「そう、こういうことがやりたいんだ」という意志をアウトプットできれば、そこに向かってコンセプトを考えたり、仮説を立ててターゲットとなるユーザーにインタビューをしたりすることができる。

想いを明確にしていく方法のひとつとして「STEEPV」という、未来洞察のフレームワークを使っています。「STEEPV」とは「Social、Technological、Economic、Environmental、Political、Values」の頭文字を並べたものです。

例えば、新規事業のアイデアが「旅行のサービスがしたい」だったとしましょう。まず、旅行にかかわるいろんな事例を集めます。今だと、コロナウイルスで外に出られないので修学旅行をVRゴーグルで行った、そういう事例がアイデアとして実現されようとしていたりします。

「STEEPV」の観点で、事例をいろいろ集めてくることによって、旅行業界やその周辺でどんなことがいま考えられているのか、どのような方向に向かっているのか、すこし先の世界で実現できそうなことを知ることができます。

プロダクトオーナーもまじえて全員で、ひとり30個ずつぐらい、事例を集めてきます。壁にバーッと貼り出して、いま世の中で考えられていること、この先の5年後10年後の変化を、一緒に検討していきます。

そのようなプロセスのなかで、プロダクトオーナーのなかの実現したい社会や世界が具体的になったり、アップデートされていったりします。想いが具体的になっていく。

いろんな検討をつうじて、プロダクトオーナー自身が「自分がやりたいことはこれだ、ユーザーにとっても意味があるのだ」と腹落ちをして言えるようになったときは「一緒にやっていてよかったな」と思います。

プロダクトオーナー自身が自信を持って「このサービスはすごくいいよね」と言えている、と感じたときは、心が震えますね。

――創発的なファシリテーションはUXデザインのひとつですが、「STEEPV」や、起業家の想いを伴走してまとめる方法は、UXデザインの書籍にはあまり載っていないように思います。どうやって身につけるのですか。

つねに試行錯誤をしながら、どうやって進めていけばよいかを考えることです。プロジェクトを振り返って、どこをどのようにしたらより成果が上がるかを考えたり、世のなかのデザインプロジェクトの考えかたを取り入れたりしていくことで、自分たちのやりかたというのが身についていきます。

先ほどの「STEEPV」や未来洞察という手法は、メンバーズのスキルフェローでもある Bespoke(ビスポーク)というデンマークの会社に影響を受けたものです。Futures Design というテーマに積極的に取り組んでいる会社です。

Futures Design とは、不確実性の高い世界でどうやって未来を見据えていけばいいのか、ワークショップなどをしながら考えていく手法です。

Bespoke は「未来とはどこかにあるものではなく、自分たちでつくっていくものだ」という考えかたをします。自分たちが理想とする未来や世界をまずは思い描いて、それを実現するためにはどうすればいいかをうまく分解しながら考えていく。私たちは、それを取り入れています。

メンバーズのUXチームは、Futures Design や、UXデザイン、人間中心設計、デザイン思考、そしてアジャイル開発のエッセンスをもって、プロジェクトを進めています。

酒井 裕紀さん

自ら望んでUXデザインの部署へ異動

――ところで酒井さんは、どのようなきっかけでUXデザインの道を歩みはじめたのですか。

もともと大学のころ、UXデザインやデザイン思考を学んでいました。新しいものや、いままでにないものを生み出すことに興味がありました。

メンバーズに入社して、新卒採用の部署に配属されました。それはそれで楽しかったのですが、自分の目指す方向を考えたとき、採用のプロフェッショナルになりたいかと言われると、そうは思えなかった。

そのとき社内にUXデザインの部署ができ、メンバーを公募していました。これは応募するしかない。そう思って申し込んで、採用されました。

異動した先では、同僚から「産業技術大学院大学の『人間中心デザイン』というコースで、UXデザインが体系的に学べる」と教えられました。「それなら絶対に行かなきゃな」と思って、大学院に通ってUXデザインを学びながら、実務でもUXデザインに取り組んでいきました。

――異動もして、学校にも通われて、どこからそのモチベーションがわいてくるのですか。

「専門性を身につけたい」と思っていました。メンバーズの社員といってもクリエイティブの領域は未経験、何もできることはありません。「専門性を身につけなきゃ」という強い思いがありました。

産業技術大学院大学の『人間中心デザイン』はとにかく楽しかったです。生徒はみんな社会人です。いろいろな企業の人たち、いろいろな年代の人たちと、和気あいあいと議論しながら、さまざまな視点に触れることができました。

講師は第一線でUXデザインを実践している方々です。どの方もそれぞれのプロジェクトの状況に合わせて、UXデザインのプロセスをカスタマイズしていることがわかりました。「UXデザインは答えがあるものじゃない」というのが面白いと感じました。「こうやれば必ずうまくいく」というものではない。ある意味「UXデザインだけじゃ駄目なんだよ」ということがわかりました。

産業技術大学院大学を修了したあとは、メンバーズで同じく通っていた仲間と、社内向けにUXデザインのワークショップを5、6回しました。

そういう活動をすると、自分が講師をするときに「ぜんぜん理解が足りていないな」とわかりましたし、ワークショップをつくっていくなかでKJ法や価値マップといった手法を教えられるように練習したりしました。

