汎用AIには出せない「手触り感」。UXの専門家・羽山祥樹さんが語る、リサーチ現場におけるAI活用の本質
生成AI時代のリサーチ現場やtoittaの活用事例を通じて、これからのリサーチャーに求められるAIとの向き合い方について、羽山祥樹さんにお話を伺いました。

(これは、株式会社はてなからの寄稿記事です)
ペルソナ作成が自動化できるのではないか。分析が楽になるのではないか――。生成AIの登場以降はそんな期待のもと、UXリサーチの現場でもその活用法が模索され続けています。今回は、UXデザイン/UXリサーチの専門家である羽山祥樹さんにインタビューを実施。現在のAIトレンドの捉えかたから、羽山さん自身のリサーチ能力を劇的に「拡張」させたというツール「toitta」の活用事例、そしてこれからのリサーチャーに求められるAIとの付き合い方について、深くお話を伺いました。UXの実務家たちは、どのようにAIと向き合うべきなのでしょうか。
羽山祥樹(はやまよしき) 氏
日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO、toittaエバンジェリスト
HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したWebサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。
AI活用への期待と、実務における「解像度」の壁
――昨今、UXリサーチの領域でもAI活用が叫ばれていますが、羽山さんは現在のトレンドや状況をどのように捉えていらっしゃいますか?
羽山祥樹さん(以下、羽山) まず全体的な状況として、世の中のAIへの期待感と実務での活用状況にはギャップがあるように感じています。UXの分野でとくに象徴的だったのが、2023年にChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)が大きく注目された時の動きです。「AIを使えば、これまで大変だったペルソナが一瞬でできるのではないか」「チャットボットがペルソナ代わりになって、リアルタイムに問いかけに答えてくれるのではないか」と、UX実務家が前のめりになりました。

実際にAIペルソナのサービスも生まれましたし、ChatGPTのバージョンも上がって、出力される回答も「それっぽい」ものにはなっています。ただ、私の実務感覚からすると、LLMが生成するペルソナは「優等生すぎる」んです。整いすぎていて、人間特有の生々しさや矛盾が削ぎ落とされている印象があります。
一方で、プロトタイピングの領域ではAI活用が進んでいます。たとえば「ユーザーがこういう状況で使う」というストーリーをプロンプトとしてLLMに入力すると、一瞬でタップも画面遷移もできるモックアップが生成できるようになりました。これまでは紙とペンで描いていたものが、いきなり動く状態で出力され、チームで「自分たちが何を作ろうとしているのか」を具体的に検証できる。劇的に高速化しています。
私自身は、新しい技術に対しては「レイトマジョリティ(慎重派)」なタイプで、実務に組み込むのはある程度評価が定まってからであることが多いです。現在、業務で定着しているAIツールとしては、画像素材の生成に「Midjourney」、コーディング支援に「GitHub Copilot」、「ChatGPT」や「Gemini」を使っています。しかし、UXリサーチやUXデザインという私の仕事に関していえば、実務レベルで活用しているのはAIを活用したインタビュー分析SaaS「toitta」のみです。

「自動化」ではなく「能力の拡張」。40時間の分析を4時間に短縮する意味
――いろいろなツールがある中で、UXリサーチの業務を「toitta」一本に絞っているのはなぜでしょうか?
羽山 理由はシンプルで、私がUXリサーチで重視しているプロセスにおいて、実用レベルで「能力の拡張」を感じられるのが、toittaだけだからです。
私の仕事の多くは、クライアント企業の組織育成やユーザー理解のご支援です。その際、いちばん頻繁に行い、かつ強力な手法が「ユーザーインタビュー」と、その結果を用いた「親和図法」による分析です。親和図法は、数百件におよぶユーザーの発話データをカード化し、それらをグルーピングしていくことで、ユーザーの深層心理や出来事の全体像を網羅的に把握する手法です。個々の事象が生々しい文脈に紐づいているため、非常に深いユーザー理解を得ることができます。

