「人の営みを深く見て、暮らしに根差した商品を作る」 LIXILの行動観察

HCD-Net認定人間中心設計専門家の声: LIXIL 高久由香里さん

HCD-Netで毎年恒例の、認定人間中心設計専門家へのインタビュー。今回は、LIXILで人間中心設計を推進する高久由香里さんに、暮らしにおける価値の創出をしていくための、行動観察と分析の実際についてお聞きしました。

LIXILの看板と高久由香里さん

LIXILは、2011年にトステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアの5社が統合してできた企業です。LIXILでは商品開発において、ユーザーの自宅へ積極的に訪問し、行動観察やデプスインタビューなどを活用して、生活者の暮らしの価値を深く洞察しています。

LIXILで人間中心設計を推進する高久由香里さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)にお聞きしました。

人間中心設計を用いて、人の生活価値を見ていく

――LIXILは、暮らしにかかわる商品を、幅広く開発していらっしゃいますね。高久さんは、そのなかで、人間中心設計をされていると伺っています。

私は、Technology Research本部 人間科学研究所という、本社研究所に所属しています。

お客さまがどういった生活を現在されていて、どういう困りごとがあって、どういう暮らしを希望されているのかという、全体的な生活価値を扱っています。人間中心設計を用いて人の生活価値を見ていくという研究をしています。

具体的な手法としては「観察」を中心にしながら、暮らしのさまざまな価値について創出をしていこうとしています。キッチン、トイレ、ドアまわりといった生活にかかわるものについて、実際にお客さまのご自宅に伺って、その商品にかかわる行動観察を行ったり、社内のラボで検証したりしています。

――具体的には、どのような商品にかかわっているのでしょうか。

ひとつは、キッチンの「らくパッと収納」という収納です。行動観察を行って商品開発を進めてきました。

もともと「パタパタくん」という、トビラが二重になっていて手前のところだけ、ポケットとして動くようにして収納するという、ヒット商品がありました。

そのポケットタイプのキッチンを使っているお客さまのお宅にお伺いして、実際に調理をしているところを行動観察しました。

調理は、基本的に「横移動」なんです。

女性の足ですと22~24センチぐらいのサイズがありますので、キッチンのカウンターから、だいたい30センチぐらいのラインのところを、横に移動して調理しています。

さらに収納からものを取り出す様子を観察していると、そこにも発見がありました。

今のキッチンの引き出しには、全体を引き出せるレールがついています。ところが、その奥に置いたものを取り出すときも、全体を引き出す方はほとんどいませんでした。

たとえば、引き出しの奥に計量カップが置いてあったとして、それを取りたいというとき、引き出しを途中まで開けたら、奥に手を伸ばして少しかがみ気味になって取るということをします。

このように、観察の中でいろいろ見えてきたひとつに、動作の省略があります。次の作業の準備をしながら動く。調査の中で観察した事例では引き出しを開けたまま、はさみを取り出して、ちょっと使ってそのまま戻して閉める。いちいち引き出しを閉めない。

そういう短縮がたくさん見られました。みなさん、無意識のうちに、なるべく動作の無駄なく料理をしている。

料理というのは、「流れ」なのです。

準備して、作業をして、加熱して、盛り付けをして、食べるまでの一連の流れを、どれだけスムーズに、無駄な動作をせずに行うかということに価値があると考えました。

らくパッと収納

そこで、この「らくパッと収納」は、トビラを斜めに開くようにしました。調理中にキッチンの引き出しのトビラをちょっと倒すだけの隙間で、包丁やラップが取り出せたり、別の調理器具が取り出せたりできるようになっています。

こうすることで、あまり後ろに下がることなく、横移動中心の調理作業の流れを妨げずに調理ができるようになりました。

さらにこのトビラが斜めに開く機構により、テコの原理にすることによって、従来の3割ぐらい軽い力で開くことができるようになりました。指の1本、2本で軽く開けることができます。

トビラを立てたものも検証したのですが、奥にあるものが、手前にあるものに引っかかって、うまく取れないのです。斜めに開くことで、手前にあるものも下がって、スムーズに取り出しができるようになりました。

新しいガスコンロの価値とは何だろう、という点から商品開発

――まさに詳細な行動観察から生まれた商品なのですね。

もうひとつ、かかわった商品として「ひろまるコンロ」というガスコンロがあります。このガスコンロの企画のころは、IH調理器が急激に伸びてきている時で、新しいガスコンロの価値とは何だろう、という点から商品開発をしていきました。

これも10軒ほど、実際にガスコンロを使っているお客さまのお宅に訪問調査に行って、いろんな料理をしているところを観察しました。

システムキッチンのガスコンロには、奥手に排気口が、大きくて横に広がったものがあります。ガスコンロの排気口は、実はグリルの排気とオーブンの排気と二つ持っているのです。オーブンの取り付けができるように、大きな排気口があるのです。

