ユーザビリティの問題の三つの側面-(1)操作性
ユーザビリティの問題には、3つの側面がある。一つは、機器の操作すなわち人間の出力系に関係した側面であり、もう一つは機器の認識すなわち人間の入力系に関係した側面、あと一つは機器操作にまつわる人間の内部状態に関係した側面である。要約して表現すれば、操作性、認知性、快適性ということができる。
これら三つの問題に関連した研究領域として、人間工学、認知工学、感性工学がある。
人間工学は、人間の出力系だけでなく、入力系に関連した問題をも扱うし、入出力全体を通した制御ループについても取り扱うものであるが、主として出力系に関連しているといえる。認知工学は、人間の入力系、特に記憶や判断などのプロセスとからんだ処理を扱うものであるが、時には入力と出力を合わせた情報処理ループ全体をも扱う。感性工学で扱われる感性という概念は、時に感覚に近いイメージで表現されることもあるが、ここでは、動機づけや情緒といった人間の内的プロセスに関連した部分を扱うものだと定義しておこう。したがって、単純化して表現してしまえば、操作性は人間工学が、認知性は認知工学が、快適性は感性工学が扱うものだ、ということができる。
さて、今回は操作性について、したがって人間工学について簡単な説明をすることにしよう。人間工学という学問は、もともと、人間の特性を調べ、機器のあり方をその特性に適合させてゆくことを基本としている。そのため、広義には、人間の認知特性や感性特性との適合性をも扱うものでもあり、最近では、認知特性との関連性を扱う分野として認知人間工学という領域も提唱されるようになった。しかし、歴史的には、人間の特性として、主に身体的、生理的側面を重視してきたといえる。つまり、人間の出力系に関連した問題を主に扱っており、機器については、主にそのハードウェアが検討の対象となっていたといえる。
身体特性としては、身体の静特性や動特性を計測し、機器設計のガイドラインとする、というアプローチが典型的だったといえる。
静特性というのは、体の各部分の大きさのような話であり、日常の生活環境でいえば、階段の段差が大きすぎたり勾配が急すぎたりすること、机と椅子の高さのバランスがとれていないため、机の上での仕事がやりにくいことなどに関係し、また機器のデザインに関係したものとしては、キーボードのキーの大きさが小さすぎてタッチタイピングがやりにくいこと、マウスが大きすぎて持ちにくいこと、などがその例といえる。
動特性というのは、体の動く範囲に関係したことであり、たとえば、車のアクセルペダルの踏み込みが浅すぎてスピードの調節がやりにくいこと、スイッチを押したのにクリック感がはっきりしていないため押せたのか押せていないのかがわからないこと、などがその例といえる。東京の都バスのプリペイドカードの入れ口が、入り口のステップに関して左側についているため、カードを右手にもっていると体をねじらないとカードの挿入ができない、といったような問題もこの分野に関連したものである。
生理特性としては、疲労に関係した問題や、目の順応などの問題が関係している。キーボード入力作業をやりすぎて腱鞘炎になってしまったりすることはその典型的な例であるし、ディスプレイを長時間見つめすぎてドライアイになってしまうのも、その事例に含まれる。
製品の設計に際して人間工学をきちんと取り入れていれば、操作性の問題が発生する確率を低く抑えることができるなのだが、実際には設計者の直感と「常識」によって設計されてしまうことが多いためであろうか、いろいろな問題が多数残されたままである。人間工学という学問が方法論的にはかなり枯れているにもかかわらず、こうした問題が多数残されていることは大変残念なことである。特にユニバーサルデザインの立場から、たとえば身体障害者にも使いやすいインタフェースを設計しようとするような場合には、ガイドラインや人間工学データベースを活用することももちろんだが、実際の障害者によるチェックを行うことが必須である。
操作性の問題は、比較的身近であるがために、かえって「常識」によって看過されてしまうことが多いといえる。その意味では、設計者は気持ちを新たにして、できるだけユーザに密着して設計作業を進めるという姿勢を持つ必要がある。