私はよく、この親和図法を「異世界転生マンガの主人公がもつチート能力みたいなもの」と言っています。なぜなら、プロジェクトの中で親和図法を一度やりきると、まるで「いきなりレベル99の最強賢者」にでもなったかのように、ユーザー心理の端々まで理解することができるからです。クライアント企業の担当者様よりも、UXデザイナーのほうがその会社のお客さまに詳しくなってしまう。チーム全体で実施すれば、全員のユーザーに対する視座を一気に揃えることができる、極めて効果の高い手法なんです。
しかし、親和図法には欠点があります。とにかく時間がかかるのです。たとえば400件程度の発話データを扱う場合、慣れていない人が行うと40時間、つまり丸一週間はずっとその作業にかかりっきりになります。それだけのコストをかけてでもやる価値がある手法なのですが、やはりビジネスの現場で「分析に丸一週間ください」とは言いづらい場面も多い。
ところが、toittaを活用したところ、親和図法に慣れている私が途切れることなく取り組んでも15時間はかかる作業が、4時間で終わってしまったんです。これは単なる時間短縮ではありません。AIの効果には、作業を代替する「自動化(Automation)」と、人間のポテンシャルを引き上げる「拡張(Augmentation)」があります。toittaが私にもたらしたのは前者だけでなく後者もです。私はもともと親和図法の経験が多いほうではありますが、それでも物理的な時間の限界がありました。しかしAIがパートナーになることで、私のプロフェッショナルとしての能力が底上げされ、本来ならたどり着けなかったスピードと質でアウトプットが出せるようになった。これこそが、AI活用の本質だと感じています。
文脈を理解するAIが、分析の「解像度」を劇的に変える
――具体的に、どのような機能がそこまでの効率化と質の向上を実現しているのでしょうか。
羽山 いちばんの魅力は、toitta開発チームがUXリサーチの実務、とくに親和図法の勘所を深く理解している点にあります。顕著に表れているのが、インタビュー音声からの「切片化」の精度です。
親和図法では、インタビューの発言を「意味の最小単位」で切り出し、カード化する作業が非常に重要です。しかし、人間は話すとき、論理的に整理して話してはくれません。たとえば、ドーナツについてのインタビューで次の発話があったとします。
「ミスタードーナツにポン・デ・リングってあるじゃないですか。あれの、チョコレートをかけたやつが大好きなんです」
一般的なAIでこの発話を機械的に分割すると、「ミスタードーナツにポン・デ・リングってある」と「チョコレートをかけたやつが大好き」といった具合に意味の係り受けを分断して切り出してしまいます。親和図法のなかで片方の切片だけ読んだとき「チョコレートをかけたやつ」が何を指しているのかわからなくなってしまいます。
さらに実際の会話では、こんなやりとりも起きます。
ユーザー:ポン・デ・リング、めちゃくちゃ美味しいですよね。
モデレーター:わかります、私も好きです。
ユーザー:もちもちした食感が好きで、コーヒーもおかわり自由だし、店内もリラックスできるから、いつも3杯くらい飲んじゃうんですよ。
最後の1つの発話に「もちもちした食感」「コーヒーおかわり自由」「店内もリラックできる」という3つの話題が詰め込まれています。そのままAIで分割すると「ドーナツの味」「サービスの仕組み」「店内の雰囲気」という別々のカテゴリーの話を分割することなく出力します。分析用のカードとしては使えません。
しかしtoittaのAIは、インタビューのすべての発話録を読んだ上で、ひとつの切片に立ち返って、ユーザー心理の単位ごとに文脈を補完しながら切り出してくれるんです。具体的には、「ポン・デ・リングがもちもちして美味しい」「コーヒーが飲み放題である」「店内がゆったりできる雰囲気」というように、主語や背景を補いながら、独立したカードとして成立する形に整形してくれます。
これまで人間が脳内で「えーと、この発言はこういう意味だから…」と解釈し、手作業で書き直したり分類したりしていた工程を、AIがやってくれる。もちろん最終的なチェックは人間が行いますが、ゼロから作るのとは手間と時間が雲泥の差です。単に「文字起こしができる」だけでなく、リサーチャーが扱いたい「データの形」を理解している点が、toittaの大きな魅力だと感じています。
AIの「正論」と、AIの「手触り感」
――先ほど、一般的なLLMで作るペルソナは「優等生すぎる」というお話がありましたが、リサーチにおける「リアルな手触り感」について、もう少し詳しく教えていただけますか?
羽山 わかりやすい例として、「推し活」というテーマでChatGPTに質問してみましょう。「ユーザーが推しに対して熱量が高まる瞬間を教えて」と質問すると、次のように非常に整った回答が返ってきます。
- 情緒的興奮を引き起こす体験があるとき
- 距離が縮まったと感じるとき
- コミュニティで仲間と交流しているとき
- ギャップ萌えしたとき
これらは決して間違いではありません。ですがプロダクト開発の現場で具体的にどのような機能を作ればいいのかを考えようとすると、この回答だけでは解像度が低くアイデアが浮かばないんです。「距離が縮まった」と感じられる機能と言われても、つまりなにが起こることを指して「距離が縮まった」とユーザーが感じるのか曖昧なので、結局、何を作ればいいのかわかりません。
ここで、実際に私が行ったインタビューデータを読み込ませた「ask toitta」という機能を使ってみます。これは、一般的なウェブ上のデータではなく、実在するユーザーのインタビュー結果をもとに回答を生成する、いわば「根拠のあるAIペルソナ」です。同じ質問を投げかけると、まったく違う質感の答えが返ってきます。
「推しバンドのメンバーは、ライブに行くほど自分のことを認知してくれて、声をかけてくれるようになった。それが嬉しくてさらに通うようになった」
「距離が縮まる」とはつまり、「推しに私が認知される」という具体的な事象を指していることがわかります。
「現場(ライブ)ではいつも最前列でコールをしていた。しかし推しアイドルのライブがコロナ禍によって2年間なくなった。コンテンツが途切れたことで熱が冷め、2年後にライブ再開したときも、もういいやと思って現場に行かなかった」
このエピソードからは「コンテンツの定期的な供給が途切れると推しへ強い愛を持っていた人ですら、熱量が減衰していく」というリアルが見えてきます。