――そうなのですか。知りませんでした。

そうなのです。ただ、オーブンを取り付けないお客様も多くいらっしゃいます。

それで、「ひろまるコンロ」は排気口の機能もシンプルにグリル用だけにして小さくすることにしました。

このことにより、排気口の横にやかんやお鍋を置いておくスペースができたことと、これまでのガスコンロのバーナーとバーナーの間隔から少し広げることができました。

実際のお宅にお伺いすると、コンロの上にやかんが置いてあったり、たとえば前日の煮物の残りのお鍋が横に置いてあったりしました。このように、何らかのものがカウンターの上に置かれた状態で、調理がスタートするということが多くあるのです。

育児だったり、パートの仕事をしていたり、あるいはフルタイムで働いている女性も多いので、時間がかかる煮物のような料理は、だんだん減ってきています。その中で、フライパンを使った焼き物、炒め物料理が伸びてきています。

そうなると、大きめのフライパンを使って調理をすることになります。そのときに、すでにコンロの上にものがあると、どうしてもフライパンを置くスペースが狭くなってしまう。

結果的にどういうことが起きていたかというと、三口のコンロの、奥のバーナーが使われていないのです。せっかく三口があるのに、二つの口しか使われていない。

さらにいろんなヒアリングをしていくなかで、主婦がいちばん大事にしていることもわかってきました。

料理が好きな人、苦手な人、嫌いな人、得意、不得意と、いろんなケースがありますが、調査でわかってきたのが、料理が苦手でも嫌いでも、家族が「おいしい」と言ってくれると、やる気がまた出る。「料理が好きじゃないけど頑張ろう」とか、「次はもっと別の料理を作ってみたいな」とか、「また同じものを作って、みんなに食べてもらって、おいしいと言ってもらいたい」というモチベーションが生まれるのです。

そこで、商品開発としては、「いつでも家族においしいと言ってもらえる料理ができるガスコンロ」というコンセプトにしました。

みなさん忙しいので、限られた時間で料理をするときに、三口コンロを同時に上手く利用できれば、焼き物、汁物、少し簡単な茹で物とか、一度に調理ができて、時間も短縮して作れると考えました。

そこで、バーナーとバーナーの間隔を、従来の商品よりも数センチ広げることによって、大きなフライパンを置いても、ほかの場所にも、ゆったりとお鍋が置けるという商品にしました。

お手入れもしやすいように、すき間もなくすよう、なるべく一体成型にしました。

ひろまるコンロ

――たしかに広いですね。

このコンロは、色も、白以外に、ピンク、黄色、グリーン、ベージュ、5色のカラーがあります。弊社のキレイシンクというシンク商品とあわせて、たとえば黄色いシンクに黄色いガスコンロとか、ピンクのシンクにピンクのコンロというように、カラーコーディネートもすることができます。

調査で見えてきたのが、主婦は、ほぼ8割の方が、毎日、何らかの形で料理をしているのです。

そうすると、日によっては気持ちが下がっている日、たとえば子どもを叱ってしまって落ち込んでいる、ということもあります。毎日、モチベーション高く生活をしているわけではない。

そういった中で、せめて料理をするときに、ちょっと気持ちが明るくなるような好みの色のガスコンロがあったら、そこに好きな調理道具を置いてコーディネートを楽しんでもらう。ファッション的な要素を入れて、日々の暮らしの気持ちを上げていく。

今回は、そういったことで、シンクとコーディネートができるようにしました。

調査で出てきた意見や家族に対する思い、お料理に対する思い、そういったものをまとめていって、ガスコンロが提供できる価値を追求していったのが、この商品です。

たぶん、ガスコンロのなかでは、ここまでやれたのは初めての商品だと思います。

暮らしの中での困りごとと大事なことを、調査で探り当てていく

――なるほど。調査で得られた実感が、プロダクトに直結している感じがします。

お客さま側の目線からものを見ていったときに、どういった困りごとがあるのか。

そして、困りごとだけではなくて、主婦が日々生活していくときに、どういうことを大事に暮らしているのか。

主婦にとっては、家族がおいしいと言ってくれることが、いちばんの価値と捉えました。料理がうまくできるとか、手早くできるというよりも、家族にまずおいしいと言ってもらうこと。

「その一言をもらうために頑張れる」というところを、調査のなかで探り当てていく。そして、家族においしいと思ってもらうためには、温かい物が早くできたほうがいいとか、使いたい道具が思い切り使えたほうがいいとか、情報を整理していって、どういった設備が必要なのかということに落とし込んで、商品開発をしていきました。

――これは市場の反応はいかがでしたか。

良かったですね。

キッチンは、トビラはいろんな色が選べるのですが、上の部分は、設備機器という印象で、とくにコンロは、機械チックな顔をしていました。そこを機械的な要素を極力減らして、優しい感じにしたのは初めてでしたので、とても反響は大きかったです。

