UXは、売ったあとも調査してこそ実を結ぶ

ユーザビリティとHCDの概念を日本に広めた~黒須正明氏(第3回)

黒須先生へのインタビューの第3回。ユーザビリティとUX、そしてマーケティング−−その中で、しっかりと立ち位置を固めて、長期的な視点でUXを考えることの大切さをうかがった。

  • U-Site編集部
  • 2015年5月15日

黒須 正明(くろす まさあき) 放送大学 情報コース 教授。ユーザインターフェイス、ユーザビリティの研究者。
黒須 正明(くろす まさあき)氏: 放送大学 情報コース 教授。ユーザインタフェース、ユーザビリティの研究者。

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本サイトの「黒須教授のユーザ工学講義」でも執筆いただいている黒須先生のインタビューの3回目。ユーザビリティとUX、そしてマーケティングの枠の中にある「もの作り」。この3つの事象の中で、しっかりと立ち位置を固めて、長期的な視点でUXを考えることの大切さをうかがった。

聞き手: U-Site編集長

ユーザビリティは製品品質、UXは利用品質

−−U-Siteでは「ユーザビリティとUX」や「UX/UI」という記事に人気が集まっています。「UXデザイン教からの脱却」という記事もアクセスが多く、こうした傾向から察すると、読者の方々はUXとユーザビリティの違いが分かりにくいようです。この違いはどういったところにあるのでしょうか?

ISO 25010を見たとき、この考え方がすっきりとしていたので、僕はISO 9241-11からISO 25010へ乗り換えました。ISO 25010は製品品質と利用品質とを分けていますが、これにユーザビリティUXを照らし合わせると分かりやすくなります。ユーザビリティが製品の品質で、UXが利用品質です。製品品質は利用品質を成り立たせる前提条件なので、製品品質が悪いのに利用品質が良いということはあり得ません。また、製品品質が良いからといって利用品質が良くなる保証もありません。

ところで、体験のどこに焦点を当てるかでUXの品質評価は変わってきます。ザイタムルたち(Zeithaml,V.A. et al. 1985)の論文に示されているように、サービスは消滅性ということがひとつの特徴であるため、消費者と提供者が対価を交換したときに消滅します。プロダクトのようにずっと手元にあり続けるものばかりではないわけです。そこでUXは、さまざまなケースで分けます。たとえば、買った直後なのか、買って半年後なのか、それとも1年後の経験なのかというわけ方です。最近はマーケティング分野でもエクスペリエンスマーケティングが導入されていて、買ったあとのことも意識したマーケティング活動をしていますが、一般的にマーケティングは買うまでに重きをおいています。これに対して、UXは買ったあとにも重きをおきます。

ところが、最近の若い開発者たちと話をしていると、UXで売上を高めることに力を入れすぎていることが気になります。UXはものを作ってから半年、1年後のフォローアップ調査をして実を結びます。売ることだけでフォローアップ調査がなければ、UXではなくマーケティングですね。

−−先生が提唱されているユーザ工学とか経験工学UX工学の記事もアクセス数が多いのですが、これらの言葉の違いと関係性はどういったものでしょうか? また、先生は1999年ごろからユーザ工学を提唱されてきました。当初と今のユーザ工学は同じ意味でしょうか?

現在の言葉を使うなら、ユーザ工学はUXを良くしていくことで、良いUXを生み出すことを考えるものです。経験工学の「経験」とは「ユーザの経験」を指しているので、ユーザ工学の中に包含できます。そこで、最近は経験工学という言葉を使うのをやめました。英語表記でも最初は”experience engineering”だったものを”user engineering”にしています。

1999年のころのユーザ工学は、製品やWebアプリのように身近にある製品やシステムのユーザビリティを対象としていました。しかし、今考えているユーザ工学は、たとえば、これからもっと盛んになるであろうAI(人工知能)のあるべき姿を方向つけるものでもあるのです。かつて、私たちはシステムやプロダクトのUIにまつわる課題解決で悩んでいましたが、これからはAIの応用場面のUIでも同じような課題で悩むことになるでしょう。

AIでの課題は、人に優しい「ユーザフレンドリ」をどのレベルで実現するかです。先に出たキーボードの話と同じで、最初のうちキーボードは「ユーザアンフレンドリ」だったのですが、すぐにキーボードなしでは不便になります。最初は固いと感じていたものが、ずっと噛んでいるとだんだん噛めるものになったわけです。

最近のインタフェースは、甘いものや柔らかいものを食べさせる方へ向かっています。しかし、これだと人間は虫歯になるかもしれないし、歯茎が軟弱になるかもしれない。実は、人間にとって悪いものなのかもしれないのです。そこでユーザにある程度の負荷を与えて、ユーザを強くしていくことも必要ではないかと考えています。

ユーザ工学的には、ユーザによかったと思ってもらえる商品作りをめざす。この言葉はとても重い。やさしいものでもなく、ユーザが求めているものでもない。

製品は易しければいいわけではない。これを使ってよかったと感謝されるものを作る

−−今のWebサービスなどは、ユーザの利用障壁を下げることに腐心しています。ユーザ工学はその視点で見てはいけないのでしょうか?