――この例で言うと、「認知される喜び」や「現場がないと冷める」という具体的な背景が見えると、施策も考えやすそうです。
羽山 おっしゃる通りです。ここまでの解像度があれば、具体的な機能のアイデアが湧いてきます。「ライブへの参加回数が認知につながり、熱量になる」のであれば、アプリ上で「今月は何回参加予定です」と可視化したり、システム的に「このファンは○回目の参加です」と推し側にも通知して、ファンサ(ファンサービス)を促したりする仕組みがあれば喜ばれるかもしれない。「現場感が途切れると離脱する」ことがわかっていれば、しばらく来ていない人に「最近こういうイベントがありますよ」とリマインドしたり、「久しぶりに推しに会いに行きませんか? 特別キャンペーンで握手会の時間が10秒伸びますよ」といった特典を用意したりすれば、もう一度現場に足を運ぶきっかけをつくれるかもしれない。
一般的なAIの“概要”的な回答からはなかなか浮かんでこないようなアイデアが、この「手触り感」のある具体的なエピソードからは次々と湧いてきます。ものづくりに必要なのは、この深さの「解像度」なんですよね。AIを活用するにしても、この生々しい手触り感を得られるところまで踏み込まないと、本当にユーザーの心を動かすプロダクトは作れません。
AIを“サボる”道具ではなく、能力拡張のパートナーに
――最後に、UXの実務に関わる人たちがこれからどのようにAIと付き合っていけばよいのか、見解をお聞かせください。
羽山 UXの実務者はAIが生成してきた「それっぽい」アウトプットを、検証もせずにそのまま使ってしまうこともできます。AIは諸刃の剣で、サボろうと思えばいくらでもサボれてしまいます。若手が下積みや思考のプロセスを経ずに、コピペで仕事をしてしまうことにより成長の機会を失うことも危惧されています。
しかし私は、将棋界の藤井聡太さんのような向き合いかたもできると思っています。彼はAIの棋譜を徹底的に研究し、血肉にして、若くしてトップに上り詰めました。AIを単なる代行者ではなく、「自らの能力を育成するパートナー」として扱ったわけです。
これは、かつて『ウェブ進化論』(著: 梅田 望夫)という書籍で語られた「知の高速道路」にも通じていると思います。ネットやAIの普及によって、先人たちが長い時間をかけて積み上げてきた知識やスキルを、今の若い人たちは一気に習得することができる(=舗装された道路)ようになりました。UXリサーチの世界でも、ベテランが数十年かけて培ってきたスキル水準に、AIに集約された人類の知見を効率よく学ぶ若手が短期間で到達し、追い抜いていく可能性もあるのです。
――その「高速道路」を走り抜けた先で、これからリサーチャーは何をすべきでしょうか。
羽山 舗装された「知の高速道路」の終点から先には、まだ整備されていない「荒野」が広がっています。そこから先にある、自分自身で開拓しなければならないユーザーの「息遣い」や「手触り感」を掴むためには、やはり人間が現場に行き、直接話を聞き、観察する必要があります。
「ask toitta」であれほど生々しい回答が出せるのも、元となるデータをとるために、人間が汗をかいてインタビューをした発話データをもとにしているからです。AIに集約された人類の知見をどんどんと自身の学びにしていく姿勢こそが、これからのUXリサーチャーに求められているのだと思います。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。

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