価格的にも普及タイプの価格帯に抑えましたので、広くご採用いただいています。

実際の自宅での暮らしぶりを見て、課題を発見する

――ラボへ被験者を呼ぶのではなく、実際のご自宅に伺うことを重視されているのが、特徴的だと思いました。

やはり料理は、自然と体が動くものが多いのです。生活には身についた暮らしの作法みたいなものが、それぞれみなさんあります。どこに何があるだとか、調理の作法とか、慣れ親しんだ環境のなかで自然と身体が動く。どこに何があるかは、もう身体が分かっている。

そういった環境を観察して、発見していくことが重要だと考えています。だから、実際にご自宅に伺って、ふだん通りの暮らしのようすを見せていただくようにしています。

ご家庭のなかでしていることには、たとえば不便なことでも、もう身体がそれになじんでしまって、意識的には不便だと思っていないこともあります。

さっきのキッチンの収納の取り出しも、もう少し開けたらかがみ込まなくても取れるのだけど、あまり自分が動きたくないので、足を動かすぐらいならしゃがんだほうが早く取れると、無意識に思って行動している。

そのような行動は、ご自宅の自然の流れのなかでしか見つけられません。だからこそ、なるべくご自宅に伺って、実際の暮らしぶりを見せていただくことで課題を発見していくのです。

行動を細かく分析すると、その人の思考や大事なことが見えてくる

――その発見をしていくときの、コツはあるのですか。

細かな分析をすることです。

時系列でタスクを分解して、実際の行動の経過や人がどう動いたかというところを細かくみていきます。どのような動線なのか、そのときの姿勢がどうだったのか、何をどこから出してどのように使っていったのかということを分析します。

本当に詳細なものは、ご自宅では、観察する方法が限られていくので、もう一回、ラボで再現して、上や横、全体が見えるかたちでの撮影を行いながら観察をする。そういったことをしながら、新しい発見を得ていきます。

ガスコンロの前に立つ高久さん

――タスクを分解していくと、課題が見つかるというところを、もう少し詳しく教えていただけますか。

論理的に、机上で細かくタスクを分解していったときに想定される流れと、実際に観察されたときの結果を比較します。

たとえば、論理的に考えたとき、ボウルを取り出すという作業は、まずキッチンのキャビネットの引き出しを開けて、ボウルを取り出せるところまで自分が動いて、引き出しを開け、一個一個確認しながら、ボウルを取り出して、置いて、引き出しを閉める、というタスクの流れがあるはずです。

それに対して、実際の被験者がとった行動を並べます。

すると、引き出しを開けて、立ち位置を移動せずに、開けられるところまで引き出して、ボウルを取り出す。そのときに、最小限の間口しか開けないので、ちょっと滑るように物を取ったりする。トビラに引っかかったりしても、それでも引き出しを完全には開けない。

さらに、ボウルを取ったら、手で閉めるのではなくて、お腹で引き出しを押して閉めながら、台の上に置くという、行動の平行や、動作の最小化が行われていました。

省略するところは省略しているし、手ではなくてお腹で閉めるということも普通にする。現実はそういう形で調理が行われている。

そのように、タスクを細かく分解して、論理的なタスクと比較することで、発見を得ることができます。頭で考えたのとは異なった動きをする。秒単位でタスクを分解して、分析していきます。

では、なぜお腹で閉めるのか、なぜ動かないか、と細かく理由を追っていくと、さきほども申し上げたように料理は「流れ」なので、自分がいちいち動くのは面倒くさい。次の行動に移れる位置を動かずに作業しているわけです。

行動観察をずっとやっていると、2~3工程先を人は考えているということがわかってきます。何かのタスクをしながら、頭のなかで次はこれをやろうとか、この調理器具はこのあとも使うかなとか、無意識にどこかで判断している。

同じようなボウルを2つ使っていて、1個だけ片付けて、1個は置いておいたと。なんでそのとき両方洗わないで1個だけ置いておいたのかなと思うと、そのボウルをあとから別の野菜を洗うときにもう一回使ったりする。

行動のつながりを細かく振り返ると、ああ、このタイミングでそういう判断をしたのだな、というのがわかります。

観察したビデオを、何度も繰り返し見て、どうしてこのときにこういうことをしたのだろう、と分析していきます。

――なるほど。細かく、細かく見ていくのですね。

そうです。

私達の扱っている住宅設備機器の利用においては、調理や日々の生活は、ざっと見ただけではあまり劇的なことが起きるわけではありません。いろんな人を観察しても、何となくどこかで見たようなシーンの繰り返しです。

けれど、本当に細かく見ていくと、人による癖だったり思考の違いだったり、その人が何を大事に作業しているのかが、行動の中から見えてきます。

LIXILは住生活にかかわるものを開発しているメーカーです。暮らしにかかわる商品を作っているからこそ、人の営みを深く見ていく。それを大切にしていきたいと思います。

――ありがとうございました。

取材・文:羽山 祥樹(HCD-Net)

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公開:2016年11月15日
著者:羽山祥樹

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