今まで自分は何も経験がなかったぶん、一生懸命に経験値を増やしていきました。

――「UXデザインだけじゃ駄目なんだよ」というのはいいですね。UXデザインに本気で臨むからこその言葉だと思います。

「UXデザインのプロセスは固まったフレームワークではない」というのがよくわかりました。それをわかったうえで使いこなさなきゃいけないし、使いこなすといいものをつくることができる。決まりきった答えはない。それを第一線で実践されている講師の方々から聞くことができました。

――産業技術大学院大学の『人間中心デザイン』というと、酒井さんのご上司である川田さんも教鞭を執っていらっしゃいますね。いかがでしたか。

教室には40人ぐらいの生徒がいます。講師にとっても年上の社会人もいます。そのなかで、UXデザインとはどういうものかを自信を持って話している姿を目にして「同じチームとして一緒にいることが心強い」と思いました。私も自信を持って、自分の哲学として、UXデザインや人間中心設計を語れるようになりたい、とも思いました。

いままでにないもの、新しいものを生み出せる人が、カッコいい

――それにしても酒井さんは、仕事に、学校に、勉強会と、すごいバイタリティーですね。

いや、もう、ちょっと疲れますよね(笑)。やったあと、やっぱりちょっと後悔するのですけどね。なんでこんな詰め込んだのだろうと。でもそれぐらいやらないと追いつけないし、まだまだぜんぜん追いつけていない。頑張らなければいけません。

――何がそんなに酒井さんを走らせるのですか。

「憧れ」があるのだと思います。いままでにないもの、新しいものを生み出せる人が、カッコいい。自分もそれを仕事としてやっていけると楽しい。もちろん、つらいことも大変なこともありますが、やりがいがあります。

それから「専門性を身につけたい」というのもあります。私は、いままで自分が「これが得意です」と言えるものがなかった。

専門性を持たなくても、それなりに仕事をすることはできるのかもしれないですけれど…「楽しいな」とか「面白いな」とかいう仕事は専門性を身につけないとできない気がしています。なにかひとつでも得意なものをつくらなければ、という焦りがありました。

いまはUXデザインや人間中心設計を究めようと頑張っているつもりなのですけど、まだまだですね。やればやるほど「ぜんぜん足りないな」と思います。

HCD-Net認定 人間中心設計専門家」という認定はいただいてはいるのですけど、「まだスタートラインだ、もっともっと自分のものにしなければ」と思っています。

――「まだまだだな」というのは、なぜそう思われるのですか。

プロジェクトの区切りで、振り返ったときに痛感します。

インタビューにしても、分析にしても、プロトタイプをつくって評価するところにしても、最低限はできているのですが、もっとうまくやる方法があったと、振り返るといつも気がつきます。

それからつい先日、先輩に「仕事において譲れないところをもっと持ったほうがいいんじゃない?」と言われました。こだわりが自分の強みになってくる。そこを見つけたほうがいい。本当にそうだなと思います。

酒井 裕紀さん

「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の資格は評価や自信につながる

――「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」の資格を取ってよかったことを教えてください。

メンバーズでは「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」と「人間中心設計スペシャリスト」が会社の推奨資格になっています。UXデザインやサービスデザインの人材育成に積極的に取り組んでいます。メンバーズには資格保有者が30名もいて、評価されています。

それから、専門家の資格を持っていることでクライアントから信頼をいただきやすい、という効果があります。UXデザインの提案は、プロセスの提案になることがほとんどです。「UXデザインをできます、こういう流れでやります」と言われても、クライアントにとっては「なんでそれでいいの?」「どうやって成果が上がるの?」と気になるところです。そのとき「専門家の認定を受けている人間が推進します」と言えるのは、信頼していただくきっかけになります。

個人としても「私はUXデザインができます」と胸を張って言えるようになりました。自信がつきました。…まだまだかな、と思うところのほうが大きいですけれども。

――これから「HCD-Net認定 人間中心設計専門家」と「人間中心設計スペシャリスト」を受験する人にアドバイスがあれば、お願いいたします。

いまやっているプロジェクトについて、UXデザインや人間中心設計の観点から記録をしておくといいです。受験では、過去数年間にさかのぼって、自分が取り組んだプロジェクトでどのような実践をしたか、こと細かく振り返る必要があります。

あとは振り返ることで、自分は何ができて何ができないのか、どれくらい理解できているのか、わかります。書けないということは、ちゃんと理解できていないということです。プロジェクトが終わったときに、業務として振り返るだけではなく、教科書的な観点としてはどうだったんだっけ、ということも考える。やれたこと、やれなかったこと。やらなかった理由があるはずなので、それをちゃんと認識しておくとよいです。

――ありがとうございました。

取材・文:羽山祥樹(HCD-Net)、森川裕美(HCD-Net)

※文中に記載されている所属・肩書は、取材当時のものです。

人間中心設計専門家・スペシャリスト認定試験

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人間中心設計推進機構(HCD-Net)の「人間中心設計専門家」「人間中心設計スペシャリスト」は、これまで約2,200人が認定をされています。ユーザーエクスペリエンス(UX)や人間中心設計、サービスデザイン、デザイン思考に関わる資格です。

人間中心設計(HCD)専門家・スペシャリスト 資格認定制度

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2024年11月1日(金)~11月21日(木) 16:59締切
主催
特定非営利活動法人 人間中心設計機構(HCD-Net)
応募要領
https://www.hcdnet.org/certified/apply/apply.html

資格認定制度について
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