障壁を下げて良いところは下げて、下げてはいけないところは下げません。そこを見極めていきます。たとえば、Amazonはワンクリックで買えますが、楽天はワンクリックしてから確認が続きます。Amazonの方が便利だとも思えるのですが、2つのサイトを比べると、楽天は面倒くさいと思うときがありますが、Amazonはすぐ注文が確定してしまうのであとからあわててキャンセルすることもあります。

ユーザ工学は、どちらが良い・悪いという優劣をつけるものではありません。また、ユーザが望むことがユーザにとって良いものとも限りません。「ユーザがあとになってありがたいと思ってくれるようなものを作るにはどうしたら良いのか」を考えていくものです。

そうはいってもマーケティングは売上至上なので、すぐにお金のリターンがある仕組みも欲しいものです。ユーザの要求ばかり考えていても、そうした製品やサービスが市場に出てこないのでは困ります。だから業界の立場も理解したうえで、ユーザに感謝されるものを作れる人間がUXの専門家ということになります。

−−話が変わりますが、先生が今、興味をもっている商品や、おもしろそうと感じるものはありますか?

嫌みに感じるかもしれませんが、消えていった商品に興味があります。パナソニックが出した除菌・美肌効果のあるナノイー付きのテレビや、デジタルフォトフレームがおもしろいです。デジタルフォトフレームは今でも店頭に少しだけ並んではいますが、すでにタブレットやパソコンで同じことができて、テレビにつなげれば大画面でも見られます。本来、デジタルフォトフレームの商品としての目的性や意味性は、写真を順番に表示することではなくて、見たい写真が見られることにあるのではないでしょうか。これではなんのための商品化か分かりません。

掃除ロボットも国内での将来を少し案じています。大きな家に住んでいる人は掃除ロボットを重宝してかわいがります。しかし、大半の日本人はうさぎ小屋に暮らしていて、そこに座布団があったりします。ところが掃除ロボットは座布団を乗り越えられないので、座布団の上にこぼれた煎餅のかけらは片づかないままです。こうしたことが起きるので、掃除ロボットは限定したマーケットでしか売れないことでしょう。またスマートホンやタブレットのインタフェースはタッチパネルに触ってしまうとそれだけで反応が起きてしまうので、基本的に、視覚障害を持った人たちには適していません。

黒須先生はすでに2045年に向けた研究を始めていた。それは、技術要素ができつつあるAIの「ユーザフレンドリ」をどのレベルで実現するか。過去に例のない組み合わせでのユーザビリティの課題解決にむかう。

今後、AIが広まり、機械が人間の感情を類推する時代に

−−技術面で「これは」と感じられているものはありますか?

技術動向として興味を持っているのは、Developers Summit 2015でも話をした技術的特異点(シンギュラリティ)です。ムーアの法則に基づくと、2045年にAIが人間の知能を超えるという予測ですが、おそらく、2045年に近づくにつれて、社会にいろいろな影響がじわじわと出てくるでしょう。

この前も書いたとおりに、シンギュラリティで職域が変化します。機械が人間より優れた性能でより安価に仕事をしてしまうなら、そういう仕事は人間にはまかせないようになるでしょう。すると、機械に置き換えられてしまうような仕事をしていた人は失職することになります。

−−シンギュラリティによってテクノロジも変化するのでしょうか?

こうした技術のコアのひとつになっているのはAppleのSiriを代表とする音声検索の技術です。その大元をたどると、かつてのKnowledge Navigatorにたどりつきます。当時のイメージ動画を見せると、たいていの人は古すぎて知らないという感想をもらいます。事実、動画に描かれている端末のインタフェースやデザインは相当古いのですが、音声対話の内容には示唆的なものがあり、エージェントが気をきかせてくれるような世界が描かれています。特に主人公の母親からの電話に対してエージェントが代理で対応するという主体的な判断をしていますが、こうしたことはこれから十分起こるでしょう。

人工知能との恋愛を表現した映画の「her」は、人工知能が自我や感情を持ちました。AIが人間の考えることを先回りして人間の行動を予測する世界は来ます。しかし、AIが自我や感情を持つことはないだろうと思っています。

−−やがてやってくるAI時代に向けて、先生はどういった研究を手がけられようとしていますか?

「この人は今こういう気持ちでいる」といった判断ができる機械にとても興味を持っています。機械自体は悲しいことをわかりませんが、悲しい感情は感情的体験であるという判断はできます。そして、その感情は別のできごとによって喜びに変わるという判断もできるようになるでしょう。こうした感情判断については、Facebookなどのネット上のデータを使うだけでも相当の知識を蓄えられます。ビッグデータとニューロコンピュータの技術が進歩していくと、機械の感情判断は相当に変わっていきますよ。

最近の技術の中心は第三次AIブームといわれていて、次世代の技術要素が含まれています。昔からエンジニアは意図推定にチャレンジしてきましたが、たいていは失敗しました。そこで、なぜ失敗したかという分析をして、人間はどういうときになにを望むのかということを心理学的に明らかにすることが大切です。心理学会では自閉症や不登校というような社会的に解決すべき重要な話が話題の中心になっていますが、最近の技術の話題が語られても良いのではないかと思っています。

去年の日本心理学会第78回大会では「心理学は工学的実践に主体的に関与できるか」というタイトルで、工学と心理学の接点のようなワークショップを作るシンポジウムをやりました。今年はミニシンポジウムとして去年より一歩進んだAIに焦点を当てて、進化したAIとAIに心理学がどう貢献できるかというシンポジウムをやりたいなどと考えています。

5月15日10:20変更: 記事タイトルの末尾に「実を結ぶ」を追加しました。

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